現在、小学生1名、中学生2名、高校生1名を教えているのですが、純粋に英語だけではなく、学ぶことそのもののエッセンスをあちこちにちりばめ、生涯学ぶことが楽しいと思ってもらえるように、と願いながら毎週を楽しみにしています。

私個人は、小学校から大学まで、真剣に授業中に授業を受けきったという記憶があまりないのです。途中必ず、富士山を眺めたり、よその体育の授業を見ていたり、いたずら書きをしたり、黒板を眺めて、「夏休みまであと何日」「自分の日直当番まであと何日」、辞書を引いたり、教科書の先を読んだり、図書室から借りた本を読んだり、手紙を書いたり、思いついた他の授業の内容をまたもや眺めてみたり、まぁ、忙しかったんだけど(笑)、授業を受けてはいないというところがミソでした。

自分でもあれ?と思うのが、他のクラスメイトの邪魔はしないんですよね。おしゃべりで注意された記憶は数度ありますが、多くはなかった記憶があります。というか、間の悪いタイミングで質問したり、聞かれたことにこたえていたりして注意されたっていう記憶のほうが多く、おしゃべりに興じていたという感じではないのです。

old classroom College Classroom

なぜにこんなにも私を魅了しなかったのだろうか?と考えたのが、ひどく一方通行だったから、ということに尽きると思えたので、スクールは、相互通行の参加型のレッスンにしています。理科の実験や技術家庭、体育のように自分が参加するものはやたらと記憶にあるのに、なぜか他のことはまったく記憶に残っていないわけで、パラパラと残っているのが、「我慢していた」という「時間を無駄に使った」というばかりのものなのが、やたらと残念でならぬのです。

そして、私はバイトを開始してからも眠り続けたり(笑)、他の科目の好きな勉強をしたり、と時間をつぶしていくわけです。なので、自分のスクールでは、みんなが参加できるように、というのを心がけています。

なぜに英語スクールで書道を?という疑問もございましょうが、本日は小学校3年生の男の子に書道をしてもらい、お手本を持って帰ってもらってまた1か月後に提出してもらうために練習し、本番はまたスクールにてやる予定です。もちろん、書道はほんの一部であり、社会や算数、国語、理科などなど、いろいろな勉強の仕方を通して、学ぶことの楽しさを知ってもらい、自分を掘り下げてもらうっていうのが主眼です。暮らしていくことの、心地よさを学んでもらえたら、すべてのことに応用できることを証明するために、私はここで、つまらなかった授業の改善をしています。自分のためにも、他の私と同じ道のりを通った人のためにも。