2006年頃に書いたので、もうそろそろ10年前くらいのものです。

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親、特に父に、「おまえはとんでもないバカだなぁ」と言われ続けて育ってきたので、私は自分のことを本当の本当にバカなのだと思い込んできました。幼い頃には、それが愛情表現のバカだったのか、頭の悪いバカだったのか、行為に対してなのか、私個人に対してなのか、さっぱりわからず、丸ごと受け止めて、自分のすべてがバカなのかと思い込んできました。

我が家は、父にチャンネル権があり、NHKかプロレスか野球か、他の民放ニュースばかりだったので、TVに話しかけている父を見て、「うわぁ、頭いいなぁ」と感心していたものです。それらが彼のコンプレックスの裏返しだとも知らず、幼い私は、父に愛されるためには、賢くならねばならぬ、と、大いなる野望を心に刻んだのでした(注:私のファザコンは女の子が持つ至って標準的な範囲で、過剰なものではありません)。なけなしのお金(しかもローン)で、子ども百科事典を買ってもらい、私は日々読書に励む毎日を開始しました。私が字を読めるようになったのは、幼稚園の年少ひよこ組のときで、幼稚園にあがる前に、近所ののんちゃんが字が読めたので、母親と叔父が焦りまくり、急いでひらがな・カタカナ・アルファベット表を、洋裁の型紙用紙に書いてくれて、ものさしで指しての特訓が始まりました。年長のすずめ組になったときには、すらすら字も書けていたようです。でも、遊びの誘惑に負けまくっていて、それほど「賢くならねばならぬ野望」は、心の表面に浮かばなかったんだけどね(笑)。

しかし、今振り返るに、私が「賢い」を目指し始めたのは、誰からの強制もなく、作られたひらがな・カタカナ・アルファベットに対して、自ら好奇心旺盛に能動的だったためです。もしも、強制されていたなら、あまのじゃくな私はきっと振り向きもしなかったでしょう。両親は、外で泥だらけになって遊ぶことに制限はつけませんでしたし(カエルが鳴いたら帰ってこい、飯の時間だ、程度)、宿題をやらずとも怒られたことはありませんし、成績が悪くて悲しい顔をされたり、将来を脅されたりしたことは、ただの一度もありません。むしろ、両親が、「高校くらいは、人様並にと思ってたけどねぇ。え?大学に行くの?そんな話聞いてないよ。お金ないからね、自分で行きな」と言われたくらいです。

私は、勉強を進んでしない子でした。父は、「机の上の勉強なんて小さい頃はそれほど役に立たない。子どもは遊んでればいい。それよりも本をたくさん読んでおけ。図書館に山ほどある」とだけ言っていました。我が家には見事に、子ども百科事典と岩波の国語辞典しかなく、司書のきれいなお姉さんを、「ししょ」なのか「ちしょ」なのか「しちょ」なのかわからない頃から、私は図書館の常連でした。私は、勉強をまったくしないわりには成績は上のほうでしたが、実際は、中学の英語も数学も、途中から授業で聞いた分の基礎の基礎以外、それほど明確に自信を持ち続けていませんでした。授業中は、手紙を書いたり、本を読んだりしていたし、すっぽ抜けていたところも多かったです。テストの前に出るところだけが、なんとなくわかってしまい、点数は取れていた、という要領のよさのみで、大学入試まで済んでしまったのが、事実です。だから、他人に説明することはできなかった・・・。

父が学歴コンプレックスなのを知るのは、私が大学を辞める決意をしたときです。彼は国勢調査にも高卒と書いていたはずなのに、「中卒の俺が、大卒の娘を持ちたい気持ちがわかるか!?」と怒鳴られ、しまいには土下座までされてしまい、それでも私はたくさんの涙のあと、やはり大学を辞めるのです。幼い頃博学に見えた父は、その頃にはそれほど博学ではなくなっていました。父に指南された唯一の教え;活字中毒になったこと、のおかげです。授業中も暇すぎると、教科書の先の先を読むことがよくあり、理解はどれくらいしていたかわかりませんが、とにかく読んではいました。朝日ジャーナルも、新聞も、父の春闘の記事も(父はハイヤーの運転手でした)、広告ちらしも、字があるものはすべて読みつくしました。地図帳も読んでいましたし、岩波の国語辞典は、生涯で2度全部読み通しました。

私が生まれて始めて、勉強らしい勉強をしたのは、渡米した英語集中学校で、です。浪人したときも、12月のぎりぎりまで働いていましたし、予備校も途中で学費を払えず辞めていました。それでも大学に受かってしまったのは、やはり要領のよさと運だったのでしょう。英語学校での丸裸のような気持ちで「試されていた日々」は、毎日脳みそがから揚げになるほど勉強してから、眠りにつきました。「私のこれまでの勉強した10数年は、鍍金(メッキ)だったんだ。今こそ勉強しないとすべてがおじゃん」という背水の陣な気持ちから、高校3年の1年間の15倍くらいを8ヶ月かけて、机にも向かって勉強しました。

そして、わかったことは、私は決してバカではないこと、でした。機が熟していなかったことや、動機があいまいだったこと、さらに、先の何のために勉強するのかわかっていなかったこと、勉強をすればどんなに先が開けてくるのかまったくわかっていなかったこと、勉強の瞬間の楽しみを知らなかったこと、などなど、いろんなことがすーっとわかってきました。それからは、Rolling Stoneでした。転がるように、いろんなことが頭に入る入る・・・。他人にも説明できるようになり、どんどんバカではない自信がついてきました。

stupidity

そして、あの8ヶ月のヨロコビが、専門学校へと続き、大学へ戻ることへと続き、今に至ってしまっているわけです。勉強はやめられませんや・・・。私は学校中毒なので、暇があれば、USの制度であるAdult schoolにもすぐにひょこっと行っちゃいます。Voice Trainingやら、発音矯正やら、ダンスやら、コンピューターやら、いろいろ、教科は何でもいいわけです。今は、資格試験で、日本の地名なども出てきて、かなり楽しんでいます。大学のときは、(英語で)毎週600ページを読んでいたのですが、今回は、(日本語の大きな文字で)参考書のほうがB-5版で550ページ、問題集が240ページです。時間的には何度もできてしまうので、心配していません。キーワードは、acquire;獲得する、です。達成感が強ければ強いほど、私は勉強にやる気が出ちゃいます。なので、掃除が嫌いです>いくらやっても終わりがなく、キリがない気分になる>たぶん、それはネコと共同生活しているせい(笑)。

だから、バカだと思い込んでいる方も、試してみればいいのになぁ、と、強く強く思うのです。大人になってからの勉強は、また格別です♪

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そして今に至ります。調べ物や読み物や書き物、今でも習慣になっており、まったく苦痛ではなく、むしろヨロコビです。変われば変わるもんだなーと、自分のことなのに過去を振り返ってびっくりします(笑)。みなさんも自分探しをしてもっと楽しい暮らしにしてください♪