[1999年08月10日(火)]に書いた文章です。

__________________________活字中毒2__

字が読めるようになってまもなく、やかんのように熱しやすく冷めやすい私ではありますが、なぜか字についてはどうも囚われて「そばに字がないとだめ!」と自覚してしまいました。以来もう30年ほどこの活字中毒と闘う日々でございます。

当然ネットは活字にあふれていて活字中毒→ネット中毒なんてぇのもすぐに誘発され、今は休学中だからいいですが、復学する日が怖いような気がします。一体どうなっちゃうんでしょ。

家のなかのどこもかしこも紙類にあふれかえっています。客人が来るときは全部押し込んでしまいますが、これらを仕分けしたり読みふけったりするのはものすごく楽しいです。トイレ・バスルーム・ダイニングテーブル・ベッドサイド・キッチン・リビング・車・物置・ガレージなど各所に本や雑誌が雑然としています。そばに活字がないと不安なのです。これ、やっぱり依存症ですね。

どうやって描写したらいいでしょうか?トイレには8冊本がありました(今、数えてきた)。ベッドサイドにはぽろっと見えるだけで12冊ほどあります。机廻りは数え切れません。辞書類だけで9冊あります。CDのレーベルやらメモやその他の本や教科書を合わせたら恐ろしい数です。本棚は数えたくありません。100までいったら1から数えて、百の位を失ってしまうことでしょう。

場所と活字はなぜか関連性があります。開きっぱなしの本があります。そうして足の踏み場がなくなることもあります。留学生がいなかったら家は一体どうなってることでしょう?極限状態を体験したことがアパートのときにありましたが、ちょっと怖かったです。

生ごみや食べ残しはありません(きっぱり)。

そもそも小さい頃から活字中毒奨励マークのついたトイレが家にはありました。物心ついたときから父は新聞を持って入っていましたし、灰皿なんかも据え付けてあって、コーヒーなんか出ちゃっても不思議じゃなかったです。めちゃくちゃ狭かったですが。母が字の練習用に張り付けた板があったので、トイレの用事もないのに足繁く通ったもんです。

トイレで活字を読むことがかなり恥ずかしいことだと知ったのは、高校1年になってからでした・・・。何と世間知らずだったことでしょう。しかも父を見習って新聞は後ろから読む癖があります、私←社会面から。

図書館で借りた本がなくなると、母の料理のテキストやら父の執行部広報を読み、漢字をスキップして、そのあとで百科事典やら辞書を読みました。よく「あ」から読みはじめて「み」まで行ったぞ、って威張っている人いますね。私は丸々3回くらい読んだことあります。でも憶えてないっすね。憶えることが目的ではなくて、活字を見ていると ほわぁぁぁぁっとする気分が好きなのですね。何かやってるぞ、っていうこの行動とアタマを占められている感じが。

電車には中吊り広告がありますね。夏なんかだとクーラー、普段でも揺れに合わせて何となく彼らは私を誘いますね。ひらひら~って手招いてる感じでしょうか?すたすたすたっとと駆け寄ってしまうのもかなり不自然なので、さり気でじりじりとにじり寄って行きます。別段女性週刊誌なんかに興味はないんですけど、どうしても活字が読みたいわけですね。小さく小さく書いてある出版社や発行人や発売日も細かに読んでしまいます。自分の本がバッグの中にあるっていうのに、ついつい「あ・と・で☆」なんてバッグをポンポンと、心のなかの呼びかけ台詞に合わせて叩いている自分に気づくとかなり怖いですね。まんべんなく中吊りを読み終わってから自分の本を取り出して無心に読みます。

本を読み終わってしまうと悲惨ですね。もうやたらめったら他人のバッグのロゴやTシャツのラインや時計の“Seiko Made In Japan”読んじゃってますね。きっと彼らは「この女俺に気があるんかい!?」なんて思っているかもしれないです・・・。営業の紙袋なんかとってもいいですね、読みでがあります。住所なんかまで細かく読んでしまいます。でもそんなの要らない情報です。

車を運転していて信号待ちになると、ついつい助手席においてある本に手が伸びます。よく通る道だと大体シグナルがいつ変わるかわかりますからね。生命の危険冒してでもやっちゃいけないですが、たとえぼーっと読みふけっていて後ろからクラクション鳴らされても読みたいです。フリーウェイで事故渋滞に引っかかってしまうともういけません。ディパックから教科書かノートを取り出してかなり深いところで読んでいます。たまに進むタイミング見逃して横入りされても、こういうときにはまったく腹が立ちません。普段だったら Curse(罵倒)しちゃうところですが、活字があれば穏やかな性格になってますね。

悲しいかな、あのミドリの交通標識や道路脇の案内板まで読んじゃうわけです。いつも学校へは同じルートで行くので、もう何回読んでいることやら。それでも読んじゃうわけです。で、 Oakland 6マイルなんて記憶しちゃってて、私はかなり病気だぞ、と自覚します。地名を日本語に訳して楽しんだりもします。Fruitvaleなんてけっこう単純な名前☆とか。昔はここでも果物が取れてて谷間だったんだなぁ、なんてことを思って次の看板を待つわけです。

家のなかでも各所で縛られてますね。歯磨きしてて「歯磨き3分はしなくっちゃね耐久レース」をひとりで展開しているときに、あんまりにも長いんで暇になり、ついついキャビネットを広げてコンタクト浄水液や歯ブラシのヘッドや歯磨き粉を左手に持ち、注意書きを読んじゃいます。ふむふむ、と言いつつもっとないか、と探す自分が怖くて、そんなことしているあいだに3分計の砂時計は終っています。

お風呂もかなり怖いですね。髪を最初にあらってトリートメントをしている間に身体を洗ってもまだ時間が余るときには、洗剤やシャンプーの注意書きを読みます。もう何度も何度も読んでいるので、新しいのおろすときにはわくわくしますね。もちろん新しいモノをおろすそのこと自体もわくわくするんですが、新しい活字がそれにくっついてくるのがたいへんうれしいです。スペルを憶えて成分の日本語訳なんかも憶えます。

最近は留学生といっしょにお料理してるんで滅多ないですが、ひとりで料理しているとついつい活字中毒に浸ってしまう危険な場所はキッチンです。あとはおたまで時々かきまわすだけ段階になると、食品キャビネットをかき回していろいろ読みます。洗剤もあるしたくさんの食品があるし、宝庫です。「へぇ、やっぱひじきって海辺で加工するんだぁ」と感心したり、「この着色料赤5号って何だ?」なんて宿題も増えますね。でもこれでいいことは、日本で買いだめしてきた乾物の賞味期限がきちんと把握できちゃうことです。すんごい暇だと冷蔵庫なんかもかなりきれいになります。

キッチンにはパートナーが飲むプロテインドリンクやビタミンがあります。もうこれらはすんごい活字と注意書きの宝庫です。なんで、ついつい読みふけってしまいます。「子どもの手の届かないところに」はもう当たり前なんですが、「口以外の場所から体内に入れないでください」なんて発見すると大笑いしちゃいますね。

テレビを見ていてケーブルの映画チャンネルだとCMがないのでいいんですが、民放だとかなり長いCMでZapping(リモコンでがちゃがちゃチャンネルを替えること)をひとしきり終ると暇になるので、コーヒーテーブルの下にあるクーポンのついてるちらし広告や商品カタログを読んじゃいます。数字を読むのもかなり楽しいですね。

どこに行っても印刷物をもらってきてしまったり、出かけるときに必ず読み物を持っていないと不安です。煙草と同じくらい怖い習慣ですね、これ。クラッチバッグが持てない理由のひとつがこれだったりします。パーティーのときなんかは小さいカレンダーみたいなのや、広告やプリントアウトした紙を折って押し込みます。学校でも黒板や開いている教科書のページを読み終わってしまうと、他のページを読みふけったり、自分でノートに書いては消して字を求めます。

パートナーは「トイレにいってふき忘れたらかなり問題だと思う」と限界設定をしていますが、どうなんでしょね。私は「ネコたちの身体に字を書いて読む」ようになったらおしまいだと思っています。寝る直前まで活字を読んでいないと不安で、たまに力尽きて電気を消せないことがあります。

大きな影響が生活に出ていないからいい、というもののけっこう哀れなもんです。父方母方合わせても叔母と私以外に近視はいません。遺伝じゃないってことですな。私はモールにあるでっかいチェーンめがね店についている検眼センターの女性ドクターが私のフルネームを記憶しているくらい目が悪いです。きっとカルテは数千から1万いくつくらいあるでしょう。それとも私がひとなつっこいから憶えてくれてるんだろうか?待合室でも必ず読み物を探します。飛行機のなかでも新聞と雑誌を数冊確保して、そのあとから自分の本を読みます。電車の旅で眠れないときは悲惨です。つまんない宴会のときもかなり悲惨でメニューを読んでしまいます。待ち合わせで本がないときはもう見えるところにあるすべての文字を読みます。夜だときらきらしていてきれいです☆

しかし、これでいいんでしょうか?今のところ精神病には分類されていないようです>活字中毒。これが悲しいのは、読んだ活字の量とアタマの中身は決して比例しないことです。ジャンキーなモノほど甘美で、あまり大した情報は読めていません。何か有効に使えないでしょうか?

私がロゴや文字入りのお洋服を着ない主義なのは、趣味の問題もありますが、こういう理由も一部にはあったのです・・・・・・。

活字中毒3

__________________________________________________________________________

今、読み返してみると、かなりおもしろい(笑)。Kindle本を導入してからもやっぱり同じようなことをやっているのだな、と思っていますが、とにかく登山家が「なぜ山に登るのか?ーそこに山があるからだ」的な発想です(笑)。そして今だから言えることは、読んだものはかなり効率よく脳内に留まり、かなりの割合で役に立っているな、ということです。Precious One English Schoolでは、心理レッスンの一部で「読書のススメ」を脳神経学的・心理学的・言語学的に解説しております。私はその産物である、という自負があり、右肩あがりの脳内に満足しております。