私は8歳くらいに意識し始めたのですが、この年令までずっと毎日1回以上泣いてきています(ちなみにコレは時制で言うところの現在完了形経験です)。 I have cried at least once a day all my life since I was around eight.

子どもの頃と10代の頃、20代前半は、もう只管ひたすら自分のためだけに泣いていました。悔しいが大半で、恨めしいも混じり、なぜこの現状になったのかわからない途方に暮れた果てだったり、薄ら寒くて淋しかったり、この先に何が待ち受けているかわからない頼りなさだったり、と、まぁ、いろいろだったんですが、本当に自分本位でしか世界を見ていなかったのです。

風呂おけ・押入れ・物置に閉じ込められることが多かった私は、泣いてもケロッとしているので、母はまったく「反省のない子」と見做していたようですが、実際はその反省と悲しみの繰り返しがとても早い周期で起きていただけで、けっこう反省していたんですよ(笑)。

ただ、なんだろう?泣くという行為はとてもとても気持のいい行為だったことは確かです。そしてずっと続いていくことになるわけです。

渡米してから泣いたのはもちろん、おそらく生涯で10日ほどしかお休みしたことはないと思います。今日もすでに1回泣いていますし、多いときには4回ほど泣いています。

不思議なのは、30代前半から、自分のために泣くことは激減しました。そして40代ではどんどんその割合は減り、現在、自分のために泣くことはZERO化しています。

最終的には、自分が気持いいから泣いているのだから、自分のために泣いているんじゃないか!と言われると反論の余地がないのですが、対象物が自分に向けられたものではない、ということです。泣く行為を呼び起こされる刺激物が、自分に起きたことではなく、他人に起きたことや世間に起きたこと、宇宙や動物に起きたことなどになっています。んま、その泣いている最中に自分の経験が呼び起こされ、それに伴う感情をRevisit(再訪)しているという仕組みですね。

泣くと疲れないか?とよく訊かれるのですが、いやー、爽やかにスカーッと涼しくなる感じですね。澱のようになっていた老廃物が浄化される感じです。

この前、医者の友人Douglasとこの話をしていたら、「あー、だから老化が遅いんだ!びっくり!やろう!」と言われたので、きっといいことなんでしょう♪泣くとやっぱり筋肉も使いますし、脳はけっこう機能して刺激されている感じです。しかも、意識の整理になるので、いいんでしょうねぇ。

なぜ泣くのか?という動機ですが、泣くという行為はたくさんある感情の中でも、ひとりで誰にも見せないでまったく迷惑がかからないでできるMAX Voltageの感情の体験だからですね。うれしい!怒り!恨めしい!などをひとりでやってもわかりにくく、MAXの体験にならないからです。

ちなみに私は酔っ払ったとき以外で(自分で認知できる範囲)泣くことを、人前ではしません。映画のみですかね。それでも他の人は画面を見ているのでたいてい気づきませぬ。父の葬儀のときも我慢していました。なんて勝ち気なんでしょうか・・・(汗)。ネコたちが死んだときにも母の前では泣きましたが、他では我慢していましたね。ってことは、ネコが死んだときのほうが、父が死んだときよりもコントロールが利かなかった?父に怒られるのか?(汗)。

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不感症にはなっていない自信はここから来るものかと思われます。意外な習慣ですか?