[1999年08月17日(火)]に書いた文章です。

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私が大好きな映画のひとつに Backdraft (邦題もバックドラフト)があります。これはそのなかに2回出てくる台詞です>You go, we go. Kurt Russell(カート・ラッセル)が2回とも喋ります>お暇な人は探してみてね☆

シカゴという映画の舞台になりやすい街の消防士の話です。兄弟の確執・正義とは・夫婦の在り方・プロフェッショナルとは・競争環境での自分の鍛え方などなど、視点を変えるとものすごい盛りだくさんで何を見ようか迷っちゃいます。

ついでに私はカート・ラッセルが好きなので彼をぼーっと見つめて実生活でのゴールディ・ホーンとのパートナーシップ人生を考え、ロバート・デニーロの芝居に対する情熱に感心し、ボールドウィン兄弟のなかではウィリアムがいちばんいいなと再確認し、レベッカ・デモネイはトム・クルーズと結婚しなくてよかったな、なんてゴシップ系のことまで考えてしまいます←ねね、盛りだくさん☆でもこれも楽しいのだ。

いろいろ考えてみても、私はこの映画で一等好きなのはこの台詞です。凝縮しているっていうか、真理が詰まっているっていうか・・・。

消防士は殉職の確率の高い仕事のうちのひとつです。この映画を見て、またもや消防士になりたい子どもたちが増えたとも言われ、Los Angels のユニバーサルスタジオにもこの映画のアトラクションが設けられました。火事の場面はとても派手です。けれどそれだけでないモノがあります。表面的に見れば、アメリカのカウボーイ文化の現れ、男性は強くて優しくなくてはいけない、というメッセージにも受け取れますが、これは男女なんか関係なくいい映画だと思います。

私がもう自分の一部としていつも使っている Commitment という英語の単語をよ~く表していると思うのです。

コミットメント:1.関わり合い。関与。2.誓約。公約。言質。
Commitment:1.a.委員会付託、委任.b.投獄、拘留。2.a.言質、掛かり合い、傾倒、肩入れ、投入、責任.b.財政的義務を負う約束、売買約定.3.遂行、犯行.

この言質(げんち)をクローズアップ。

言質:後日の(証拠となる)約束の言葉。ことばじち。

アメリカは契約社会です。それによる欠点もたくさんありますが、「自分で自分の責任を取る」という点では合理的ではあります。言った言わないという幼いケンカにもなりますが、そのために書類の発達、合理的な文書の発達を見てきました(ちなみにE-mailも社内用メモのヒントからビジネス用に開発されました)。そして社会契約がたいへんに重んじられ、たくさんの書類や法令があふれます。弁護士も増えます。

まだ書類作成の必要なかった頃、カウボーイ時代のことをこの映画は思い出させてくれます。

日本でも契約書が血判だったこと、口約束は違えない人たちがいました。絶対的契約をしていた葉隠精神の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉に凝縮される精神構造です。犬死にすることを第一目的とはしていないものの、たとえ勝てないとわかっている勝負でも絶対契約をしていた君主のために、自分の言葉を違えないために、潔く名誉を選んだ人たちがいました。

こういうのはイマドキ、ほとんどの人にとっては時代遅れの馬鹿みたいなこと、なのかもしれません。けれども私はこれがとても好きです。自分もいつもそうありたいと念じています。

「いちいち自分の言ったことになんか責任持てねぇよぉ」という気持もやっぱり上頭部左側(なぜか)のほうにいつもあって、冗談を言うときはそこが花咲いてしまうし、過去語録を指摘されたときのことを想定すると、そこは何だか縮まってしまう感じがします。けれどもいつも自分が言ったことには最後まで責任を持ちたいと思っています。

人には言動の矛盾があります。完璧なモノはこの世にはほぼないからです。時間が経つと必ずモノや心は変化し記憶は薄れ、それにつれて考え方や感じ方も陶汰されます。ですから、約束したことを果たせない情況も出てくるわけです。けれど、切ったり切られたりしなければ、それを認め合ってまたまた時間の流れのなかで、いつか約束を守ることができる人間であることをお互いに証明することはできます。私にはこの切らないということがとっても大切です。自分らしくあれる関係をお互いに提供しあえることもとても大切です。

ゆえに理解されがたいと問題やジレンマが増えていきます・・・・。

たとえば、私は他人の悪口は本人に言えることしか陰でも言いません。たまたま本人がいっしょにいないときは、なるべく言いたくはないです。陰口というのはキリがないし、言っていることを「王様の耳はロバの耳」のように穴を掘ってどこかで言いたいと思っても、もぐらやカブトムシの幼虫や蟻地獄や海底ケーブル工事している人がちゃんと聴いているもんです。そうして本人に言わないままに済ませておくと、いつかその穴は地球のマグマまで到達して、自分がおおやけどをしてしまうことになります。心につけた傷は身体についた傷よりも治りにくいことが多いです。

自分のモノの見方は絶対に歪んでいないと決め付けたくないので、他人の意見を広く尋ねることはあります。そこで批判されたことや新しいアプローチをまた現場に持ち帰って、また試みてみます。本人が不在な場所で表現や口調は違ったとしても、本質である意見や態度は変えない努力をしています。同じことを表現するのでも目上だったら敬語とか、和製英語を混ぜない、などという感覚と同じで、相手にいちばんわかってもらえるだろう、と考えた結果を伝えるようにしています。何でこんな嫌な想いをたくさんしても切らないのか、それは私が時代遅れで損得を考えられないからかもしれません。

これもひとつのコミットメントです。切らないと決めたら切らないで、どうにかしてお互いが心地よい距離感を見つけられるように努力は日々します。やってもやってもダメだったことはあります。時間をかけてもダメなことは私はないと信じたいです。だから気長に疲れないようにしてその日を待ちます。

カート・ラッセル扮する消防士は、彼や彼の仲間が消防活動のとき、足場を失った仲間の腕をぐわっと掴みます。そして “(If) You go, we (both) go.” (もしもおまえが落ちるなら俺もいっしょに落ちる)と言います。彼のその態度や信念は何があっても変りません。その合い言葉と共に彼はずっと消防士をやってきています。

彼と彼の消防士仲間たちを結果的に裏切ったひとりの消防士が彼に襲い掛かり、火事場でもみあっているうちに足場を失いますが、カート・ラッセルは、コンマ1秒のためらいもなく腕を伸ばします。”Let me go, please.” (お願いだから行かせてくれ)と頼む裏切り者に、またそこで “You go, we go.” と歯をくいしばって投げかけ、筋力が続く限りホールドし、力尽きていっしょに落ちていくのです←この頃には私はもうぼろ泣きです(爆)。

彼は自分の言質にとっても忠実な人でした。「死んじゃったらおしまいじゃん」かもしれませんが、私はそうは思えずいます。これは繋がっていくんじゃないか?と。そして私は今日もまだまだ言質の薄い自分を叱咤するのです、You go, we goじゃん!と・・・。

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Universal Studioで有名になりすぎてしまったこの映画ですが見ましたか?いろいろな視点から自分に近づけて観てみてくださいね。価値アリアリです。

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