稀少性2

稀少:少なくて珍しいこと。きわめてまれなこと。また、そのさま。

自分のことを変わっている人、とは思いたい気持ちと、いやいや、そんなに変わってないよ、とそうは思いたくない気持ちが、場面や相手によって変わるのはよくある話です。が、私個人は、このユニークさを肯定的に受け止めたいといつも念じながら他者に接するようにしています。なんでもアリが信条ではあります。何度くらいお試しをするか?は、その稀少性のマグニチュードや影響(危険度などを含む)によります。

その理由はやはり私も変わったところが表象されてしまう子ではあり、大人になってからは確信的に多数決からはみ出ることを開始したからです。そのため、稀少性に対しての寛容度合は高かったため、USに行ってからは、それがたいへんよく作用しました。何を見ても「これ、やっていいん  だ・・・」とびっくりしたこともあったり、「これは日本ではない行為だよな・・・」などというものの判別ごっこが楽しかったり、「それでも私は、これはしないな・・・」などというチョイスもあったり(笑)。

そして、やはり日本に戻ってきて英語スクールをやることになっても、やはりこの稀少性からは免れないようです。心理を入れる、日本で一般的に教えられている方法から抜け出す、文法名まで変更してしまう、概念を違う方向で取り入れる、などなど、いろいろやっています。

それでも、来てくださっている生徒さんは、ほぼ満足してらっしゃり、今通学してくださっている方は、非常に納得している風なので(たまにアンケートなどでチェック!)ますます進化していくしかないぞい、と思っているところです。本当に使える英語になるまで、みなさんがんばって通ってくださっており、取り放題も存分にいらしてくださっています。

稀少性3

とはいえ、たまに途中で辞めてしまった人のことをよく考えます。数がとても少ないので思い出しやすいのもあるのでしょう。コースを修了してから独学に進んだ人のことは、思い出すとしても「独学がんばってるかなー」程度で、とても明るい気持ちなのですが、途中で辞めてしまった方に対しては、私の至らなかったところがどこだったのか?ということをよく思い詰めてしまいます。気づくと10分くらいは経っていて、けっこうグルグルしていたのだな・・・と気づきます。とはいえ、後悔する大きなものではなく、互いに譲れないものだったのだから致し方ないよね、と終わらせるわけです。

実店舗を調布駅前にオープンする前は、取り放題制度がなかったのですよね・・・。自宅でやっていたので、広さがなく、できなかったのです。それについて、今も少し悔しい想いをします。それがあれば・・・と。それなりにたくさんの生徒さんがいないと、こうしたことは可能にならないため、それが少し残念です。取り放題の説明はこちら

そもそも、みなさんが特別でユニークな人たちだ、と受け止めるために、私はここにいます。どんなことでも話していただけるよう、私自身が自分の生活で自分を締め付けないように、羽根のような軽さでステップを踏んでいかねば、と、なんだかまじめに考える夜です。

 

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