Sep 16, 2005 10年ちょい前に書いた文章です。

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私が公的に憧れているのは;「脆い・儚い・華奢」という3つの形容詞に当てはまる、体型やそれが醸し出すしぐさな情緒なのですが、ないものねだりであることはわかっています。ガタイがいいので、小さい人がボディビルディングをやって大変化を遂げるのとは違い、肩幅や骨格は到底動かしようがありません。なので、笑い話になっています。本気で憧れているのか?というと、そうでもないようです。私は何かスポーツをやっていれば、セミプロ級だと言い通しても通用してしまうようなガタイを持っているのです。それはそれで利点もあり、とても満足しています。

小さい頃憧れてきたのは、賢くなることや、お金持ちになることなどでしたが、今、ある程度自分の器量が見えてきたので、それ以上のものを欲しいとは思えません。今の自分を見極めて、いつもいつも一回りか二回り大きいものを目指して、確実に手に入れてきました。私のなかには、自分で決めた規範や法則性があり、それを超えると赤信号がウルトラマンのように光る具合になっています。暴飲暴食をしたあとに、胃腸がおかしくなるのと同じで、ひどい買い物をしたり、やると決めたことをしないでいると、ちゃんとバチが自分の心に跳ね返ってくるようになっているわけです。なので、大げさなものを欲しがれません。が、「夢のないやつだなぁ」と言われたことはありません。

何度もくどいようですが(笑)、貧乏に育ったので他人を羨ましく思って過ごした時間をたくさん費やしすぎました。消しゴムや分度器やコンパスから、縄跳びやママレンジ(やばい!年代バレるか?)、世界子ども名作全集や、流行始めたブランドのお洋服など、キリがないことでした。10代で私用に割り当てられた、生涯分の羨望は使い果たしてしまったと思われるので、私は二十歳を過ぎてから、誰かや何かを羨ましいと思ったことがありません。あ、日本に住んでいる人が「初鰹食べたよ」などと、ここで手に入らないものを自慢すると、ちょっと羨ましいです。食い物は除く、としておきましょう・・・←どこまで行ってもコレが根っこだったらどうしよう、とは時々不安を感じますな(笑)。

たとえば、Tiger Woodsのように赤ちゃんの頃からゴルフクラブを握っていたら?たとえば、あのときプロのモデルを目指していたら?たとえば、あのとき財閥の御曹司の三男と結婚していたら?と、過去についての後悔は一切しないので、実現している人たちを見ても、I am happy for you(あなたのためにうれしいわ)となっても、I envy you, I wish I were you, It would have been me(あなたが羨ましいわ、私があなただったらなぁ、それは私だったかもしれないのに)とは、さらさら思わないでいます。おかしいのは、英語で仮定法を習ったときにも、「もしも私が鳥だったら空を飛べたのに」などという、ありもしないことがなかなか飲み込めないでいました。日本語にない文法時制だったせいもありますが、私の性格や気質でもあったのでしょう。

隣の芝生は青い、とよく表現しますが、私は大人になってから隣の芝生の青さに目を細めたことはないです。本当にいいと思えば、手に入れるためにとことんやるので、「いいなぁ」と言っている暇もなく、そんな場合でもないわけです。海外に住んでいると、簡単に「いいなぁ、海外に住んでて」と言われることが多いです。いい歳こいて学校に通っていることもよく「いいなぁ」と言われるタネです。ネコと(思う存分6匹も)同居していることもそうですし、英語を話すことや、その他、いろいろ「いいなぁ」の連発をされてきました。チャットなどでの回数を入れると、もう1000回以上言われていますね・・・。これは、私が人から羨まれる生活をしているという事実ではなく、人は簡単に他人を羨むという例です。私の人生でいいなら、できることなら代わってさしあげたいです。私のパートナーの日本語を聞き取るだけでも、第一の山ありです。ホッケーの試合を、毎年82試合+見るのもかなり根気が要りますしね・・・。

私としては、Get real! (現実を見てよぉ)と思ってしまうわけです。本当に羨ましくてそんな言葉を発しているのか?ということがまず疑いです。海外に住むなら住むで、鎖国時代と違い、それは実現可能なことなのですから、ぜひやっていただきたいです。英語も努力すれば話せるようになりますし、学校も日本だって社会人枠を設けている大学が今ではたくさんあります。

もしも、本当にそれらのことに憧れてだけいるのならば、夢の夢だと思っているのならば、それは大問題です。実現する方法をわかっていないということです。夢や憧れというのは、宝くじで3億当てるとか(統計学的に非常に難しい)、日本人に生まれたけど金髪で青い目で白人らしくずっと暮らしていくとか(寝るときやその他メンテもたいへんすぎるし、人間は積み重ねの存在なので文化的メンタリティはついてこない)、Back to the Futureのタイムマシンに乗りたいとか(アインシュタインでもタイムマシンについて結論づけた論文は残していない)、にしましょうや、と思います。

自分とは違う人生を歩んでいる人に対して、「かっちょいいな」「すごい倖せそうでうれしいよ」「そんなことが実現できるんだね。元気を分けてくれてありがとう」と、ちゃんとした言葉にできるような、憧れ、すごさに対しての評価を持つことと、ごく簡単に、相手や彼/彼女が実現したことを、自分にとっては夢として距離を大きく置いてしまうのは、ちと違います。気づかないで「いいなぁ」を簡単に言っている人たちが多いのでしょうが、言われている人たちはうんざりしているかもしれないです。

私は、「英語ペラペラ?」と言われるとうんざりしますね・・・。ペラペラって何よ?と。リンクに貼ってあるのですが、うんざりした想いから貼ってあります。どこで何語で生活をしていようとも、自分がしていることに能力を発揮できていたらそれでいいわけです。スウェーデンにいてスウェーデン語ができなくとも、薩摩切子の技術を、ガラス工房の職人さんたちに教えることができればいい人だっているわけです。自慢することではないですし、できない人を蔑むネタでもありません。私は、他人に「すごい」「いいなぁ」と言われるのが嫌いです。

それに、あんまり人を羨ましがっていると、自分が知らないあいだに縮んでいきます。人と比較ばかりしているそのメンタリティが、いつしか自分を蝕んでしまうのですね。私は幼い頃から10代くらいで卒業できてよかったです。その後、健全に歩いてこれました。

私が大金を獲得して、再びフルタイムで学校に通うことは、夢ではありません。計画です(きっぱり)。10ヵ年ほどのゆとりを見ていますが、5年でできればいいんだけど、と思っているところです。

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結局、ビジネスセンスがなかったため、この時点で考えていた10年では叶わなかったわけですね…。大金を獲得する路線もやめてしまいましたし、今、修正をしたこの道程を楽しみに歩んでいるところです。もともと、そんなにMaterialisticではなかったことから、今に落ち着き、これが人生最後までの路線になるといいなーと思っています。

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