ひなまつりの想い出は甘いものがありますか?私が後年驚いたことに、「お」「さま」の2つをつけるほどに、コレはすごいことだったのだ!ということ。「者と同じくらいだったんだ・・・」というすごい立ち位置を見つけたときに、やたらと感動したのでした。

私はお嫁に行き遅れる予定でずっと暮らしていたのですが、29歳のときになぜか入籍はしました。そしてそれからはや20年以上、離婚することなくそれなりに暮らしています。つい最近も冷静にメールにて、離婚するかどうか?についての話題が出たのですが、籍についてはさほど執着しないでいます。私にとって彼は、生涯、戦友であり、親友であり、最後の砦であり、それは籍がどうであれ、何も変わらないとは思うからですが、ひとつだけネックなのは、彼が高齢になって歳を取ったときに、籍が入っていないと、Medical decision(医学的決断)に意見できる権利が失われるのだな、というスキがあったことです。これ、若い頃は気づきませんでした。みなさんも、ここのところは押さえておいてください。ということで、しばらく離婚はないです(笑)。って、こんな感じのゆるい結婚生活で、半分以上が別居結婚状態です。彼が海外に住んでいるから、というのが理由なのですが、子どもがいないために、自由な暮らし方はいつも選択できています。

けれども、母方の祖母が、きつい経済状態で、私におひなさまを買ってくれたときは、こんな結婚を望んでいたのか?と考えると、まぁ、そうじゃなかったはず・・・と少し申し訳なく思います。この手のタイプの、コンパクトな最も安いが、品のあるもので、貧乏ではないと思えるものを準備してくれたようなのですが、初節句には間に合わず、私の物心がつく前に、と3歳に間に合うようにしたらしいのです。が、大金だったはず。

おひなさま

ところが!おもちゃはすべて男の子仕様のものが好きだったため、その後、ひどく落胆したのだとか・・・。18ヶ月差で生まれた弟のおもちゃを、彼が使用しないときに許可制で使わせてもらっていたらしく、「あーあ、おひなさまなんて買ってあげるんじゃなかった・・・」というセリフは、今でも憶えています(笑)。ごめんね・・・。本当に申し訳ないっ!

ゆえに、この飾る習慣も、中学に入って少し経った頃にはなくなりました。私がとても気になっているのは、それぞれの雛人形の供養やらその他どうしたのか?ということですが、訊かないほうがいいのかなぁと思って今まで訊かぬままで来ています。ここまで遅延してよかったなと思えているのは、きっと母も忘れてしまっているだろうから、はっきりしたことがわからぬまま、罪悪感に苛まれずに済むということです。ですので、もう訊く必要がありませんね。

そして、おひなさまの習慣をアメリカ人に説明した頃を思い出します。不思議とその話題が出る回数が少なかったのですが、今Google検索してみても、Hina Festival, Doll Festival in Japan,などで検索しても、日本人や美術史やその他の専門家サイトしか英語での表記はありません。行き渡っていないのですよね。ガイジンたちは、そこまで行き着いていない感じがします。次回、ちょいと友人に聞いてみます♪

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