縄張り:1.縄を張って境界を定めること。建築の敷地に縄を張って建物の位置を定めること。
2.博徒の親分の勢力範囲。通常、その範囲内における賭博の権利を保有し、他の者の無断の開帳を許さない。転じて一般に、勢力範囲。
3.動物の個体や集団が競争者を侵入させないように占有する一定の地域。領分。テリトリー。

勢力:他を服従させるいきおいとちから。

Territory:1.a,領土《領海も含む》、領地、(本国から離れたところにある)属領、保護領。b,国の第一級行政区の地位を得るに至ってない行政区。準州。
2.(外交員などの)受け持ち区域。(生態)(動物の)なわばり、テリトリー。(スポーツ)各チームの首尾区域。
3.土地、地域。(科学・芸術などの)領域、分野。

引っ越しをしてきて、Territory拡張をしているうどちゃんたち3人を見ていて不思議を思い浮かべることがいくつかあります。うどちゃんは上手におしっこをひっかけて匂いつけをし、縄の代わりをきちんと確保していますが、縄を張るのは人間も同じことであるなぁとやたら感心していたわけです。そしてなぜなぜ坊やが抜けきれない私は、広辞苑をダンボールから引っ張り出し(実際は留学生Oくんに、「どこだったっけ?この箱だったっけ?」とか言いつつ、ほぼやってもらった>探し物…汗)、即座にその場で調べてしまうわけです>この習慣はかなり自分でも好きなところです♪

 

自分の力が及ぶか及ばないか、というのはかなり大きなキーポイントです。それゆえに、ふたり以上の人間(や生命体)が集まればそれは「社会」となり、3人以上の人間(や生命体)が集まれば力関係が生まれます。生物的弱肉強食と共に社会的弱肉強食というのがあり、いろいろな力に対して価値をつけていく多数決による主流(トレンド)が存在することが、その社会での長所にもなり短所にもなる、ということになります。

わかりやすく言おう(爆)>6歳の子どもに同じ内容を説明できなければ、どんなことを書いても何にもならんだろう…(汗)。あ、でも6歳用には書けない(爆)>まだまだがんばらないとな…。

生物的弱肉強食とは、文字通り、弱いものが肉となり、強いものがそれを食す、という意味です。バンビやヌーはライオンやチーターに食べられてしまう、というサバンナの掟に見られるような自然の摂理です。でもクロースアップして見てみてね。食べる側の人口は少なく、食べられる側の人口は多いです。それで自然界はどうにかバランスを保って廻っていきます。それでも生き延びることができない種は、いつか絶滅していきます。たくさんの種が絶滅しました←これはあまりこのエッセイで大切なことではなく、中学までの理科の復習です(爆)。

人間の手が入って、その自然界の掟が破られることがままありとても残念なことです。人間が「貨幣」や「鉄砲」や「車」や「手足の自由さ」や「毛皮や象牙など」に大きな価値を置いたことによって、同価値を持たない自然界を壊していっていることは大いに反省しなければなりません。彼らの縄張りへの尊重を見失っているからです。絶滅種の数は、人間の手が入って以来、ものすごいスピードで加速しています。

社会的弱肉強食とは、お金や美醜や頭脳などをはじめとしたVariable(変わりやすい、定めない、不定の、変動できる)に、人間(や生命体)の数による主流(トレンド)により、価値をつけて力の強弱をつけるやりかたです。そこにはバランスを設定することが難しく、時間の軸と文化の内容(政治や芸術などの人々が作る流行や考え方の傾向)によってどんどん変わっていきます。確かに時間が短かろうが長かろうが花火のようにすてきであったり、魅惑のカタマリのようで抗えない人や物事や現象というのは実在します。

ここでのキーワードは「自分にとって」であり、「多数決でそこにあること、それに混ざらないことには社会の一員として不適格である」ということでは決してないことです。

そこにある力を認識し理解しても「重要視」しなければそれは持っている方にも力を行使する機会を減らせることになります>流行モノは何だってそうだな。宇多田ヒカルちゃんだってポケモンだって赤ワインだってさ。PCもそうだし、政治家もそうだし、健康食品だってセクハラだってアダルトチルドレンやトラウマって言葉だってそうだ。それぞれが持つ力はそれなりにあります。けれども、「自分にとってそれはいかにSignificant(重要、大切)なのか?」ということがキーです。

第一に、変わることが大前提であることを認識していないと見落としてしまったり、大切なことを忘れがちになります。普遍的な何かを築けることは自分にとってとても大切なことです。すべてが変わり行くなかで、自分はこれだけは変えたくない、というこだわりがあることはキラキラしています。第二に、そのモノや現象に対して自分が囚われていないか、奴隷状態になっていないかを確認してみることです。せっかく購入したCDも聴けなければ仕方ないし、カクテルドレスを買っても似合っていなかったり(これも自分が似合うかに似合わないか感じ考えればいいことです)、自分のテリトリーのなかにそれを着る機会がないならば意味が薄いです。

縄張りのなかに入って、その社会の一員として立派にこなしているように見えても、実はおしっこをかけて縄張り範囲を決めているわけではなく、おしっこをかけられて動けない縄張りのなかにある木々や電信柱にされている恐れあり(爆)。

ひとりひとりに必ず力はあります。

棺桶まで持っていけないお金であるよりも、衰えてしまう容姿であるよりも、定年になってしまえば昔話になる栄光ある仕事そのものよりも、いつかは朽ちてしまう豪邸よりも、私自身は生命力や健康や生涯学ぶ姿勢が大きな力になると思っています。その価値観もみな違って混沌とした社会でまったくかまわないと考えていますが、自分のなかでの混沌を自分で増やすよりは整理できたほうがラクじゃないかなぁ、と。他人をさらに混沌とさせてしまう場合もあるでしょうが、実際に自分がかなり整理されて自分なりの縄張りでの普遍性を持っている人であれば、大概のことがあっても混乱しない、という人々は実在します。私もまだまだ発展途上中ではありますが、何があっても背中を向けてケツまくって逃げる、ということだけはないほどの生命力という普遍性は持ち得るようになりました。

Variable(変わりやすい、定めない、不定の、変動できる)を自分の力とし、そこに普遍性を見出すのは不可能に近いくらい難しいことです。東京大学はあと30年経ってもすごいところなのか?(爆)実際に、世界大学のランキングでは今でも東大はそんなにすごくはないわけです>比較はあまり重要な意味を持たない…(汗)。トレンディと言われているエンジニアの仕事は本当にあと何年トレンディなのでしょうか?日本沈没でもあったらアウトドアに長けているほうがよかったりして…(汗)。貯金がいくらあっても銀行が大崩壊でもしたら?畳の下に敷きつめますかい?>万札(爆)。

他人がたくさん寄り集まって多数決で作り上げられたトレンドという主流に乗るのもたまには楽しいですが、自分の力になっているのか?使われているだけではないのか?確実に自分が生涯大切にしていける普遍的なモノはあるのか?それが生かせる場所や人々の社会にいられるのか?いろいろ考えてみるものなかなかおもしろいことです。

引っ越してきて4日め、うどちゃんたちはもう既に借りてきたネコから脱出し、おしっこをスプレーにして縄張りを拡張し、生き生きとしています。ハイジはマイペースでまったく焦ってないし、タンゴは外出時間は短いけれども帰ってくるたびに鳴いて知らせます(撫でてくれと要求するのだな…汗)。うどちゃんは三角目だったのにかわいらしくて凛々しい顔に戻りました。ストレスがなくなった模様です。

どこでもいつでも、自分の力が発揮できますように。借りてきたネコになってつまらくてさみしい想いをたくさんして疲れませんように♪自分にぴったり合った縄張りを探して、人やモノや現象に不安を与えられたり、力を誇示されませんように☆

(明日のお題は「借りてきたライオン」ではありませんぞ♪でもテリトリーにこだわりすぎた話にしたいとは思っている・笑)

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