梓みちよがこの歌を歌ってからもう軽く30年以上経ちました。おそらく私自身がこの歌を赤ちゃんの頃の顔面に歌いかけられたような気がします…(何も顔面でなくても・笑)。

今日は午前中に生後28時間ほどの新生児とご対面してしまいました。これまで数度新生児を見てきましたが、生命の神秘にはそのたびに圧倒されますね。初産だったので予定日から遅れていたものの、無事生まれてよかったぁ♪

西さんの会社の日本人ご夫妻なのですが、英語で出産しました。いろいろ不安もあったらしいのですが、「家に近いからやっちゃえ!」みたいな最終的には軽いノリだったようです。ご夫妻ともどもアメリカの前にはシンガポールに居て、そこで仕事をしていた彼女と知り合って結婚してすぐにアメリカ赴任だったことも手伝ったのか、かなりステップは軽めです♪そそ、駐在員の妻仲間なのです。

今日の面会でものすごく衝撃的に新鮮だったのは、もう3年知り合いの彼女がすごく大人に立派にきれいに見えたこと。出産後やっとの思いでシャワーを浴びた彼女が、大した痛みも訴えずに出て来ていきなり、「お赤飯って言葉を耳にしたからすぐに出てきたんだけど」でした(爆)。そそ、私がお赤飯を炊いてもっていったので、それを西さんがだんなさんに手渡したんだな。そのときに「これ、お赤飯だから食ってくれよ」って言ったのがなぜかシャワールームに響いたのであろう(笑)。

そのあとすぐに「ねね、きくみさん、もう抱いてくれた?」と言われてものすごくうれしかったんですね。生後28時間しか経ってない赤ちゃんを私に抱かせてくれるんだ♪と思って。これまでも3度ほど生後72時間以内の赤ちゃん抱いたことがあるんだけれども、その親御さんたちとの距離感によっては抱かせてもらえないかと思っていて、1歳であろうと2歳であろうと3歳であろうと、触るのはダメ!って威圧感にさいなまれたこともあって、ものすごくその一言がうれしくてねぇ。

家をショールームのように見せまくっている今週ですが、やはり子どもつきで来る人々は多く、アメリカで生まれ育っているアジア人の子どもたちはアジア人に見える私に人なつこいです。袖やシャツの下を引っ張られてどこぞに連れていかれて質問されたりします。おいおい、中国語もヒンズー語も話せないんだよ(爆)。親御さんたちは家を見ることに夢中で、不動産屋さんと話していることが多いのでそんなに注意していないのか、まだとがめられたことはありません。「バナナとかあげたら怒られるんだろうか?」とか思いつつ、今度やってみようかな、と思っています。

世の中にはいろいろな人がいるもので、私に子どもがいないことでどうしてか私が子どもが嫌いだと思いこむ人もいるし、子ども好きだとアピールしたがっていると思う人もいます。うーん、別に自然にそこにいて、寄ってみて拒否されたらそれでいいし、寄ってこられたら遊ぶって感じなんだけどな。子どもと大人で何かを分けているってことはないと思います。ただどうしても乳児や幼児には英語で話し掛けてしまいますが、それはアメリカに来てから肌で接する機会が多かっただけの学習頻度の問題で、ついつい出てしまう、という感じでしょうか?←意識しろよ、自分。

で、今日もご夫妻のだんなさんのお母様が日本から出産のお手伝いに来ていらしたので、「おおお、日本語にほんご♪」と気合を入れてしまいました…(汗)。赤ちゃんに遭う前に、大人にきっちり挨拶しなければ、と挨拶したもんで気がついてよかった、という感じでしょうか?それでも抱っこさせてもらったときについつい出たな>Hi!とかHungry?とか。そのあと必死こいてフォローして「おなかすいたねぇ」とかやった(爆)。

初めての陣痛から何時間かかっただけ聞いて、あとは痛みを思い出さないような会話が進みました。疲れていると思ったので早いところお暇しなくては、と思ったのですが、ついつい本音が出てしまう私。「あああ、カメラ持ってくればよかったぁ」と口からついて出てしまいました。病室にあったご夫妻のカメラでちゃっかり赤ちゃんを抱いた写真を撮ってもらってしまったやつ…(汗)。だから2回も抱かせてもらえちゃったんだ♪

西さんはどうしても赤ちゃんはFragile(壊れ物)だからと抱けません。怖くて仕方ないみたいです。「落とすから」と辞退しまくっていました。一度だけ新生児抱いたことがあるんですが、その写真あります。凍っているのでかなりおもしろいです。どうして今日は抱かなかったのかというと、一度「落とすから」と言ったあとに、昨日のうちに生まれて14時間くらいの面会に来た別のご夫妻のだんなさんも同じことを言っていた、というエピソードで盛り上がったからなのでした。「あ、今日会社で硫酸触ったから」などと、やたらとんちんかんなことを言い訳にしていたらしい…(爆)。触ってないだろう>じかに硫酸に(爆)。

こういうチャンスがあるたびに考え込むのですが、私はいったいいつになったら母親になれるのだろうか?それとも子どもだけ産んで母親にはならないのだろうか?あるいはまったく生物として母親の役目も果たさないのだろうか?と。さらに母親って何だろう?とも。やっと70%ほど欲しいかも、と思った頃にはヘルニアになってしまい、この状態だと「妊娠5ヶ月過ぎたら寝たきりになるよ」と言われ、ちとびびり、リハビリに励んでいます。で、別居になってまた母親から後退し、経済的苦難が増えるのでどうなるかわからなくなりました。持病との闘いもまだまだ気を抜ける状態ではなく、大人になってきてよくなったもののどうなることやら…。ま、最初から「まわりのたくさんの人にいっしょに育ててもらう」とお願い決め込んでいるのでけっこう気楽ではあるのですが、産まない限りは育ててももらえないわけだしねぇ。養子について考えるのもオプションとして自然なことのひとつになりました。少し前までは乳児しかだめだろうな、と思っていましたが、いくつでもいいのかもしれない、たとえ16歳でも、と近頃では思っています。それに対する覚悟つき、ということで。母親としての部分が増えていくのか、それとも自分のままの地のままでやっていくのか、模索しながらやっていくのか、それはむずかしいところです。けれどもやれないことはない、と思っています←ご批判を持っている人々はたくさんいるんだろうけど…。

しかし、今日の赤ちゃん(名前は伏せる・笑。でもいい名前♪)も小さくてかわいかった。新しくお母さんになった彼女はとてもきれいだった。新しくお父さんになった彼もへんな力が入ってなくてよかった。

そんなことを一日中考えながら、新車購入のためのリサーチをし(このへんの車のセールスマンと話すのはかったるいんでっせ♪値段なんかあってないようなもんだから)、ヤオハンの全品20%割引セールでハッスルし、戸外でおひるねをし、外食もし、優子さんあての荷物を作り、昨日書けなかったFabを書きアップし、夜ご飯をまた食べ(食ってばっかかも…)、今日もまたまた忙しかった。

西さんがエッセイを書いてくれることになっているのだけれども、いつになるかわからずさぼれない状態で、まだまだ毎日更新の自分で自分に誓った決め事は続く…。けれども、こんにちは赤ちゃん♪をしてもらったエナジー効果は続いていますね。昨日のコンサートからもらった充電効果もあるけれども、赤ちゃんはいいです♪そうして帰ってきてからネコたちに「あんたたちも赤ちゃんだったのよ」と昔話をし、いろいろ考えていたわけです。なぜか梓みちよの歌がアタマから離れないで…。

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