今日は駐在員の奥さんたちの送別会ランチがありました。駐在員妻という小さな社会というのもかなり不思議で特異な集団ではあります。会社に勤めていると、「営利団体である会社に労働を提供してその報酬をもらう」という動機のもとに、「収益をあげる」という共通目的があります。うーん、わかりやすい。まぁ、そこでいろいろなバックグラウンドの人間が寄り集まり、物事は面倒になっていくのですが、まぁ、ひとつであろうが基本目的があることはいいです。動機も基本的にはみな共通しているでしょう。お金をもらわなくていいから働いている人はたまにはいますが、ほんとうにたまにしか見かけません。いつか私もそういう人になりたいですが、まだまだ労働というのは「メシのたね」だと思っています(汗)。

駐在員の妻というのはうーん、不思議です。だんなさんが同じ会社に勤めている、という共通点はありますし、その会社ができるだけ存続してほしい、というのもありますが、別段この集団が目的としているものが共通で基礎的なものがあるわけではなく、私は仲間入りしたときから少し途方に暮れていました。そりゃ人間同士誰でもできることならばなかよくしたほうがいいんだよ♪縁っていうのはこういうことを言うのであると思うし。5年半もお付き合いしてきたのに、ものすごく初歩的なところでの「知り合う」という段階で終わってしまったのはどうしてなのか。

それは私がいじわるだから。
それは私が学生だから。
それは私に子どもがいないから。
それは私が、西さんが会社ですることにあまり感謝しないから。
それは私が出不精になっていてまめまめしくおつきあいができないから。
それは私と他のみなさんとの共通のシュミがないから。

などなど、いろいろ心当たりはあるのですが、不思議でありました。哀しいのは、「また逢おうね」と言われても、積極的にこちらから、あるいはあちらから、本当に「逢いましょう」という働きかけがあるのかどうか、という確信の持てないとまどい感です。社交辞令の存在を実感していない私は、たぶん「連絡するからねぇ♪」という一言をなぜか信じてしまうでしょう。それじゃなんでこっちから連絡しないのか、と言うと、私は本当にまめな人間ではないからです。

どういうのか、「元気がないのは無事な印♪」というのを地で行っているというのか、いつでも昨日の続きができればいいなと思っているので、連絡をしないから嫌いであるとか得意でないとかではないのです。あちこちに手足や首をつっこんで煩雑な生活をしていると、おつきあいのあるひとりひとりを定期的に思い出すことがなくなっていて、何かのClue(ヒント・きっかけ)がないとどうも埋もれてしまっています。

それってみんな経験あるでしょ?

ゆとりがあるときには電話をかけまくったり、メールや手紙を書いたりできるのですが、やっぱり今年も引っ越しに紛れてクリスマスカードが書けませんでした。今年こそ!と思っていたのになぁ。毎年、この時期は期末テストがあるのでそれどころではなかったのです。今年は休学しているのでイケるのではないか?と思っていたのですがこんな結果になりました。

年に一度のご挨拶がいいきっかけになって近況を知ることができるというのは楽しいことですが、それがなければ縁が切れてしまう、という実状にもなぜか抵抗があるのもあまのじゃくな証拠ですね。小学校6年以来、年賀状は着いたものの返信以外、書いたことがありません。日常でふと思い出したとき、どうしても心にひっかかっているときに、突然連絡を取ってみたりします。

ただ帰国というのは大きなもので、この機会を逃すと次にいつ逢えるかわからない、と焦りまくっていろいろな人に電話やメールでお知らせはしています。人間でいるナマミの哀しさですねぇ。逢わなくてもいいと思っていたのですが、逢えれば逢ったほうがいいとも思っているわけです☆

でも、やっぱり年に一度のご挨拶しかしないっていう人と私は本当に知り合えていたのか?といつも不思議になります。このまま親交がなくても別れた状態が続いて消滅しても平気なんだろうか?と。

もちろん自分だけが求めているという状態は大いに健康であるとは言えません。相手がいやだと言えないような何かをしているのかもしれません。何度かシグナルがあったのに気づかないほど鈍感でいたくはないですが、そういうこともままあります。感性は違うわけですから。だから連絡するのを躊躇してしまう、というくらいの間柄・距離感はままあります。

駐在員の奥さんたちのなかで私がはみ出てしまったのは、「共通点に歓びを特に見出さない質」であったからなのかもしれません。アメリカという土地柄が与える何かに影響されていると思っていることと基本的な人間の変化の違いをごっちゃにしていることを、説明するのが面倒であったのかもしれません。人数の多さがどうも私のあまのじゃくさを乗数で増やしていったのかもしれません。

駐在員の奥さんはたいてい労働許可をアメリカ政府からもらっていないので、お子さんがいる人たちはお子さんの送り迎えとその教育を中心に、時間の許す範囲で習い事をしているのがごく一般的です。英語というスタンダードにクラフト関係があります。個人の興味によってそれが楽器である場合もあるし、いろいろです。お子さんがいない人たちは時間がかなり許されるので、ばりばり何種類もの学校に行っていたり、あるいは英語ともうひとつでお友達と遊んでいます。自分で運転をし、移動性の価値を見出して楽しくやっていていいなと思います。

けれども私にはその時間さえなかった、というのがどうも優先順位価値観が違った、ってことなんでしょうねぇ。フルタイムで学位がもらえる形式の学校に行っていると、時間が許さない状況のほうが多くなり、誘うほうも誘われるほうもつらくなってきてしまいます。そして「知り合うチャンス」がなくなってきてしまっていた、ということでしょうか。

個人こじんはとてもいい人たちですが、力学にもまれるとノイローゼになりそうになります(あ、これははっきり言いすぎてるか?汗)。だからどうしてもお逢いするときは集団である個人の集まりと対面することになり、やはりネガティブな気持ちになることが多かった、というのが5年半の感想です。個人こじんと話しているとものすごく楽しいのですよねぇ。電話でも、逢っても。けれども人数が増えれば増えるほどベルカーブができてしまうのが目に見えてしまいます(おかしいだろうか?架空のベルカーブ思い浮かべるやつ…)。私が最初に「私だけは特別なのよ」と主張したわけだろうか?とぐるぐる考えてしまうことになります。勉強が大人になって好きになったことを体現しようとする障害はこんなところにもあります。ヨロコビがでかいからトータルすればいいんだけどねぇ♪

14人いる奥さんたちのなかで、フルタイムで学校に行っているのは私だけでした。フルタイムという定義もわかりにくいでしょうが、学生ビザに切り替えても政府から滞在許可が出るくらい勉強目的で暮らしているというやつです。ま、過去1年は怪我をしたので書類上は西さんのビザにくっついていて楽をしたのですが、いつでも学校に行きつづけていた私にはこれが自然な流れであり、買い物や習い事が同じくらい大切であるという考えもちゃんと尊重してきたつもりです。子育てには畏怖さえ抱いていたくらいです。いろいろ勉強させてもらいました。

これから個人こじんとおつきあいできるのか、あるいは全員とまったくぷっつり切れてしまうのか、どうなるのかわかりません。実際、学校に戻ったらかなり忙しいし、ネットやってる時間も取れないくらいです。しかも学校が遠いしねぇ。物理的に時間がかかりすぎます。1年も休学していたブランクとも闘わないとならないし…(汗)。

知り合う前に別れることになってしまったのか、それともこれからまだまだ知りあわせてもらう可能性があるのか。自分から踏み出したいところですが、時間という制限を理由にしてまた現実逃避をしているような気もします。どうなんだろうねぇ。相手があることって本当にむずかしいです。まだまだ知り合い続けている人がたくさんいて、どんどん知り合い続けて、変化をたくさん見届けて、逢えたりふれあえるときにエッセンスのつまった実感が湧くような、そんなおつきあいがしたいと思っています♪

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