過去に書いた文章です。何年だったか忘れました(笑)。

 

今日はこういう日です。日本のみなさまにアップして読んでもらうと違う日付になってしまうので申し訳ないのですが、私は今日一日の半分をこれについて考えて過ごしました。テレビでは映画Philadelphia(邦題フィラデルフィア)と、My Own Country(日本に渡らず)を見ました。思い切り泣いてときどき笑って、さらにハートを暖かくしていました。「棄てたもんじゃないじゃん」と。

とても初歩的なことを今更ながら繰り返すようですが、病気は偏見を持ちません。人を選んでVirus(ビールス)をばらまくわけではないのです。人間が病気にそのイメージを植え付けます。結核にかかりサナトリウムで療養、というと、お下げのいたいけな美少女を思い出してしまったり、精神分裂病というと、妄想に囚われた幻聴と話し合っている狂人を思い出してしまうのはどうしてなんでしょう?これも多数決に流されたり、情報処理をしっかり自分の手でしてこなかった結果であると思うのです。

さらに偏見というのはModeling(モデリング)という仕組みによって学びます。人間の赤ちゃんに偏見はカケラもありません。まっさらな状態です。しかし環境にいる人間たちやメディアや事象その他から偏見を学んでいきます。人種差別や学歴差別などなどのない環境にいる子どもたちは、偏見を少ししか持たない確率が高い、というデータは各種の論文に発表されています。直接的であれ間接的であれ、強化のありなしに関係なく、人間は模倣学習ということを行います。しかし、不思議であるのは偏見が多い環境に育ったとしても、偏見を乗り越えることは可能です。ここから希望は生まれます。

これは大きな枠なので細かく言及しきれないのですが、Bias(偏向・心の傾向・先入観)と呼ばれるもの偏見の質は多少違います。Biasが存在しないのは個としての価値基準がないことになり、Identity(自己証明)確立には不可欠なものを持たないことになります。何かにおける考え方が完全なNeutral(中立)な状態というのはめったにないことで、しかも二元論(いい・悪い、白黒、Yes‐No)のみで考えられることではないので、自己の価値基準は必要になります。その偏り度がどのくらいなのか、ということがBiasを価値基準(一昨日のFabに書いた指標)の差になります。けれどもそれが大きく偏っている見ていることを偏見と字のまま表し、その大きさはケースバイケースではありますが、現代では「理論の伴わない状態」「他の側面との矛盾が生じる状態」と解釈します。

たとえば「東京大学他の国立大学を出ている人はアタマがいい」というのは偏見です。入学時の要求されている偏差値で確かに入学が難しいとしても、その偏差値の考え方もさまざまです。偏差値をテストする問題の内容やバラエティに関しても同様です。ましてや「アタマがいい」という事実は何に対して定義できることでしょうか?中学や高校しか出ていない人、その大学を中退した人はアタマが悪いのでしょうか?こうして書き並べると簡単なことのようですが、日常でこのような誤った見方をしている事象というのは多く、自分で気づかないことはままあります。それがBiasの範疇なのか、偏見に至っているのか、すべて個人に委ねられます。

AIDSが発見されてからの軌跡を描いた映画に The Band Plays On(邦題わからず)というのもあります。長い映画です。短く端折れなかった理由は見ればよくわかります。たくさんの権威の傲慢と人間の性の弱さと人々がひしめきあっているなかでの模索が伝わります。

GIA(モデル、AIDSで死去)をはじめとして、多くの人々が同性性行為で感染したとのイメージがありますが、それがたとえ真実であるケースが多々あったとしても、後の研究成果でビールスが原因であることが解明されました。そのとき、「AIDSは神を冒涜した人々がかかる病気」と思った人々はどんな反応を示したでしょうか?真実を見極めたいと願う情熱がなかったことに反省をしたでしょうか?していてほしいと思います。同性性行為は他人がとやかく言う問題ではありません。Homophobia(同性愛者嫌悪)はBiasではなく偏見です。他人が迷惑をかけない場所で何をどんなふうにしようと、第三者が関知する問題ではありません。自分が同性愛者であるかないかを申告するかどうかも個人の自由です。嘘つきではなく、嘘つきにさせてしまうバックグラウンドを私たち社会の一員が作り上げていることも考えてみてほしいと思います。

1984年私はまだAIDSについての深い考えはありませんでした。病気の怖さからもたらされる求心力に巻き込まれたという感情は今でも憶えています。必ず死ぬということ、治療方法は今のところないということ。Thank God!(神様ありがとう♪)私は雑誌や新聞に「患者には同性愛者が多い」と書いてあっても、すぐにそれで「同性愛者じゃなくてよかった♪」という短絡的な想いは浮かびませんでした。今だから言えると思う?(爆)その当時にいっしょに遊んだ友だちに逢わせてあげたい☆乱交を止めることを考えるいい機会になりました。自分の身体をいたわる最初のドアが開いたのがこのAIDS偏見に対する風潮でした。まぁ、それでも酷使したけどねぇ…←学習には時間がかかる(汗)。

身を粉にして働いていて1988年に渡米してしばらくするまでナマミのHIV Virusを保持している人には逢いませんでした。実際にゲイカップルを見て話し、私には偏見がなかったことに感謝しました。そして時間はどんどん流れましたが、たくさんの映画が作られ、プロテストが行われましたが、まだまだAIDS研究は日夜続いています。アカデミー賞授賞式などはもう日本でも見れるんだよね?赤い小さいリボンはAIDS研究支援している目印です。人々を覚醒するために多数の芸能人が参加しています。ちまたでもあちこちにある募金箱にコインや紙幣が入れられています。

私も病院や施設でのボランティアに参加して目の当たりにしましたが、代わってあげることはできません。「私でなくてよかった」とは一度も思ったことがありません。私にも長いあいだ闘っている持病があります。ただ違う病気に苦しんでいるだけだよね、と手を握って心を交感します。ここ1年、ボランティアにも行っていないのですが、身体の具合がよくなったらすぐさま戻ろうと思います。

私の家に9ヶ月いた留学生の女の子がおそらくアメリカにいていちばん感動したのは、San FranciscoのGoldengate ParkでのAIDS Walkだったのではないかと想像しています。私が見た限りにおいては少なくともそう受け止められました。10kmをさまざまな人といっしょに歩いて感じ考えたことが、彼女にとってアメリカ生活のなかでのもっとも貴重な体験であったのではないか、と。帰ってきてからの彼女の高揚したリポートに希望を持ちました。

日本でも薬害エイズ訴訟が起きました。私が渡米してからなのですが、詳細はこのHPでどうぞ。http://www.kawada.com/ 龍平くんとはしばらくお話してないけど元気だろうか?(爆)

血友病の輸血でAIDS Virusに感染したからって理由だけで立ち上がったわけじゃないと私は受け止めています。龍平くんの心はもっと深くて大きい。でなきゃ、最初からAnonymous(匿名)の壁を打ち破って訴訟を起したりはしないからね。根底にあるのは愛だよね、愛←書いておいてクサイなと思っている(爆)。でも本当にそうなんだもんなぁ、簡潔に書くと。

でね、こんな日だからこそ、ふだん考えていなくても考えてみてほしいなと思うのです。そりゃいつでも考えてもらえたら私としてはうれしいよぉ。でも強制するもんじゃないし、無理矢理でも実にならないです。うんうん、毎日を絶妙なステップでこなすだけで忙しいでしょう。わかるよ。でもどうだろね。考えてみるとね、何事も明日は我が身だし、人類が行く方向を決められる一員としてYou can make a difference(効果を生むことができる、違いを作ることができる)と思うのです。。直接的なことは確かに大きくできないとは思います。けれども10円玉が家のソファの下に落ちていたらそれを募金するとか、龍平くんのHPで見かけた署名運動に参加してみるとか、自分の友人や子どもに偏見について話しをしてみるとか、いろいろな間接的なことはできると思うのです。そうやってふれてみることで、自分はどんなモノの見方や考え方で毎日暮らしているんだろう?と確認できることになるし、「自分が扱われたいように他人を扱う」意識がまたもたげてくると思います。

AIDSだけではなく、自分にもいずれやってくる老人介護の問題を想う人もいるだろうし、自分のSexuality(性的嗜好)を考える人もいるだろうし、自分の健康問題を見つめることでガン検診に定期的に行くことを決めることができるかもしれない♪何かを一歩踏み出すだけでいろいろな可能性が出てきます。アタマと心はいつでも感じているはず。それを考えに発展させてみるのは自分次第です。

感じる?聞こえる?今日、世界中のいろいろなところで、AIDSを想った人がいたよ(時差はあるけどさ・笑)。「関係ないよ」と言い放つよりも、混ざってみるとおもしろいかもしれないよ♪泣いたり哀しんだりすることを知らないよりも、きっと違うことが待ってると思う。ドアを開けるのはあなたです。何がそこにあったか、チャンスがあったら今度教えてください♪

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