Jan 19, 2006 に書いた文章です

 

けっこう長い人生の中で、うーんと年上で性関係がまったくない男性に2回ほど宝石をもらったことがあります。正確に言うと、「もらうことを了承して納得していただいた」ことがあります。海外のおみやげで日本での価格差がすごい特別な宝石だったので、もらったのですが、私も友人として対等であるし、プレゼントもお誕生日などに差し上げていたし、といろいろ考えたので了承したわけです。あ!一度だけ、海外のおみやげだよ、という人で性関係がある人からもらったことがあり、ネックレスだったので、「誰かにあげて」と言われたので、見事にあげました(笑)。カルティエかティファニーだったのですが・・・。

くれようとする男の人たちはたくさんいましたが、私は10代の後半、大好きだった大学生の彼と別れてからは、「男からは宝石はもらわない」と心に決めたのです。なーんてかわいくない18歳だろう(爆)。が、お決まりの青春の1ページにありがちに、私はその電通大(とても狭い行動範囲だったことが露呈・・・)に通っていた彼から、指輪やネックレスをもらいました。当然、安いアルバイトからの捻出ですから、宝石などはついていません。でも、そこでなぜかシンボルを見つけてしまった、というか・・・。彼のせいではありませんよ。彼と私を取り巻いていた、世の中の風潮というか、そんなものです・・・。彼と別れたのは、彼の実家の商売が倒産寸前で、どうしても田舎に帰らねばならぬことになったからです。18歳でプロポーズされても返事は決まっており、彼もプロポーズする前に納得していました。3年後に再会したときに打ち明けられたのは、そのときに指輪が用意してあったのに、私にすげなく「やめてよ」と制されてしまったとのこと。ひどーいっ!(爆)

少しバイトの掛け持ちでゆとりができて、私が決めたことは、ピアスを本物の宝石に変えていくことでした。最初はトルマリンやアメジスト、オニキスなどの石から始まり、今はけっこうな数を持っています。ピアスの穴は、片耳に3つづつあり、全部で6個。ゴージャスなものを6個足しても、50万にはならないので大した金額ではないところが、ピアス宝石のいいところです。危ないところにたとえ行ってもターゲットになりませんもん(笑)。

(ここで信心深い人たちは、ピアスを耳に6個も開けるなんて、幸運を逃していると批判するのであろうか?最初に開けたのは高校1年で自分で、アメリカに来てからあと4個開けました>道端で・笑。ちなみに、身体のほかの部分にはピアスしていません。洗うときに面倒だからです・爆)

ネックレスは時計と同じく、どうしてもうっとうしく感じてしまい、私はあまり得意ではありません。そのせいもあり、宝石を若い頃にピアスに限っておいてよかったなぁ、と心から思うのです、今。時計も大したものを持っていません。特に欲しいとも思わず、携帯を持つようになってから、さらにどうでもいいと思っています。車移動なので車にいつもついているし、外に出てもバッグに携帯はあるしねぇ・・・。

なぜ「もらう宝石」の価値を自分で下げてしまったのか?

自分で獲得したものではない高価品など、私には価値がないことだからです。屁理屈としては、「それなりの奉仕を男性にして獲得したのよ」とおっしゃる女性もいるかと思います。どういう奉仕なのか?セックスをするのは、ぜひ、「お金換算」をしないで、愛情でしてほしいと思います。あるいは、純粋に「対等にお互いのなるべくイーブンな愉楽」のために。家事炊事などをして獲得するくらいなら、労働価値と同等なものをキャッシュでもらったほうがいい(笑)。そのあと、自分で宝石が欲しいなら買ったほうがずっと、関係は混乱しないはずです。感謝を形にする場合、男女関係なく、「等価より少し高いもの」を考えてほしいです。その場合、プレゼントしたのだから、手元をもう離れたのだから、後追いはしないでほしい。

が、世の中はそんなに竹を割ったような人々の性格とその行動には溢れていません。宝石をくれるということは、かなりの思い入れや期待があり、やはり特別なことなのです。生涯長く続くような相手だと見極められた場合はいいんですよ。でも・・・、「俺がコレを買ってやったんだ」男だったらどうするよ?(爆)愛情関係や性関係がうまく行っているときはいいんですよ。でも、少しでも亀裂が生じたときに、「げぇ、損したな」と思わない男は、めったにいません。「絶対に思わない」(注;言わないではなく、思いもしない、ですよ)男性がいたら、挙手お願いします←真剣に待ってみるので、ぜひコメント欲しいです。

私の場合は、そういうわずらわしいゲームに参加する気は毛頭なく、自分のお金で自分の好きなときに自分の好きな宝石を買うことに決めたのです。相手に無理をさせることもなく、自分が無理をすることもなく、時間軸も考えずともよく、万々歳です。しかも、別れたあとに、その宝石によって過去を思い出すこともイヤですね。高価なものなので捨てることもできず、かと言って、私の性格では質屋などに持っていくのも失礼だと思うし・・・。最初からもらわないのがイチバンです。性関係がなかった人からのプレゼントの2個の宝石は、真珠のピアスとルビーのネックレスでした。ピアスは見事に片方なくしました。ルビーのネックレスはこれまで4回か5回しか使われることなく、鎮座しています(思い出したので、今度、真っ赤か黒いドレスを着たときにつけてみます・・・)。

「あげる宝石」というのは、私にとっては、自分が自分にご褒美としてあげるという意味なのです。自分からもらうのは、かなーり気持ちがいい。自分だけが知っている自分のけなげさ、自分のひたむきだった達成までの道のり、自分のささやかなヨロコビが手に取るようにわかるわけです。他の誰にわからなくてもいい、私だけがわかる♪そして、女友だちが自分で宝石を買ったときに、私は彼女の気持ちが痛いほどジンジンわかるのですよ。もらってばかりの人には、たぶん、この種のヨロコビは本当にはわからないでしょう。あ、でも、車でも家でも何か高価なものを自分にプレゼントした経験のある人にはきっとわかります。

私はがんばったことが私から見てわかる女友だちに宝石をあげることがたまーにあります。自分にご褒美をあげるゆとりやアイディアがないことがわかれば、私が代わってあげるのです。が、何を誰にいつあげたのか、もうとっくに忘れてしまいました。最近もあげた気がするのですが、何を誰にいつあげたんだか・・・(爆)。とにかく、がんばっていれば、宝石もただのツールでしかなく、イチバン大切なのは本人の志とこれからに向けてのエネルギーです。

特に、真のフェミニズムを推奨するものではありません。男女がどうであれ、パワーゲームなどに私は興味はないです。が、とにかく自分のことをいつも自分が好きでいられること。コレ、とてもとても大切です。

もらう宝石ばかりだった女の人は、ちょっとだけ考えてみてください。宝石を持っていない人は、特に好きでなければこのエッセイは無視してください。が、世の中は宝石にまつわる茶番劇もいろいろなところで繰り広げられているのです。

ちなみに、独身のビジネスパートナーは、「なぜ女の人は宝石が好きなのか」がそもそも理解できないということです。だから独身なんだよっ!(爆)