2006年に書いた文章です

私は神代植物公園から、大人の足で歩いて6分ほどのところで育ちました。子どもの頃は入園料が無料だったので、暇さえあり、そのときに夢中になっている遊びがなければいつも出向いていました。おたまじゃくしもここから盗みましたし、写生大会もここで毎年やっていました。

特に私が育ったところのCMをしたいわけではないのですが、とてもいいところです。駅からバスに乗らなければならないところが面倒ですが、なかなか見つからなくなった自然に触れるには最良の場所のひとつだと思います。アクセスは、京王線だとつつじヶ丘か調布駅。中央線だと吉祥寺か三鷹駅です。

深大寺

私がいろいろ説明するよりも、HPを見たほうが詳しいし早いですね(笑)。しかも、花の見ごろの時期や地図もちゃんとついてる!

桜の季節には、持ち込みは禁止されていますが、アルコールも販売されており、あの桜並木をくぐり歩くのは快感です。たわわになった枝がトンネルのようになっており、歩いている人は桜だけの世界に浸れるのです。私が現実を離れて、頭の中だけではなく、映画でもなく、幻想の世界を初めて知ったのはここでした。はらはらと舞う桜の花びらでちょっとしたお姫様気分になれたものです。とにかくたくさんの木々にとにかくたくさんの花たち。私の叔母(母の妹)は花泥棒だったので、彼女といっしょに行くのはとてもイヤでした(笑)。見つかって私のせいにされたこともあります。シャベル持参で行ったこともあったよなぁ(笑)。

今でも花瓶に挿された切り花があまり得意ではない元が、おそらくこの神代植物公園にあるのでしょう。10月の菊の頃には、数千株の菊が並べられ、すべてに土がついてきます。ばら園に居並ぶバラの数と種類は相当なもので、手折ることは「禁止されているから」できないのではなく、その美しさゆえにためらわれます。私がすっきりすんなりと、クリスタルの前に、陶器に興味が持てたのも、おそらくこの神代植物公園にあるのでしょう。芝生に寝転ぶのが今でも好きなことも、水に濡れてもまったく気にしないことも、人ごみが嫌いなことも、嗅覚や聴覚が平均よりずっといいことも、おそらくすべてがこの神代植物公園のおかげなのかな、と今では思います。

笑えてしまうのは、自分に関する誤解です。私はアメリカに来るまで、植物や魚や虫の名前など、とてもじゃないが不得意だと思っていたのです。が、気づくと、私は植物について、しっかり見分けがつき、日本名を憶えていました。あの植物にくっついている看板も、捨てたもんじゃないのです。何度も見るうちにしっかり記憶していたのですね。Muir Woodsのほか、いろいろなカリフォルニアの大自然を訪ねても、木の系統がちゃんとわかりました。そのおもしろいことは、意識しないうちに神代植物公園の地図を頭の中に広げて関連づけをしていたことです。ああ、これは正門を入って会館の左側にある山野草園にあったやつに似ている、だの、とやっていたわけです。今でも私はひとしきり歩けてしまいますね。新設や増設されたものもいくつかあるようですが、既存の植物は移動しておらず、私は自分の幼い頃の足取りを、今でも確かめることができます。

私が育った家は、借家だったせいもあり、文化住宅が連なっていたところなので、大家さんが30年経ったところで取り壊し、アパートにしてしまいました。私には戻って懐かしむ家屋はないのです。そのせいなのか、いつまで経ってもきっと大きくは変わらないであろう、神代植物公園と深大寺を、心の中でとてもアテにしています。私にも幼い頃があったのだという証拠のような存在です。

正門をバス通りまで行くと、築何年くらい経ったかわからないほどの塀があるのですが、私が削った場所もちゃんと今でも残っています。待ちぼうけを食うたびにいつも同じ場所を削っていたのです。もったいないので、大人になってから再訪したときには、もう削りませんよ(笑)。石の塀を愛しそうに撫でているやつを見たら、それは私です(笑)。

裏門からは深大寺に直接突入します。深大寺の正門は反対側になります。裏門に2つ深大寺そば屋さんがあるのですが、片方は私の同級生のお店です。跡継ぎになることは、彼が生まれたときから決まっていました。彼とは、中学のときに、呆れるほど電話をしました。最高で8時間話したことがあります。裕福だった彼がかけてくれていましたよ(笑)。が、私たちには恋愛感情はまったくなく、お互いに自分の好きな人の話をずっとしており、聴いてくれる人が必要でした。彼のおかげで、私はジャズを知ります。その当時、レコードを流してくれ、BGMつきの会話をいつもいつも楽しんでいました。彼の家がいかに裕福だったか、というと、お風呂が都内であるのに、別棟になっていたのです。しかも檜風呂で、渡り廊下つきでした。今思うに、なぜあんなにも話すことがあったのか、不思議です(笑)。その長電話を卒業してから、私の電話はいたって短いものになりました。アルバイトが忙しくなったせいです。

私が小学生の頃、西城秀樹が自分の飼っていたわんちゃんを亡くし、深大寺の一部である万霊塔に納骨しました。私は特にファンでもなかったのですが、小学生だった頃、よくファンの人たちが並んでいたことを思い出します。他にも芸能人のペットが納骨されていたのですが、今考えるに、当時は東京都ではあそこくらいしか、ペットを納骨できるところがなかったのかもしれません。深大寺万霊塔

量は少なくなってしまったようですが、深大寺の境内には、湧き水があります。私が子どもの頃は溢れており、とても冷たい水でした。みんなで順番にごくごくと飲み、笑顔で満足を表したものです。3月3・4日は曜日に関係なく、毎年決まってだるま市が開かれます。

深大寺のおそばは、つゆが濃く、麺が固めです。私が幼い頃には、うずらの卵と白ごまがついてきたものです。今もやっているお店もあるようですが、ないお店もあります。残す人が多いからなのでしょうか?私はおうどんよりおそばが好きです。おうどんは鍋のあとに入れたり、牛肉を贅沢に使えるときだけに肉うどんを作ります。あとは、ほぼおそばを好みます。しかも、冷たいのがいいです。なめこと大根おろしと山菜がついていれば、なおよし。

私は小さい頃から、神社やお寺にお参りするときには、最初にまず感謝せよ、と父に教わりました。そのあとにお願いごとをしろ、と。そんな父を持ってとてもよかったと思っています。私のルート(根)がある場所は、本当に倖せで平和な場所でした。今もそうであることを祈りたいです。