2006年に書いた文章です

檀ヨソ子、壇一雄の妻は、書かれる立場にありました。それは先妻のリツ子と同じであり、それが作家のまわりに生きて行く人間の宿命であると片づけてしまえばそうです。しかし、ここで神様を持ち出さずに少し考えてみます。

小説を書く、ということは、自分やそのまわりにいる人々の人生の部分を切り取り披露することになってしまう、というのは簡単に理解できることです。それが推理や恋愛やSFであれ、いくばくかの部分は体験や見聞が入り込み、出逢い共に人生の一部を過ごした人の感性や考え方や言動を「パクる」ようになってしまうことは否めない事実です。実際に個人が書く手紙やメールや作文にしても、自分だけの出来事ではなく、誰かが介在・登場していることを無視して書くことはほぼ不可能でしょう。

はっきりと意識して「私小説」を書くということは、やはり大きな勇気の必要に迫られることになります。その覚悟というのは並大抵のものではなく、ましてや家庭以外の恋愛を妻子ある男性が綴るというのは、スキャンダラスなことにより多い注目が集まり、その本質についての理解を得るのはなかなか難しいことでしょう。

『檀』では沢木耕太郎が妻ヨソ子に綿密なインタビューを1年ものあいだ毎週続けて、その言葉になるべく忠実に構成し、『火宅の人』に合致するような年代順に書いてあります。主人公の桂一雄とその妻ヨリ子、と壇一雄が書けば、今のようにインターネットが普及していない35年前であろうともわりとたやすくそれが本人と妻であることはわかります。しかも、その恋心が行動に移ったときの事実関係を見ると、「事が起った」5日後に妻に報告し、その2週間後には執筆文の広告が出ているという早い経過を辿っています。妻にしてみれば、夫の恋の予感はあったものの、それが世間に公表されるまでに2週間余りというのは何も準備ができない時間、とみなしても強引な推測ではないでしょう。

それから一挙手一投足が小説の題材になり、かなりの部分を書かれることになります。事実とは違うことがあり、『火宅の人』が完結して12年もの歳月が流れてからのインタビューで、妻は詳細を語ります。その合致しない部分についての説明が『檀』ではかなり細かくわかります。

妻の人物評価についても、檀一雄が見ていた妻のヨソ子と小説に登場するヨリ子にギャップがある以上に、本人が感じ考えている自分像と小説のヨリ子にはかなりの差があります。

けれどもそれはそれでいいわけです。檀一雄はルポルタージュを書いたわけではなく、私小説を書いていたわけで、それは限りなく作者個人のモノの見方で許されてしまうわけです。

私小説:小説の一体で、作者自身が自己の生活体験を叙しながら、その間の心境を披露していく作品。大正期に全盛。心境小説ともいわれ、多分に日本的な要素を持つ。方丈記・徒然草系統の日本文学の伝統が末期自然主義文学のなかにめざめたものとも考えられる。

この「日本的」という形容に象徴されるように、暴露目的ではなく、作者の私事とその登場人物の私事の境界線はたいへんにあやふやです。欧米文学の現在では、Biography(伝記)というジャンルに総称される傾向にありますが、「個人的な事柄は事実に限りなく近く伝える」という義務が生じている場合がほとんどです。それは名誉毀損などの裁判制度の発達にも関係があります。特にアメリカでは、その人物が自分に該当する場合に、背景を調べ上げ、証拠を提出し、どのような迷惑が起きたか、と訴えかけ、肖像権の問題になります。日本には希薄な観念なのかもしれません。

檀一雄の妻は、もしも沢木耕太郎がインタビューをせず、この著書に着手しなければ生涯その事実関係を世間に発表しなかったと推測できます。彼女が死んでしまった夫に対しての怒りを感じているか?と言えば、それはそんなに単純なものではなく、たくさんの感情がからまりもつれあっているもので、裁判などにできるたぐいのものではありません。しかもこの著書のなかでも、他人に迷惑がかからないだろう、という程度に個人名を挙げての事実を質す作業が行われています。

日本という土壌の社会的背景があるなかで私小説に登場してしまった彼女は、「作家の妻だから仕方ないわよ」という概念に囚われていたのか、あるいはただ人として「どんなふうに書いてもいいわよ」だったのか、それはこの本を読んでも最後まで「読者の心にのみ反映すること」です。

私もいつか小説を1本でいいから書きたいと願っていますが、それが私小説というジャンルになるのかどうか、ずっと思いあぐねています。世間に発表された小説はまだないのですが、大学時代のゼミで中編ほどのものなら数本書いたことがあります。それも今厳密さを伴って考えてみると、私小説的な要素が強かったことが思い当たります。さらに日本語で書く、このHPに載せているエッセイという分野においても、かなりの廻りを巻き込んでいることを反省します。なるべく了解を取っていますが、読者のなかには「暴露」であろうと推測する人が多く、その批判も事実2・3浴びています。

エッセイをはじめた4つめあたりに書きましたが、西さんからは「何を書いてもいいよ」との了解があります。けれどもそれは西さんのご両親を含むものでも、会社の人間関係を含むものではなく、限りなく西さん個人のことであり、それが私の考えのなかに及ぶすべてではありません。ネコたちにも一応尋ねていますが、彼らはいいも悪いも意思表示が返ってきません。留学生Oくんは題材に困る私を見て、自分を提供してくれるほどです。父からの了解はないし、母も了解はしているものの、これらのエッセイを読む気力はありません。

ここで「信頼」という言葉が浮かびます。

『檀』の最後には檀一雄が妻に書いたもっとも長い手紙というのが登場します。私はその原文を読んで、説明がなくてもその説明が予測できてしまいました。そしてやはり妻のヨソ子は檀一雄という大きな人を死語12年経ってから、さらにまた知らされることになっています。南氷洋に出かけていった、動かなければ死んでしまうような情熱のカタマリだった夫からの書簡には、これから起るであろうことに対する考えが詰まっていたのですが、彼女はその当時も死後12年弱の長きに渡り、大切な宣言に気づかないでいたわけです。それさえわかっていれば、私小説の題材にされたことも、檀一雄が妻以外の女性を愛したことも、彼がなぜ彼が取った言動をしたのかも、その根底にあるものがわかったであろう、と思われる情熱的で大きな視野の書簡であると私は感じました。長いあいだ、この手紙の重要さに気づけなかった自分に、妻はこの本のなかで愕然としています。

これが人間の心の動きというものの不思議さでしょう。そこにあるものが見えないことはままあります。第三者である私がすんなり見えるのはいかに冷静に他人事が見えるか、ということであり、自分にこれが降りかかればまったくわからないぞ、という警告でもあります。

もしもあなたの友人や恋人や配偶者が、自分を題材に私小説を書くことになったら、あるいは既にしてもう書いてしまったら、あなたはどういう反応をするでしょうか?どこかですれ違っている信頼感をここで確認できるのかもしれない、と私は考えてみました。西さんだけについてならば書けますが、私は彼がどのように育ったかというご両親のことはまだ書けません。もう少し足固めが必要です。批判するつもりなどはないのに、それを批判と受け止められることが恐怖だからです。事実をいかに丹念に書いても、結局は受け止める心にのみ反映してしまうことがあまりに多いのはなぜなんでしょう?

私はこの『火宅の人』も『檀』もネガティブな不快感やジャッジメントはありませんでした。「おいおいおい、これはないだろう」というのはなかったのです。「これしかできなかっただろうねぇ」というのばかりで、それが私であっても同じことをしたか?と問われれば否です。もしも渦中にいる人が私に同じことを話してくれれば、「ん?どうしてこうしないの?これもやってみないの?」というのはいくつかあります。けれども、それは批判ではなく、可能性をいっしょに探る作業のようなものです。

インターネットの日記やエッセイとは違い、150万部も売れた文学賞受賞作の私小説の登場人物になるのは、きっと質の面でもかなりの違いがあることでしょう。なのに、どうして私はあんなにやきもきして怒っていたのか、と自分の心の狭さについて考えてみました。けれどもやはりその作者に対する信頼感はどうしても欲しいので、もしも私が私であると世間にわかるように書くときには一言尋ねてほしいと思います。偏狭でしょうか?

やはりあまりまとまりませんでしたが、いい本なのでこのふたつカップリングさせて読んでみてね♪