2000年に書いた文章です

いわしもすずめやおたまじゃくしといっしょで、みーんながふたごのようで見分けがつきませんね。てかてか光っていて、水族館などに行くとよくわかるのですが、一定方向にみんないっしょに泳いでいます。円筒の水槽だと日がな一日、ずっとぐるぐる廻っていて、「お疲れさまぁ」と思ってしまいます。でもそれは余計なお世話ですな>彼らの習性ですから。

私はいわしになれませんでした。なる努力はしました。いわしだったのだけれども、同じ方向に泳ぐことを拒否したいわしでした。そしていわしの学校を落第しました。こんなことを1月2日に想っています。で、なぜかほくそ笑んでいるのです。

2000年が明けてちと具合が悪くなり、「うがぁ、関節まで痺れてるよぉ」と騒ぎつつ(ネコしか聞いてくれない…)、逆方向に泳ぐことを薦めてくれたいわしの学校の先生たちや大人たちを思い出しました。逆方向に泳いで海ではなく川に行ってしまったいわしもいたし、人間に捕まってしまったいわしもいました。水族館でくるくる泳ぐいわしもいたし、未だに大海で群れといっしょに泳いでいるいわしもたくさんいます。たまにクジラに遭遇するとその口のなかに吸い込まれて仲間のいわしといっしょくたに食べられてしまったいわしたちも見ました。暖かい海に移動して逆方向を泳いでいると錯覚しているいわしもいました。けれども暖かい海で別のいわしを見つけて同じ方向に泳いでいることがわかっていないようです。

文化心理学(Cultural Psychology)、という分野があります。社会心理学(Social Psychology)を深く掘り下げた分野で、文化がいかに人間の心理に影響を与えるか、を見つめていくものです。

文化:

1.文徳で民を教化すること。

2. 世の中が開けて生活が便利になること。文明開化。

3. 人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ、技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容とを含む。文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区別する。

 

広辞苑にもあるように、この精神生活にかかわるもの、ということで心理と繋げて考えるのはとてもおもしろく、「いわしの学校」も実はその一例です。その研究を学界に発表したのは、私が行っている大学のKai Ping(漢字わかりません…汗)というドクターで、北京にいた頃に研究し、その後ミシガンで発表したのですが、文献は英語のものしかありません。

まず最初に、西と東の文化圏のリサーチ対象者を、生まれも育ちもアメリカ VS 生まれも育ちもアジア、というふたつのグループに分けました。そして「いわしの学校」の絵を見せるのです。そのなかに一匹だけ、逆方向に泳ごうとしているいわしを描いておきます。リサーチのぶれを少なくするために同じ内容の質問を、尋ね方を変えて何度か質問します。そのあと、文字でどのように考えるか、というフリーライティングの箇所を設けておきます。

統計を取ると、アメリカ生まれでアメリカ育ちの人々は、逆方向を泳ごうとしているいわしに「好感」を持つことがわかり、アジア生まれでアジア育ちの人々は「嫌悪」を」持つことがわかりました。道徳的なよしあしについても、アメリカ生まれでアメリカ育ちの人々は、「個人の問題だからいいだろう」に賛成し、アジア生まれでアジア育ちの人々は、「調和を乱す」と答えました。簡単に言うと、個人主義と全体主義の考え方の相違がどのように影響するか、という調査だったのですが、明確な確率を以って結果が顕れたという例です。

ストーリーを想像してもらう箇所でもその相違は明確で、アメリカ生まれでアメリカ育ちの人々は、

  • これから冒険に行くところ
  • 親や兄弟とケンカをして怒っているところ
  • 同じ方向に泳ぐことが馬鹿らしいと思っているところ

などだったのに反して、アジア生まれでアジア育ちの人々は

  • ケガをして身体の具合が悪い
  • 死にそうである
  • 気が狂った

などが多い回答でした。おもしろいでしょ?

よく考えるとアメリカ生まれでアメリカ育ちの人々のなかには「いわしの学校」の習性を知らない人々が多かったのかもしれません。そういったバイアスも確かにありますが、いろいろなバックグラウンドの人々を調査しても同じような統計が取れました。

 

そこで、アメリカ国内で、アジア生まれで途中までアジア育ちの人々にも同じ調査をしてみたのです。推論(Hypothesis)を立ててみた通り、アジア生まれでアジア育ちの人々よりも、逆方向に泳ごうとしているいわしに対する嫌悪の回答は減り、「調和を乱す」と考えた人々は少なくなっていました。そしてその滞在年数も調査し、今でもこの「いわしの学校」調査のバリエーションは続いています。

あなたはどんなふうに答えるでしょうか?

おかしなことに私は小さい頃から誰に教わったわけでもなく、いつでも逆方向に泳ぎたがるいわしでした。そのために孤立感をいつも憶えていたことや、多数決に降参してみんなと遊ぶためには妥協せねばならぬことがたくさんあったことを思い出していました。ひとり遊びの時間もそれなりに増えたし、そのために読書が極端に好きになり、独立心旺盛になりました。それが驚くことに大人になってからもずっと続いています。

ここカリフォルニアは日本人がとても多く、日本人と知り合うこともかなりの確率で高いです。そのなかで、「日本人としての振る舞い」という期待に応えられない私は、いつでも逆方向に泳ぐいわしだとみなされてきました←事実なんだけどさ…(汗)、でも何が「日本人らしい日本人の振る舞い」なのかわかってもいないんだろうけど…(汗)。ただ全体主義にもまれてそれにGive In(あきらめて妥協する)することだけは今でもしません。よく考えてそれに心から納得できなければしないし、妥協した場合はその後文句や不平不満は言わないことに決めています。

いじめをはじめとして、中学高校の不登校や中退の率がどんどん増えてきています。彼らが逆方向に泳ぐいわしである徴候を見せたときに、同じ方向に泳ぐいわしはどんな反応を示すのでしょうか?同じ方向に引き戻してあげることが、本当に逆方向を泳ぎたいいわしにとっていいことなのか?と私は思います。それよりも、学校制度として、セカンドチャンスが得られる仕組みを開拓してほしいと思います>いくつになっても学校に戻れる生涯学習。

私は生き延びることができました。反対方向に泳ぎつつも、それに疲れ果てることがあっても、私はやはり逆方向に泳ぎたいという意志が強すぎました。たまに逆方向を行くいわしを見つけても、たくさんのConterstream(こちらから見て逆の流れ)に逆らいながら、その少ない数のいわしを見失いました。「いわしの学校」は世間で言われる学齢プラスくらいは行ってみました。ものすごい労力とお金の無駄遣いでしたが、落第になりました。

暖かい海に来てみました。家族と離れて、友人や知り合いとも遠く離れてみました。この海では「いわしの学校」の卒業生以外は、私がどんな方向に泳ごうとどんなふうに泳ごうと文句は言いません。At Your Risk(あなたが危険を覚悟しているならば)と背びれを押してくれます。実際、あんこうやエイやクジラもいて、おもしろい海です。暖かくゆるやかな海でもうんと冷たい水に遭遇したり潮流が速かったりとおもしろいところです。たまに「いわしの学校」の卒業生には逢います。昔のこととして大切にしつつ好きな方向に泳いでいる、いわしをやめてしまった魚もいれば、「調和」と大切にしまくっているいわしのままで居続けているいわしもいます。

私はいわしをやめたつもりにはなっていません。「いわしの学校」に通ったことは私の大切な想い出です。私といういわしを培ったところです。たまにいわし母校に帰って胸がきゅーんとします。逆方向に泳ごうとする意志がある限りは、希望を持っていわしのままでがんばろうと思っています♪