2006年に書いた文章です。

日本で購入した文庫本の8割を読み終わってしまいました(単行本はあまりにもったいないのであとから読むのさ♪)。時差ぼけのうらめしいこと…。年に一度は帰国しているのですが、ミステリーという部門をあまり真剣に探索していなかった私には、東野圭吾や宮部みゆきという作家はまったくまっさらな状態でした。一昨年、「らせん」や「りんぐ」の鈴木光司や高村薫を数冊、西さんに請われるままに買ったのですが、ふだんの生活では教科書にどっぷり漬かっていて英語で小説を読むとしたら、ミステリー(ハードボイルド含む)や法廷モノか医療モノと決まっていたのです。何かを軸にしてあり、最後にはきっと解決あるいはある程度の結論が待っている、と思えないと疲れてしまっていたわけです。雑多なものを磁力で真ん中に持ってくる、という作業を作家がしてくれているので、教科書のような果てしない自力で咀嚼することに疲れた余暇のための読書、ということでした。そして学期中は日本語から遠のいていたわけです。週におよそ300から600ページの英語を読まねばならぬので、いささかそちらのほうに焦っていてゆとりがなかった、というのが言い訳の根源です。

寝たきり数回を経て、蔵書にしてあった日本語の本を片っ端から読み終わってしまうと、残ったのは日本語ミステリーでした。「うはっ!やっぱり英語でも日本語でもおもしろいじゃん?」と思い、なぜか今回の帰国では、東野圭吾と宮部みゆきを6・7冊づつ買ったのです。私は作家別に本を選ぶ傾向があります。

読む順番もそれなりのこだわりがあり、やっと今日、日本語ミステリーをすべて読み終えた、というところなのですが、その最後を飾ったのが、宮部みゆきの 『火車』でした。そこで、お金が解決するもの、お金で追い求められるしあわせを深く考えさせられてしまった、というわけです。

ストーリーは怪我の療養をしている求職中の刑事が、失踪した親戚の男性の婚約者を探すことで展開していきます。やっと探し出せるまでのあいだに起こっていたであろう出来事のかけらかけらを繋ぎあわせることで、日本における「お金」の位置、それにからめとられている人間たちのしあわせへの価値観、ほんのささやかな心の隙間、を描いています。

現在の私はお金に困っていることはありません。やりくりにはアタマを悩ませます。何円、何十円というモノでも、納得がいかなければ買えない、というほどに心と密接に関わっていると自覚しています。けれどもお金に支配されている、という事実はないと思います。お金によって誰かを意のままにしたいだとか、お互いに余計な負荷がかかるような使い方も自重するように意識しています。受け止め手の解釈は人それぞれなので、直接言われていないところでお金にまつわることで嫌みなことをしているかもしれません。

逆に誰かにたかったり、労働なしにお金を得ようという気持ちは微塵もありません。西さんのお金を使って放蕩している、という批判も某所(爆)であるのですが、それは事実ではないのでまったく気にしないでいます。西さんさえ「毟り取られている」という切迫感がなければ、噂はどうでもいいことだと思っています。そして、西さんは貢がされていたり、むしりとられていたりした場合に、きちんと気づける人でいてほしいと願っているし、本人もそう自覚しているので、きっとそれはだいじょうぶでしょう。

過去にも「自己破産」をするほどの借金を抱えたこともありません。私の借金は10万以下のささやかなかわいらしいもので、給料が入るたびに返済できる金額でした。手持ちがなかったのでお茶代や食事代を借りたことはあっても、自分の生活のための米代やガソリン代を借りたという記憶は一度もありません。西さんといっしょに住むようになって、一時期生活の面倒を見てもらったことがあります。それでもアルバイトをして生活費は払っていました。長くいっしょにいるようになり、関係が強固なものになるにつれて、お金のことでのいざこざはがっくりと減り、働かない分だけ財テクをし、倹約をし、アメリカで法的に労働ができない分を賄って来た、というささやかな自負はあります。

高校生でアルバイトを始めた頃から借金を踏み倒されたことは何度もありますが、それでもまだまだ懲りずに気軽に貸しています。返ってこなくていい、と思っているからだろうし、その金額も数円から数万円という大した額ではないからでしょう。高校生のときに貸した1万円は大きかったけれども、それで私はいいレッスンを終えた、という気になりました。「お金のことで関係がダメになるようならば、それはやっぱりホンモノではないな」というあまり断固たる結論ではありませんでしたが、それから少しずつお金については学んできたような気がします。

西さんにはよく「きくみはしょっちゅう貧乏自慢をする」と笑われるのですが、幼い頃はたいへん貧乏でした。みんな貧乏だった時期から少し経って、いわゆる「マイホームが夢」という真っ只中に子ども時代を過ごしたわけです。鹿児島に育ち、慎ましやかであろうとも家とその土地だけはしっかりとあった西さんには真髄まで理解してもらえるとは思わなかったので、説明しようとするたびに不機嫌になられたこともありました。ベッドタウンとなろうとしていた私の町は、係長さんや課長補佐さんや課長さんをパパかお父さんに持つ子どもがたくさんいたわけです(親の呼び方でも差がついているような気がしたものです)。土着して何代もその土地にいる家の子どもたち、そしてどこからか家を買って引っ越して来て家族といっしょに新しい暮らしを始めた子どもたち、がほとんどを占め、アパートや借家暮らしの子どもの割合はたいへん少ない土地でした。そして自然にそこでも特異なほうの集団へと帰属させられたわけです。選ぶ選ばないに関わらず、英語ではDemographyと言いますが、人口統計学のグラフ上に載せられてしまったわけです、物心つかないうちに。

宮部みゆきの『火車』を読み終わって、「ああ、そうだったのか!」と考えるに、やはり私の両親もこの昭和の「マイホームブーム」に躍らされていたのだと思い当たります。家を持てればなぜかしあわせが手に入ったような気がする、というのは、今でも尻つぼみになってはいるものの、都市近郊では完全に消えていない現象でしょう。そしてその都市がどんどんと拡張したり、地方都市やその周辺の近代化が進み、ちょっとした人口の多い街になると「東京のコピー」がどんどん出来上がっていきます。それでも救われるのは、まだ片隅のほうには「地方の名産品」を売るお土産やさんやお弁当やさんなどを始め、どこか近代化に抵抗するような地方色という個性を残そうとする足跡が見られることです。

どんな町でも、東京化してしまったらみんなに故郷がなくなるのではないか?と危惧するのは私の憂慮でしょうか?たくさんの故郷と呼べる地方から集まった人々とわずかながら残っている江戸っ子たちの狭間で、東京に生まれ落ちてしまった私が感じることは、「こだわりがそうそうないからこの町は棄ててもいいや。でもどうしよう。うーん、やっぱり少し大切にしようかな」という程度の愛着しかない、ということです。風景がどんどん変わり、そこに居る人々も生活していくなかで自分たちが変わって行っているのを自覚しておらず、私のなかだけで時計は止まっています。破壊されてしまった亡骸をいっしょに泣いてくれる人を探すのも、もうたいへんな作業になってしまいました。東京を離れてたったの12年だというのに、この変わりようは何でしょう?ましてや、子ども時代に遊んだ風景と人々の面影を追い求めたりすることは、もう不可能に限りなく近いことなのかしら?とあきらめなくてはいけないのかもしれません。

そして、お金がその軸にあったことを思い知るわけです。

資本主義が進み、戦後、確かに日本は「20世紀の奇跡」と呼ばれるほどの経済成長を遂げました。青っ洟を垂らしている子どもは日本全国探してももうなかなか見つからないし、平均値を取ればきっと世界のどこの国よりも電車などのパブリックは清潔で、時間も正確で、利用者も多いことでしょう。貧富の差の幅が大きくありません(日本に居ると大きくあるように感じられることと思いますが、日本から近いフィリピンあたりに行くと泣けてきます)。それでも、この国においても「お金はマジックだ」という戦慄にも似た現実を見ることができます。

今現在、貨幣制度を使用していない部族(あるいは複数)が残っているにしても、国としては貨幣制度をどんな国でも用いています。貨幣制度は等価の物品を交換する労働の省けるとても恩恵の多い制度です(ここで、解体したマンモスの肉と石器の重くてでっかいお金を交換している絵柄を想像するとわかりやすいのか?)。その恩恵を当たり前のように利用している私たちには、その穴が見えていない部分というのも大きいのではないだろうか?とこの本を読んで考えたわけです。

前置きが長ったらしくなりましたが、本題は明日♪