2006-04-20にアップした文章です。

肉と血、と英語では英語と違って逆に言います。外側から中に向かっていく順序なのでしょうか。合理的でわかりやすいのが、英語のいいところでもあります。人によっては、「短絡的」と感じる場合も多いのかもしれません。

昨日読み終わったJonathan Kellermanのタイトルです。ええ、相変わらず読んでいます(笑)。夜は、TVをスリープモードにして寝るのを止めて、しっかり眠くなるまで読書、の癖を復活させ、朝は目覚ましを止めて自然に6時間・7時間半のいずれかに起きる、という癖が、やっと身体についてきました。いぇーい!

が、私の悶絶は、彼の数ある本を、この3月末に出た新書も含め、あと3冊で読みきってしまうことです。Alex Delaware Seriesだけではなく、他のシリーズを入れれば、あと7冊くらい増えるのですが・・・。が、それも屁のつっぱりくらいにしかならぬのでしょう・・・。今日は、オンラインで本をさらにオーダーしたのですが、その事実を知ってちょっと悶絶しています>他に読み続けられるいい作家探さないと・・・。10人ほどのお気に入りの作家がいるのですが、今日、アップデートをしてしまったのです。うーむ・・・。日本に帰国するときには、映画前にDaVinch Codeを読んでおきます。

さて、血の繋がりをテーマにした話です。今日の焦点は;親(親族)が残してくれたお金について。倖せとお金については、もうすでに書いたので、これも歴然なのかもしれませんが、少しひねりが加わります。

私は、父の残した労災も生命保険も組合積み立て貯金も、もらうことはありませんでした。それは母が受け取るべきお金だと、私が解釈したからです。母は父が死ぬ3日前に53歳になったばかりで若く、あと50年生きてしまったら、数千万の全額あっても足りないほどだったのです。持ち家もなく、葬式も出さねばならず、お金の運用についての知識はゼロで、金遣いの基本がなっていない人でした。心配していた私をよそに、弟はしっかり自分の取り分はもらったのですが・・・。

が、私がとんでもないお金持ちの娘で、分かち合っても余りあるほどのお金があったらどうするか?もらいますね。当然、もらいます。自分で稼いだお金だけで、自分の生活が成り立つとしても、私はもらいます。私には、お金を使って、できることならやりたいことがいくつかあり、それが自分のためではなく、社会全体の足しになるのならば、もらってそれを元にしてやりたいです。砂やごみや塵になってしまってもいいですね。ま、すごいお金持ちの家の娘だったらば、Trust Fundになっており、尽きないように工夫してあるのでしょうが・・・(汗)。

血が繋がっているだけで、親やその前の親が残したお金をもらうことができる、というのは、私という個人の性格には、あまりしっくり来ません。貧乏だからなのでしょう(笑)。現実感がないから寝言を言っているだけで、多少の不動産や生命保険などがあれば、みな子どもに少しでも残したいと思うものなのでしょうね。母も私が面倒を見るようになりましたし、もらうものはすべて彼女の健康資本でもらっています(笑)>一昨日の昼ごはんはすいとんでした(笑)。今日は、チャーシューを彼女にマスターしてもらいました。うまく行ったよぉ。エヘヘ。さっきも、彼女の遺書の内容物の確認をしていたのですが、私がもらいたいものは、父や家族関係のアルバムしかなかったよ・・・(汗)。

あげる・残すほうを考えても、私は、子どもを産まないことに決めてしまいましたから、今後、養子をもらうことがなければ、私が築いた経済的余剰は、私が遺書に残した先に残されていくことになります。額の多寡はどうであれ、誰かがマイナス分を補うか、プラス分をもらうことになるのでしょう。私はそれが西さんであることを望んでいます。先に死んだほうがラクですもん、精神的に(笑)。

が、計画としては、何かを残そうとはまったく思っておらず、自分が使いきるだろう分より少し大目にしか要りませんし、働くのもそれだけで止めます。弟の娘たち、姪っ子が3人いますが、彼女たちに何か残す予定はありません(きっぱり)。私がこの世に生きたことを、汲み汲みと残すことは、まったく重要なことではなく、世界の人口が膨れ上がり、異常気象が進行し、地球がなくなってしまうことのほうが、ずっと重大なことです。西さんの父、私の義父がチョウチョの標本と薩摩焼をごっそり持っているのですが、それらは、3人息子の誰かに行くことはなく、すべて博物館と美術館に寄贈することになっています。ええ、遺書があるんですよ。義父のそういう心意気が、私は大好きで、嫁としてはまったく評価されていませんが、人として評価されているので、よしとしています←ちょっと理解しがたい?(笑)

姪っ子たちにお金を残す予定がないのは、彼女たちの人生は彼女たちのもので、余分なお金があることで、労働意欲がなくなったり、怠慢になる可能性も生まれることだろうから、私は残したいとは思っていません。もしも、自分に実力がないことがわかったら、Marry up(結婚で金持ちになる)する方法も、まだ女性には男性よりチャンスがあるようですし、とにかく、自分で人生を奮闘してもらいたいな、という気持ちです。私は、不利な条件をたくさんもらって育ちましたが、今となっては、それに大いに感謝しています。特に、弟の家庭も生活は普通で、ラクではないので、働く女性になってほしいなというのが願いです。弟や義妹が彼女たちに何を残そうが、私がどうこう言えることではありませんが、今のところ、それほど残りそうではないですから、心配を先にすることもありません。

血肉を分けた姪っ子たちがかわいくないのか?と聞かれることがあります。そりゃ、かわいいですよ。が、かわいがる時間を持てなかったという事実はあります。私はずっと18年間アメリカで、彼女たちはまだ10・8・7歳ですから。たまに来るアメリカのおばちゃんが、おばあちゃんの娘で、パパのお姉ちゃんだということを知ったのも、つい先ごろのことです(笑)>だから子どもっておもしろいよねぇ・・・。日本には、この1年しょっちゅう帰っているのですが、姪っ子たちとはあまり遊ぶ時間がありません。パチンコやる時間はあるっていうのに(爆)。子どもたちだけで、駅前まで来ることは、義妹がいやがりますし、子どもたちの規則正しい生活を、私が乱すこともできません。おばあちゃんである母も、今はあまり遊べておらず、たまにお泊りのパジャマパーティーがあるくらいです。1ヶ月に1回くらいかな。

私はこういう性格なので、血肉を分けていようが分けていまいが、特に扱いが変わるわけでもなく、条件なしにかわいい、とも思えないでいるところがミソです。冷たいのか?

ちなみに、私のわずかばかり残った財産を受け取ってくれる人には、どうしてもネコたちがくっついてきます。Guardian(後見人)になってもらわねばならないのです。当然、今までと同じケアが受けられるくらいのお金はつけます。私がいくつまで生きるのか、まったくわからないですが、それだけは確かなことです。いつまでも、ネコや犬がいる生活をしていく予定です。

ところで、みんな遺書書いてるのかな?