2006-04-23 にアップした文章です。

なるべく心理学的なごちゃごちゃを入れないように説明できたら・・・と思っていますが、日本語で書いた文献を探すのにちと苦労・・・。

http://www.rikkyo.ne.jp/grp/cchs/bulletin/2001/hayashi.pdf

かなり難解な内容なので、特に読みきらなくていいです(笑)。この文献の5ページ以降をわかりやすく説明できたらいいのですが・・・。

赤ちゃんが予定通りに生まれたときには、すでに生命体として9か月分の発達をしています。生物学的な発達は、生まれ持った遺伝子の中で行われるのは、生後と同じです。その決められた範囲に彩りを加える環境は閉ざされた子宮の中なので、環境要因が影響するものに関しては、「胎教」としていろいろな推薦があります。このへんまでの量的や質的な発達の違いは、見る人によって大きいのか小さいのか・・・。

その後、生まれてからヒトはPrimal caretaker(主要な、根本の、世話をしてくれる人)との心理的なアタッチメントを始めます。胎児であるときにもしているはずですが、環境要因が増えるので(空気や匂い、味や感触など)、さらに心理的なアタッチメントは重要な位置を占めてきます。

アタッチメント:〔心〕 特定の人物に対する心理的な結びつき。多く、乳児が母親との接近を求める行動に現れるような、母子間の結びつきをいう。愛着。

考え方としては、「選別」です。ヒトだけではなく、生命体の不思議は、物事を選別することにおいて、温度差を感知するサーモスタットや、脳内ケミカルやホルモンの量や質をすかさずモニターするシステムになっていることはどこかで述べました。変化を認知し、その変化を均衡状態に戻す、コレが恒常性です。すばらしいシステムです。これは身体のあらゆるところに使われており、ヒトは技術を発達させるのに、コレをフルに使ってきました。エアコンもファジーもこれがなければ成立しえません。

無力にほぼ近い状態の赤ちゃんは、この恒常性をフルに使い、認知しきれない外界の刺激を吸収し、学んでいくことになります。その中で、ひとつだけはっきりと親近感があり認知できるのが、9ヶ月守ってくれていた環境-子宮の持ち主であったヒトの声です。子宮の温度がなつかしく、子宮の揺らぎがなつかしく、子宮のきつさがなつかしく、赤ちゃんは泣いたときに、このへんを押さえてあげれば泣き止みます。おくるみにぎゅーっと暖かくくるんだり、心臓の音のペースに似たメトロノームを使ったり、車やゆりかごで揺らすことです。そして、話しかけること。最初のうちは、内側で聞いていた声を認識できませんが、学習能力と記憶が重なり、子宮の持ち主の声を最も重要だと認識します。サバイバルの機能です。そのあとの子育ての中で、子宮の持ち主がずっと主要なケアを充足させてくれているのか、新しく複数の人間が世話をしてくれるのか、などで、心理的発達はまた微妙に変わってきます。学習のための生物学的発達を続けるためには、とにかく食って飲んで排出して眠ることを、ぐるぐる続けていくわけです。最初はただ寝ているだけだった赤ちゃんも、手足を動かす筋肉が発達し、顔の表情にバラエティができ、視神経もどんどん発達して環境内にある物事を認知できる能力が進んでいきます。

大切なのが、この聴力・視力・触覚・臭覚・味覚の五感の発達と、それらに支えられた筋力の発達です。それがもうひとつの大切な「世界を広げるツール」=Mobility(可動性)です。寝たきりから、寝返り、ひっくりかえり、でんぐり返し、はいはい、立脚への道のり、伝い歩き、歩く、までの大いなる道のりを開始できるわけです。

ここで、Primal Caretakerの役割は重要で、赤ちゃんにとっての「安全基地」となるわけです。サバイバルのための「飲み食い・排出・眠り」のもうひとつの側面は、危害または損傷・損害を受けるおそれのないことを常に確保することです。世間知らずの赤ちゃんが、安全基地を持つのはサバイバルに根ざしていることで、それは大人でも未だにやっていることです。安全基地を持たぬ魂がどれだけ脆いかは、大人になった読者の方には容易に想像できることでしょう。

寝返りやひっくりかえり段階で、うつぶせに寝たままであると、SIDS(Sudden Infant Death Syndrome; 突発性乳児死症候群)が起きる可能性が高くなります。循環器を防いでしまう態勢になる確率が上がるからです。USでは1990年代から、赤ちゃんをうつぶせに寝かせる習慣を全国的にキャンペーンしたことで、25%もこのSIDSが減りました。うつぶせにすることで、腕や胸その他の筋力を鍛えるという利点があったのですが、起きている間に誰かが見ているときに、うつぶせを練習すればいいことだということが、ようやく浸透しました。

ハイハイ以降の安全基地の存在は必須です。おもちゃが置いてあろうと、ごみや埃があろうと、赤ちゃんはPrimal Caretakerが顔やジェスチャーや声を使い、「大丈夫よ」というサインを出すだけで突き進みます。冒険心、世界を開拓したいという欲求と裏腹に、守らねばならぬ最低限の危険を避ける本能を保ち、赤ちゃんはどんどん行動範囲を広げ、Mobilityに自信をつけていきます。たとえ、ハイハイする先が崖のように切り立ち、地面がなくなっていようとも、Primal Caretakerが向こう側から「おいで」と言えば、進む赤ちゃんが70%以上を占めます。本能に勝てる愛、これはすごいことです。この実験は、安全を確保し、プラスチックの柄が消えた板を使い、私の恩師であるDr. Camposが20年以上前に行ったものです。彼は最近、北海道に招かれたり、日本でも著書を出したりしており、私も翻訳のお手伝いを一部させていただきました。全米の発達心理学のチェアにも就任し、たくさんの優秀な心理学者を輩出しています。

Mobilityが進めば進むほど、安全基地を振り返りチェックする作業は「信頼の絆」に支えられた確固たるものになっていきます。立脚や、伝い歩き、歩いたり、走る真似事段階くらいまで、ずっとPrimal Caretakerは知らず知らずのうちにでも、サインを出し続けているわけです。そして、赤ちゃんはそれを信じて、自分の世界を広げていく。

赤ちゃんが、最初のAmbivalenceアンビバレンスに遭遇するのが、このPrimal Caretakerからのサインです。どちらなのかわからないサインを出すことで、赤ちゃんの世界は複雑になっています。もちろん、個人差があり、サインの強さや回数の必要性には差がありますが、安全基地であるPrimal Caretakerが、曖昧なサインを出すことは、Go, Don’t Goの二択を複雑にします。赤ちゃんの最初の迷いです。

学習能力が充分ある時期にさしかかれば、記憶を辿り、前はどうだったか?と、親近感のあるちゃぶ台やテーブル、家具の端っこなど、どんどん突き進めるようになり、安全基地を振り返る回数や重要度は減っていきます。が、そこに安全基地があることは、赤ちゃんにとって、とても大切なことなのです。はっきりしたGo, Don’t Goを出すこと。「戻ってくれば私がここで抱きとめてあげるよ」というサイン。

これがあるかないか、どのくらいの絆があるか、が、この後の心理的発達に影響がある、というのが、発達心理学だけではなく、性格や文化、社会心理学などの分析に使われています。

誤解してほしくないのは、「子宮の持ち主でなくてはならない」ということではありません。大人であれば、赤ちゃんはアジャストする弾力性があります。養子であろうが、Primal Caretakerが男であろうが、そんなことはどうでもいいのです。

明日は、Bowlby, Ainsworthの実験を踏まえ、具体的アンビバレンスについて書いてみたいと思います。