04/26/2006 にアップした文章です。

こう思ったことは多いかと思います。そして、次に来る言葉を飲み込み、心の中の澱をますます溜め込んでいったかもしれません。あるいは、その人をその場で判断し、次のおつきあいの仕方を変えようと決意したかもしれません。

私は、「そんなこと言えない、はやめようよ!推進委員」です(笑)。当然、例外はあります。ガン告知に個体が耐えうる心理と生命力と病状を持っているかどうかは、確かに他人が決めなければならぬ状態に遭遇したら、それはそれはつらいことです。こういった極端な例を想定してみれば、相手に言えるか言えないか、は、少しヒントになります。

会社を経営し始めて、私がつらかったことは、日夜睡眠不足で、台湾の暑い亜熱帯の夏に揉まれ、たくさんの問題が山積みになっているときに、「ううぅぅぅ、こんなこと言えない」と思ったことが、とても多かったことです。アメリカから飛んできた私自身ですらそういう状態だったのですから、台湾スタッフは、そこで生まれ育っているにしろ、睡眠不足は山積みになっているはずだし、私よりも多い数の問題に直面していたはずだし、と、ここで、絶対的な「思慮」のバロメータに遭遇しました。どんなに休んでくれと頼んでも、休んでいることができず、やはり仕事をし、疲労が積み重なったまま、イライラし、能率が上がらないまま、仕事を続け、悪循環に陥っているのでは?と思う日々は続きました。

「そんなこと言えない」が積み重なり、時が流れ、「あのときはコレでもよかったのに・・・」と言われてしまうのがオチなので、いまさら言えないことがまた山積みになり、商売はうまく行かなくなります。人間関係も同じです。というわけで、会社設立一周年を迎えたのち、アメリカと台湾と日本での人間関係や運営内容の見極めについての話し合いが必要になっています。

「そんなことは言えない」を放置しておくと、本当に生涯、言えなくなってしまうことが多くなるというのが、私の体験からの痛切な結論です。

関係が切れてしまった人たちに対して、私は「そんなこと言えない」をそれぞれ、いくつか残してきてしまいました。だからこそ、きっと切れたのだろうと思います。遠慮して言えなかったことが私にあるのか?と、たまに自分でも驚くのですが、言えないことはありますね。言い過ぎてダメになった関係よりは、言わなくてダメになった関係のほうが多かったことも、私の体験からの痛切な結論です。

ケンカやTurmoil (混乱・騒動)が起きて、すべてを整理して言い切れなかったこと、我慢して言えなかったことなど、山ほどありました。ここ5年ほどは、誰とも縁が切れるようなことはないので、冷静に話すことができるのですが、そのコツは、「そんなこと言えない」をやめてしまったことです。

誰かにキツイと言われようが、とにかく言ってしまったほうがいいことのほうが9割です。人間がこなれていないうちは、「ブス」だの「バカ」だのと、まったく意味のない揶揄を投げてしまうことがあるでしょうが、私はいい歳こいてきたので、もうそのようなことはないです。「ブス」というボキャブラリーが他人と私では違うことに、長い時間がかかったものの、やっと「ブス」は違う意味なのだ、という認識を経て、もっと正確に、「生命力や生きてきた歴史が表情に出ていないこと」と、細かに表現することを癖にしました。そんなわけで、以前は、「バカ」であろうが、「貧乏」であろうが、細かなことでいざこざや???を引き起こしたものですが、最近ではそのようなことはなくなり、人間関係もかなり穏便につつがなく進んでいます。

つい2日前、銀行やオンライン買い物や電話会社など、お役所仕事的雰囲気が香る手続きで、ミスハップが立て続けに5つほど起き、私はとてもイラだっており、母に当たってしまいました。「お願いだから、英語のやりとりがわからないのに、日本語でごちゃごちゃ横からいろいろ言わないでっ!不安なのはわかるけど、今は言うことをきっちり言わないといけないのっ!」などと、かなりきつい口調になってしまいました。が、すぐにしっかりと謝り、「ママのせいじゃないのにごめんね」「いいのよ、本当につまんないことでどうしてこっちがあちこち駆け回ったり、電話しまくったりしなくちゃいけないのかねぇ」と、なめらかに物事は進みました。当日は、そんなわけもあって、仕事のスカイプも避け、きつくなってしまうといけないので、メールにて説明をし、接触を最低限にした次第です。混乱が混乱を招くので、黙っていてほしかったのは事実なのですが、あの言い方はねーよな←自分・・・。

(前日まで70万口座に入っていたお金が消えたのよ・・・。そして、残高がなぜかマイナス2万5千円になっており・・・。オンラインで買い物をした金額をプリントアウトして持っていったというのに「私たちにはそんなことは関係ないわ」と言われてしまい、あちこちに電話をかけまくったりしたのです・・・。そんな杜撰なところにお金を預けていていいのか?ビジネスはこの銀行はまずいのではないか?という疑問がもたげて、さらに怒りのボルテージはあがったのでした・・・。これくらいひどいことがない限りは、私はそれほど他人に八つ当たりしません・・・。72万5千円が一夜にしてなくなるってすごい事件よね?爆。ご安心を。翌日解決に持ち込みました・・・)

私が母に対して、なーんの恨みもなく、ネガティブな気持ちがなく、理解と愛情を以っているのは、一重に、心の中に彼女へのマイナスな感情的なものも話し合ってきたからです。他人が聞けばひどいと思うようなことも、私は平然と言ってのけてきました。「私は子どもなんてまったく欲しくなかった。避妊の仕方がわからなかったからできちゃって、生んじゃったから仕方なく泣きながら育てた」などというくだりが、9歳の私にはとてもつらかったことなどを、10代で言ってのけていました。母も、その場で「ごめんね、子どもが子ども育てて。でも話せてうれしい」などと言ってくれたので、ここまでなかよくしてこれたのだと思います。

西さんとも私は隠し事や端折りはしないし、「沈黙は嘘へのセレナーデ」とみなしています。便座を下ろさない事件や、電気つけっぱなし事件などを経て、今、いっしょに会社を運営していけ、率直なネガティブをメールや電話で、顔を見ないまま言えても溝ができないのは、これまでの訓練の賜物だと歓んでいます。

そして、その関係にかなり近いものを、社員さとみちゃん、すまいる、あさこさんを始め、他の友人や知り合いとも続けていきたいと思っています。

ゴールデンウィークのお休みを、私がアメリカで経験していないから、というだけで気づかなければ、バシバシ言ってくれなければ困るし、有給もどんどん請求してくれなければ困る。自主残業をたくさんしているすまいるにも、私が気づいていられるうちはいいのですが、私が忙殺されたときにすまいるのほうがアピールできないようでは、とても困る。台湾のスタッフとは常に会えているわけでもなく、言語の障害があるのでさらに難しいですが、「そんなこと言えない」は基本的になくしていかなければ、会社運営の純然たる第一目的である「利益の追求」ができなくなります。思いやりやボランティア精神だけで会社をやっているわけではなく、働いてくれている人たちもお給料をもらうためにやっているわけですから・・・。営利団体で繋がっている限りは、利益を生むことを邪魔するような遠慮は、まったく美徳ではないのです。

友情レベルや人としてのマナーとしても、私はまったく似合わない洋服を着ている人に、「きれいね、よく似合っているわ」と褒めないです。事実ではありませんから・・・。嘘は言わないし、沈黙でごまかさないし、人はたくさんの価値観に触れたほうがいいわけです。私が少数意見であったとしても、私なりに沈思して出した結論ならば、それなりに真摯に受け止めてほしいと願います。

「そんなこと言えない」シンドロームは、社会生活をしているとそこここに転がっていますが、それはなるべく少なくしたり、なくす方向に持っていけたほうが、きっといい関係ばかりに囲まれる結果になると思います。多少のケンカや騒動や事件くらい、引き受けられたほうがいいです。解決できないことなど、本当に少ないのですから。