センス: 物事の微妙な感じや機微を感じとる能力・判断力。感覚。

磨く: (1)こすってつやを出したり、きれいにしたりする。 (2)技芸などの練習に励む。上達しようとする。 (3)美しく飾る。 (4)光彩を添える。輝くようにする。

西さんと知り合っていっしょに暮らし始めたときにびっくりしたことは、彼のワードローブは「ジャージ尽くし」だったことです(笑)。特に、オニツカで出していたマラソン選手 Frank Shorterシリーズのジャージたちは、手放せないほどで、知り合った1989年には、もうすでに年代モノであったにもかかわらず、後生大事にしていました。

Frank Shorter; 1947年10月31日、アメリカ生まれ。1970年代にミュンヘンオリンピックで、アメリカに41年ぶりに金メダルをもたらした。この前後、福岡マラソンなどの主要マラソンでは負け知らずで、特に福岡マラソンは4連覇。医学部出身で、マラソンに生かし、引退後もコーチや講演にいそしむ。

マラソンをやる人や興味がある人は、この人がどのくらいすごい人かわかるとは思うのですが、西さんの執着振りはかなりおもしろおかしく、穴が開いたジャージを継接ぎし、着ないで傷まないようにし、酔っ払うとなぜか取り出してきて、眺めていたのです。あまりに酔いが過ぎると無理して着てみたり(笑)。

他にも、「帰社後ジャージ(寮で着ていたもの)」「休日用ジャージ」「運動用ジャージ」「ちょっと出かけるお出かけジャージ」など、いろいろな種類があり、剣道・ボート・マラソン・登山をやっていた彼には、スポーツ用もかなりたくさんのものがありました。私は中学から運動に執着することをやめてしまったのですが、運動はそれなりには続けていましたが、彼のこのジャージ情熱はちと理解しかねるラインを超えたところにありました・・・(爆)。

そして、会社が授業料を全面的に出してくれたMBAを卒業し、現地の支社に勤めることになったときも、入社当時の10年前のスーツが着れたこともあり、いくつか日本から持っていていたスーツで出勤することになるのですが、すごいセンスだった・・・・(爆)(爆)。

そこで、お給料が増えたということもあり、私が彼のスーツを選ぶことになりました。それほどお金持ちではなかったので、吊るしではあったのですが、イタリアの生地にこだわり、縫製は現地のアメリカでしたもので、グローバルマーケットのアジアや南米での仕立てではないもの、と決めました。西さんは特に色弱ではなかったものの、色のセンスが悪く、色合いを合わすという常識を持ち合わせていませんでした・・・。弱いカーキグリーンには、オリーブのYシャツ、ネクタイには必ずどちらかの色が少しだけ混ざっていること、などを教え、靴下も体育会系の白いものを統一していたのですが、「NIKEはビジネスディナーのときはやめようよ・・・」と、少しだけ色のついた靴下も買いました。靴はしっかりしたイタリア製を買い求め、なんだかかっこよくなったので、とてもびっくりしました(爆)。7年勤めたアメリカで、スーツは増えていきました。西さんは身長があまり高くないので、仕立てなおしがその場でできなければまずいのです。アメリカでは最低のつるしサイズのウエストが、28インチ(71cm)なのですが、そんなものではゆるゆるで、5・6cmの詰めが必要だったのです。当然、パンツの丈直しも必要でした。私のシュミで、ダブルを多くしたのですが、とてもダンディに仕上がり、けっこう歓んでいましたが、3年も経つと西さんが自分で選べてしまうようになり、私もついていくだけで大したアドバイスはしないようになりました。

スーツのイロハを私が知っていたわけではなく、ウェイトレスや仲居をしていたときに、ダンディな政財界の人々を見ていて、自然に身につけたもので、会話の中に出てくるカフスやポケットタイやカラーコーディネートのポインターを覚えていただけなのです。

が、ジャージ一色だった西さんは、会社で「なんか変わったよな」と口々に言われるようになりました(笑)。が、私がこぎれいにしたわけではなく、西さんの筋肉質なブルース・リーのような体型は、スーツがそもそも似合うのです。プラスお金の力と西さんの意志ですね。入社し、退社し、最初に作ったスーツはもう24年モノになりましたが、彼はまだ同じスーツが着られますから、体型はほぼ変わっていないことになります。

が、が、台湾に行ったことで、かなりセンスは崩れましたね・・・。台湾の文化は不思議で、生活用品やその他、欧米を追いかけているところもあるのですが、やはり近場であり、歴史的な因果の大きな日本を追いかけているところもある。そのMixture(ごちゃまぜ)に慣れてしまった西さんは、私のセンスから見ると、今は少しOffな感じです。亜熱帯という気候のせいで、スーツの上着をきちっと着ないせいもあり、手に掛けていても、なんだかちょっと違う・・・。

そして退社してからは、1着も新しいスーツは作っていません。

結局のところ、磨かれるはずのセンスは、環境要因である台湾や日本の文化にまたごっちゃにされてしまい、アメリカでさっそうとしていた「世界を股に駆け抜けるビジネスマン」の様相とはちょっとズレてしまったのでしょう。

弊社にはドレスコードはまったくなく、今後もユニフォームを導入する予定はまったくありませんし、営業で外回りをするときにも、「清潔で攻撃的でなければOK」程度のアドバイスしかしていません。社員のさとみちゃんが、商工会議所主催の「新入生研修会」に出かけて、講師にかなり厳しいしつけやマナーを習ったようですが、私個人は、そんなものはWhat a crap ! (なんてくだらない!) と思っています。コレだけ毛染めをする人たちが増え、アクセサリーを自分なりに試す人が増えた中、コンサーバティブ一色では個性も出ないことでしょう。とにかく、トライアル&エラーが必要ですから、圧迫する必要などありません。いつか、自分のスタイルが見つかるまで、みな好きにやればいいのです。そのConsequences(成り行き、帰結)を引き受けるのも本人ですし、会社のしてほしくない最低限のことだけを守ってくれれば、何も言うことはありません。

が、センスを磨くには、どうしても必要な基本がひとつあります。感覚というセンスは、やはり健康の上に成り立つのです。耳・鼻・目・肌・舌の感受性をできるだけ高めなければ、磨きようがないわけです。自分のフルの機能を生かすには、心もなるべく穏やかで、研ぎ澄まされている時間が持てたほうがいいわけです。

西さんは、スーツのカラーコーディネートの説明を聞いていたときに、「あー、そういえば小学校のときに、色の三原色習ったなぁ」と、とても謙虚でした。彼と母とビジネスパートナーほど健康な人を、私は見たことがないので、センスを磨く余地は大いにあるわけです>最近、母は老いてきたのでちょっと危ういですし、私とはセンスがかけ離れているのですが・・・。彼女、フリルとか花柄とか好きなのよ(爆)。ビジネスパートナーは、ホッケージャージの選び方のセンスがいいので、けっこう尊敬しています>ホッケージャージはちなみに1枚2万ほどしますので、大きな買い物と大きな決断になりがちです。しかも、引退や個人記録なども値段に影響されますしね・・・。本人が着たものはオークションに掛けられて、高いものでは100万以上するものもあります。

私は最近、カクテルドレスを着て、化粧をして、ヒールを履くような機会がないのですが、そのときに備え、引越しもしたことだし、また水泳を始めようと思っています。センスを磨くにも、水の下はまたいいのかもしれません♪

The High Trestle Trail Bridge over the Des Moines River Valley between Woodward and Madrid in Central Iowa, United States.