05/08/2006 にアップした文章です

戸塚ヨットスクールの元校長、戸塚宏氏が刑期を終えて出所したのはいいのですが、なぜかものすごい露出度。少し前に新聞で出所がほのめかされていたので、少しだけ気にしていたのですが、日本のマスコミは、こういう人をまたもやTV出演し、生活費を捻出してあげるわけなのね・・・、と、落胆の色を隠せません。

http://totsuka-yacht.com/

↑興味のある方はどうぞ。

支援会の会長が、石原慎太郎都知事で、会費を取り、なんだかものすごいビジネスです・・・。

http://totsuka-yacht.com/gokutyuu.htm

↑どこが科学的なんだか、と呆れて読みました・・・(汗)。詭弁や論理性の欠如がてんこもりになっている文章です。悪い例として読んでおくのも、訓練としてはいいのかもしれません。

子ども殺しをしておいて、まだまだこんなに稼ぐわけなのね・・・と眉間にしわが寄ってしまうのですが、当然、刑期を終えたのですから、「贖罪をした」とみなす手もあります。が、さらに、同じ方法論や考え方で、まだまだ稼ごうとしている態度は、一体何なのでしょう?人の品位の問題として、これを続けるか続けないかで、反省や贖罪についての考え方が見えてきます。

TV出演を3日連荘(れんちゃん;マージャン用語なのね・・・)でしたもののいくつかを見てみましたが、すごいなぁ、このおっさん・・・。デタラメなことを言い過ぎていて、こんなおっさんの論理にもなってない屁理屈にだまされている人々がいることが、日本の不幸だと思います。私は、石原慎太郎は、彼が作家の頃から好きではありません。政治家になってからさらに不快度は上昇しました。コネクションと地位名声に囚われて生きている人々から学べることは、私には少ししかありませんでした。

が、考え方というのは人それぞれなので、戸塚校長であれ、石原慎太郎知事であれ、『言論の自由』を駆使するのはいいです。ですから、受け手のほうも、見る目を研ぎ澄まさなければなりません。

「AはBである」という決め付けをすることが、すでに人としての成熟度を示していることを、どうやら戸塚校長はわかっていない・・・。「Bなんですよ、いいですか?」を無理のある論拠で押し通そうとするわけです。教育問題だけではないことでしょう。彼の世界観や人としての成り立ちから来ているものなのでしょう。人類の英知が数千年掛けてきて見つけ出した論理を、自分の解釈に沿うように拾ってしまうのは、個人のサイキの問題です。

しかも動機が問題なのですよね。教育者としての態度や理念ではなく、やはりこれはビジネスとしか思えないわけです。出所のあとのビジネスオポチュニティ(機会)のすべてをカバーしているところに、胡散臭さを感じないとしたら、受け手はあまりにナイーブです。「集金♪集金☆」とほくそ笑んでいる舞台裏が見えてしまうのは、皮肉屋の私だけなのかしら?

サイトを詳しく見ればわかりますが、入校費だけで、315万。その他、コースになっている毎月の月謝が11万。ひとりの子どもが入校すれば、スクールは447万の入金を得るわけです。「高すぎませんか?」という項目を作り、それに答えていますが、読んだあとでも「高すぎるよ!」と思いますね(爆)。私であれば、もっと細かく、ヨットの減価償却費用やら、宿舎の運営費、人件費や教材などを示し、その上でリーズナブルな値段にしますよね。ここに書いてあることが本当であれば、です。

「ヨットで脳の働きが正常化する」という無理のある推論を、どうやって証明するのかと思っていたら、自分に科学的根拠もロクにないくせに、他者を批判だけし、お粗末なサイトで終わっています。まったく証明できていません。どこかで、脳神経学者の論文でも出てくるのかな、と思っていたのですが、出てきませんでした・・・。出せないよね(爆)。出る学者がいたとしたら、自殺行為だ・・・。脳幹について触れていますが、私が大学4年のうちの2年の心理学で学んだ基礎脳神経学よりも、お粗末な知識しかないのでしょう。

事件前のスパルタや体罰についての言及も、大きな部分を割いて書いてあります。検察側が証明しきれないことばかりを指摘していますが、自分たちとて、無罪を証明しきれておらず、それについては被害者側、教育の受け手である入校者たちの状態に非があるような書き方をしています。そんな「犯人探し」「責任逃れ」な人々がなぜそもそも教育者という仮面がかぶれるのか?と私には不思議でなりません。贖罪したわけではなく、同じことを続け、またもやナイーブな入校者に日常的な危険に直面させる、とこのサイトは宣言しているようなものです。

社員さとみちゃんは、「じゃ、何でこんなところに親のほうも自分の子どもを入れちゃうんでしょうね?」と質問がありました。さとみちゃんのご家族は、とてもまっすぐにさとみちゃんを育てたのを私が見て取れるほどなので、さとみちゃんは家庭崩壊やその他の修羅場の地獄を、実感してわかっていないものと思われます。「死んでくれたほうがよっぽどラク」と子どもに対して思ってしまう親は、やはり実在します。戸塚校長もTVで堂々と言っていましたが、「自分で殴れないから、金を払って他人に殴らせるのだ」と言っていました。そんな開き直りを聞いても、藁をもすがるように、自分の子どもを入れてしまう親御さんは実在するわけです。

そもそも、家庭崩壊や知育障害、情緒障害、学習機能障害などに対峙するのに、「AはBである」と決め付けられてしまう短絡さが、私には謎すぎます。個人主義の欠点などをたくさんごちゃごちゃと指摘していましたが、自分の方法がイチバンいいのだというパワーゲームの上にビジネスが成り立つというかわいそうな存在に思えます。しかも、始末に終えないのは、自分ではない他人の、しかも子どもの、生命の危険性を含み、お金の匂いの獣道を追いかけ続けていることです。TVでも、コメンテイターや司会者を、頭から小馬鹿にする態度や言葉が目立ちました。上に立つというパワーに魅了されている証拠なのでしょう。「君はわかっていない」と他人に簡単に言えてしまう人は、自分にもわかっていないことがあることをまったく認知できていない証拠です。すべてをわかっている人がいたら、ぜひぜひ私はお会いしたいです。

というわけで、あんな人をTVに出したり、あんな人の本を歓んで出版したり、あんな人の講演会を催したり、支援会の会員になる人たちがいることに、またもや失望を感じました。ほとんどの人にとっては、19年も経った今、「関係ねーよ」ということなのかもしれません。亡くなったふたりと、行方不明になったひとり、の3人の少年たちの人生は、いったい何だったのだろう?と、私には思えるのです。贖罪もせず、同じことを続け、まだまだお金を得られる。なんだかフェアではない世の中の典型だなぁ、と。

だったら、母に1000万くらい寄付してくれるお金持ちがいてもいいじゃないかっ!などと飛躍して、立腹してもいたわけです。だから日本のTVっておもしろいや(爆)。