05/20/2006 にアップした文章です。

日本に合計で11ヶ月帰国することになり、気持ちは複雑です。18年という歳月は長かった。うち、1年3ヶ月は父の闘病・葬儀・一周忌で戻っていたし、ちょくちょく日本には帰っているのですが、どれも「住んだ」という状態ではなかったのです。特に、父の闘病につきあっているわずか2ヶ月は、GEOSで英語講師をしながら、病院に朝晩出かけたり、家での療養で介護をしたり、くるくる忙しく、葬儀後もわずか10日で派遣社員のクチが見つかり、NHKに勤めました。NHKはステキなところで、飲み相手を探すのに事欠かず、父を失ったことに耐えられなかった私は、1年365日ペースで飲んでおり、実際のところ、当時の記憶は鮮明ではありません。アレで肝臓をかなり退化させたと思われます。

この年齢になって思うのですが、芸能界については知らなくてもなんとかやり過ごしていけます。ネットができてからは、調べモノがとても簡単になりましたし、基本的な把握ができていれば、想像の世界で実像に近づく訓練ができていれば、かなり正確に近い実態を掴むことができます。16歳の1ヶ月前からずっと働き続けてきた私には、日本に居た頃でさえ、芸能界には興味がなく、流行モノにも大した興味がなく(ゼロだったほど偏屈ではないのですが、本当に希薄だった)、日本にいても失ってきた、通り過ぎてきたものは多かったのです。

特に、渡米を意識し、大学を中退し(が、のちに除籍だったことが判明)、バイトを4つ掛け持ちしながら、留学費用を貯めていた2年半は、寝る時間もないほどで、麻布十番の交差点で、フローズンヨーグルトのために30分以上の行列をなしている人々を見て、動物園に行ったような気分になっていたものです。私にすれば、30分は時給の半分で、800円や1000円、あるいはそれ以上になっていた大切な時間で、「並び屋としてお金がもらえるならいいけどね・・・」などと突っ張っていたところがあります。そのために、250ccのバイクで移動したり、体力があまりにないと、電車の中で仮眠を取るために各駅停車に乗ったり、いろいろと苦労はしました。疲れを取るために、銀座の真ん中で銭湯に入ったり、友だちの家でシャワーを借りて、食事をして、3時間眠らせてもらったりすることなどもしょっちゅうでした。が、2日続けて家に戻らないことは、旅行以外では一度もなく、必ず家を目指して戻る働きアリだったようです。当然、流行していた本も読めていなければ、TVを見ることもなく、映画は渡米してから始めた贅沢です(贅沢とはいえ、英語学校のときは1本1ドル、それ以降も昼間見れば3ドル。スライドして現在は7ドルまで上がりましたが、それに伴い、ケーブルでの映画の充実には目を瞠るものがあります)。

私の中で失われた日本は何だったのか?と、今回、駐在11ヶ月を目の前にして想いを馳せています。フィジカルに旧友にしょっちゅう会えなかったこと。コレは大きなことです。里帰りしても、会いたい人がたくさんおり、仕事を持ったり家庭を持ったりして忙しくなった友といつも会えるわけではなく、日本で結婚式には成人してからただの一度も出たことがありません。お葬式は数度かそのために帰国したこともありますが、たいていは間に合いませんでした。フィジカルにその場にいて、敬意と愛情を示すことが、本当の心のスケールと比例するとしたならば、私はとてもひどい人間です。

本やTVや流行語など、私が失い続けてきたものの中に、本当に大切なものがあったのかどうか?といつも疑問を持っています。私がわずか3歳の頃に、三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地を占拠し、自害に至る事件がありましたが、かすかにその報道は新聞だか週刊誌だかの映像を憶えています。私の生き方やイデオロギーに影響するような出来事は、私が日本不在だった過去18年にどれほどあったのでしょうか?阪神大震災の映像は、すでにネットで見ることができました。世界的ニュースで映像も見ることができました。あの場にいなければわからなかった臨場感はあるのでしょうか?私自身も、ロマプリエータSF地震の災害に遭い、その動揺と被害、復興は直接見ることができました。あのスケールが大きいもの、という解釈では、到底間尺に合わないものなのか?911も、アメリカにいましたが、対岸の出来事ではなく、アメリカ全土、北米全土が震撼しました。日々のシリアルキラーの報道や、裁判も、アメリカのほうが日本よりもずっと先行型とされており、私はそれを見ながら生活してきました。低年齢化の性行動や犯罪も同様です。

日本に居なかったことで失ったことは何なのか?あるいは、日本に居なかったからこそ、数年単位での変化を大きく感じることができ、馴化していけない部分のほうがでかいのではないか?と、最近疑っているところです。私のメンタリティは、すでに、この近所に長らく住んでいる日系移民のおじちゃんやおばちゃんと似たようなもので、唯一の違いは、日本語と英語をごっちゃに話さないようにしようと意識的に努めていることくらいです。個人的に、文化をインテリアや日々に反映させて暮らそうという気がないので、便利で合理的であればいい、と暮らしているので、太鼓橋も盆栽も日本人形も持っていませんが、メンタリティとしてはほぼ同じです。自分が日本に居た頃の、古きよき日本をずっと心の中で保っており、変化してしまった日本に対してとても敏感です。彼らと決定的に違うのは、特に日本への愛国心を示すような暮らし方をしておらず、TVを録画してまで見ることもなければ、努力して自家製で作った歴史を持たないことです。が、数年留学した人たちや、数年駐在した人々に比べて、私のメンタリティはやはり日系人のおじちゃんやおばちゃんと似たところがあり、日本から持ち込んでくる最新式の機器やら、文化に即したスグレモノなどは、文具とキッチン用品以外にそれほど持っていません。下着も洋服も家具も、ほぼアメリカ調達で済ませており、キッチンに行かない限りは、日本人の家だとはわかってもらえないかもしれないです>玄関で靴を脱ぐのは義務なのですが、最近はそういう家庭もアメリカで増えています。

就業時間後、日本でバイトをバンバンやろうと考えていることの理由には;今後の弊社のプロジェクトのリサーチのため。というのが建前としても本音としても合致するところなのですが、私の個人的精神事情や生活習慣事情からしてみれば、やはり日本語のTVを就業後3時間も見ることは疲れることです。かと言って、CNNをずっと見ていても気分が暗くなるだけですし・・・。英語に触れられない時間が増えると、おそらく私の精神状態は悪いほうに進むと思われるので、英語に触れながら、しかもお金にもなり、リサーチも進み、実感としての体験ができる、と、一石二鳥以上のメリットがある、というのがバイトの本音です。16歳以降、2ヶ月ひたすら引きこもりをし、おそばとスパゲッティを茹でていた時期が21歳のときにあったのですが、それ以外、私は恐ろしいほど働いてきました。働くか、学校に行っていない自分というのを、どうしてもうまく想像ができません。例外としては、働いたあとに、父が死んだあと、幽霊のように飲んだくれていたことくらいです。ああなってはマズイので、防衛の意味にもなり、本当にいいことだらけなのです。しかも自宅で仕事ができるのであれば、ネコたちにさみしい想いをさせることもありません。

サピアーウォーフの仮説が本当であれば、私のメンタリティはアメリカで獲得した文化を、ボキャブラリーに反映させていることになります。となれば、日本に住む11ヶ月のあいだ、英語を少しでも取り入れないと、バランスが崩れることになります。

Barnes & Nobleで、山ほど英語の本を買って帰る予定です。が、反対に、日本にいる11ヶ月のうちに、図書館通いをし、純文学作家の読みきれていなかった本を完読する手もあります。私の順応次第でしょうが、仕事がうまく行けば、きっと順応できる気がしています。

11ヶ月の中で、私が日本に居なかったことで失ったものは、もっとしっかり見えてくると思います。そのときにまた冷静にエッセイが書けたら、と考えています。