06/05/2006 にアップした文章です。

 

横行: (1)勝手気ままに歩き回ること。 (2)悪事が盛んに行われること。また、悪い者がのさばること。 (3)横向きに行くこと。

最近、AVについて考える機会があり、また考え込んでいました。さりげなく、検索をしてみると、AV女優の名前を入れただけで、数十万も上ってくるではないですか・・・。ネットはこのおかげで進化したにしろ、子どもがアクセスできてしまう空間に、いくらブロックの工夫をしているにしろ、ちょっとした知恵が働く子どもであれば、見ようと思えば簡単に見れてしまいます。

ポルノと暴力はかなり密接に結びついています。因果関係はありませんが、関連性は深いものである、という統計ばかりで、関連性を断固として否定するものはありません。

私個人は、これまでの生涯で、5本以下のAVを、しかも垣間見ることしかしていませんが、タイトルや内容については嗜好家に聞いてみました。やはり、私は生理的にAVを完全に最後まで見切ることはできません。グロく感じてしまうわけです。が、Miracle of Lifeなど、同じ被写物を違った角度で見せているものに関しては、感動さえするわけです。女性のヴァギナを直視することは、後者であればできるわけです。これは、製作者や閲覧者の動機や心の動きまでを感知したものであり、自分を聖人化するつもりはまったくありませんが、他人の閨の行為を覗き見したい気持ちは私にはありません。誰がどんな性行為や性癖を営み持とうとも、私のビジネスではありません。私のパートナーの性行為や性癖だけが、私の興味の対象です。他人の性行為を見たい、知りたいという軽い興味ではなく、性癖傾向が強め以上にある人のことをむしろ気の毒に思います。弊害が多いだろうな、と。

子どもたちにヌードを見せることと、ヌードになり性的行為を繰り広げていることを見せることは、似ているようでまったく違うふたつのことです。アメリカ人のバケーション中の子どもたちを、ヨーロッパのヌーディストビーチに連れて行って実験を行ったところ、数年後までの追いかけ調査では、性的に解放傾向にあったばかりでなく、自分の気持ちに素直に振舞ったり、他人の気持ちに敏感になれるなどの情緒項目でも高い数値を示しています。裸体が美しいもの・自然なもの、というプレゼンテーションと、性行為をそのまま見せるものは、このように子どもたちの情緒やその後の発達に大いに影響があるわけです。逆に、裸体は決して誰にも見せてはいけないもの、という文化意識のある地域の子どもたちはどうなのか?これについては、誰かが研究していることでしょう。

視覚的刺激が必要なオス(ヒトの場合では男性)の場合、こういったAVに頼ることは、性的パートナーがいない時期に必須なことなのかどうか?大多数が使用経験者なのかどうか?では、それが7割なのか、8割なのか、9割なのか?という謎は残ります。Alfred Kinsey Instituteでは、そのへんを突っ込んだ研究を現在しているかもしれません。が、パブリックの私はアクセスすることができず、発表されているAbstract(学界論文の紹介記事)の中には、それに特化したものは見当たりません。

食べ物を取り入れるにしろ、なにがしかの勉強にしろ、偏ったものを多く入れることはいい影響はありません。特に、AVの中でのレイプ傾向・SM傾向には辟易するものがあります。嫌がる女性を無理やり犯すことが、大いに刺激になるオスが、実際に性的パートナーを得たときに、「ここまでならよしとするライン」を超えることが、絶対にありえないのか?という疑問がもたげます。レイプは完全なる暴力のひとつの形です。しかも、うんと歪んだ暴力です。

アメリカでは、デートレイプが注目されてからはや20年経ちます。夫婦や恋人間でも、相手が嫌がっているのに性行為を強要すればレイプが成立します。そして、その危惧は、相手が未成年だったり、もっと極端な児童だったりする場合に、さらに大きくなります。

ここには、自分と同様、他人の権利と自由を侵す要素が大いに含まれているわけです。が、10代後半から20代前半が性的ピークのオスは、性的パートナーがいなければ、こうしたAVに頼ることになり(頼らねばならぬかどうかは個人が決めることですが、コレもおそらく流行や当たり前などが横行する分野なのでしょう)、意識をしっかりせぬまま、レイプ傾向・SM傾向を植えつけられていきます。

その後、性的パートナーを得たとして、その相手にレイプやSM行為を実際にしないにしろ、心の傾向としてはどうなのか?「他人の権利と自由を犯す要素が常識」としている映像に多数・長時間、影響されてきたオスのマインドは、性的分野だけではなく、他人の情緒や考え方について、ひどくS的なのではないか?という疑いが出るわけです。

性行為を行う場合、女性が受身で男性が能動体であることは、その生理・構造において明らかです。が、さらに、心の部分までを強い傾向に流されていていいのかどうか?女性がMとしての宿命を甘受し、エスカレートしない「ここまでのライン」を打ち出すことができれば、その関係はうまく行くと思います。が、性的行為だけではなく、日常でも女性の情緒を無視したやり方をするオスは古今東西、尽きる例がないほどに多いわけです。

では、それがAVのせいなのかもしれない、と思うのはなぜなのか?やはり、生命体のメカニズムであるModeling(模倣)のメカニズムです。他人の行動を観察することによって、本人が実際に体験しなくてもその行動様式を学習すること。モデリング。→模倣学習 笑ってしまったのは、女性とおつきあいした経験が少ない男性が、AVから学んだことをしっかりなぞるようにしてしまう例を聞いたときです(笑)。たとえば、キスをするにも、どうしてもセックスをしなければならぬような舌使いを強調したキスしかできない、とか(爆)。キスにも、いろいろな種類があるにも拘わらず、AVでは濃厚に絡まりあい、エロチックさを強調したキスばかりで、それを模倣しているので、そういうキス1種類しかしないわけです。その男性とおつきあいした女性は、「言えなかった」と悲しそうに言っていました。性行為も同様な傾向があったということです。やたらと音を立てたり、体位を頻繁に変えたり、SM傾向の強い言葉を吐いたり、と、ロマンではなくエロばかりで、辟易だったと・・・。性行為にロマンがないことは、女性にとっては、「穴化・玩具化」に感じることも多いことでしょう。

が、そんな男性たちは、誰にも言われることなく、きっとAVで学習したパターンをずっと続けていくのかもしれません。よくよく考えると、ちょっと哀れ・・・・・・・・。

ポルノが暴力傾向を助長することも、他人が介在しないひとりの部屋でのひとりの行為で、嗜好がどんどんエスカレートする可能性が高いからです。フツーだと感じていたAVに飽き足らなくなり、どんどんと濃厚なもの、ハードなものを入手することは、ネットで買い物ができる昨今簡単なことです。そうなると、その視覚で学習した内容を、性的パートナーを得たときに行動に移さないとは限りません。「やめて」と言い出せないまま続けてしまうと、暴力はエスカレートします。止めるのは何倍も至難の業なのです。性的な場面でなくとも、日常生活に暴力が現れる日が来るかもしれません。心理的虐待では、言葉や視線、経済的制裁など、いろいろなことが暴力に繋がります。さらに、もっと怖いな、と思うのは、性的パートナーが得られず、見知らぬ女性をレイプするような行為に移ることです。

すべての女性がAVに否定的ではないでしょう。いっしょに見て楽しい、刺激を増やすための補助として使うことはいいことだと思います。それに、すべてのAV嗜好家男性が暴力傾向や心理的虐待傾向を強めていくわけではないでしょうし、AVで学んだことを行動に移し、模倣するわけではないでしょう。が、チャンスはどれくらいなのか?AVが生活の重きを置いてしまうのは一体どんなものなのか、と、男性のみなさま、そんな男性に恋してしまうかもしれない女性のみなさま、考えてみるのもいいかもしれません。さらにゆとりがあれば、子どもたちに与える影響についても考えていただけたら、と思います。

てか、素朴な疑問なんだけど、AVって何本くらいまでの収集が「平均値」範囲なの?教えてくださる人がいたらとてもありがたいです。

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そして刻々と事情はまた変わるのですね。

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