07/06/2006 にアップした文章です

今朝起きがけにびっくらこいたのは、母がつけているワイドショーのニュース。北朝鮮がミサイル発射したって!?おいおい、避難しなくていいのか?というのが私の最初のリアクション・・・。母は、朝ごはんを作りながら、「前にもあったもん。大丈夫だよ」とのんきに料理継続中。

うがぁぁぁぁ、私はネットの新聞だけでしか知らなかったのだけれども、みんなこんなにのんきに受け止めているのか・・・・。Charlie’s Angelesや007やMission Impossibleの効果はないのか?それとも、あれらの映画を受け止めすぎており、「どこかの秘密諜報部員が何とかしてくれてるのよね。デルタフォースとかね」なんて思っているのか・・・。

BushがDelta Forceデルタフォースなどの特別訓練部隊の出動を直接要請する、という考えにはダウト・・・。彼らの首脳陣も私から見るとそれほど頭がよさそげではないのでダウト・・・。今回の北朝鮮のミサイル発射についての介入は、ないだろな。掲示板や子どもの喧嘩で次元の低いパンチ攻撃はしない、という法則と似たように、アメリカが北朝鮮を相手にしてあげるとは思えない。Bushであっても、アメリカの世界的地位は保持しなければならない伝統だから・・・←それがいいことだと肯定しているわけじゃないですから、念のため。

私は個人ではそれなりに知的なんだけど、北朝鮮と日本の関係について、文字のみで、実感がまったくなかったため、けっこう愚民のようにパニくりましたね(爆)(爆)。しかもTVでは「4発目の発射が7時30分に確認されました」などと、現在完了進行形のような報道をしているではないですか・・・。え?4発も打ってるわけ?と、私は以前のノドン事件をあまり詳細に記憶していなかったことを不覚に思い、とりあえず3階から外を見てみたわけです。うーん、人々は駅に向かって早足でいつもの通り歩いている・・・。家の前にあるメガロス(スポーツジム)では出勤前の人々がエクササイズをしている・・・。

ひょっとして、コレってニチジョウチャメシゴトなのね??

と母に聞いてみたところ、そんな答えでした。少なくとも地震のときより、彼女は冷静であった・・・。たぶん、彼女の国際政治の知識のなさゆえではなく、TVの反応をかなり信じちゃっているというところのよう・・・。

大昔、Orson Wells(オーソン・ウェルズ;第三の男、市民ケーンなどで有名。監督・脚本も手がける怪優)が、ラジオで「火星人侵略」の様子を劇としてナレーションによる演劇を放送したのですが、人々は信じてしまい、ものすごいパニックが起きました。車を出し、町から離れようとし、火事が起きたり、交通事故が起きたのです。その逆版ですか・・・。

ミサイル発射に慣れていいんだ・・・と、私は今もまだ思っています。日本沈没の予兆があったとしても、これじゃどうなることやら・・・などと思ってしまいました。と、それを母に言ったら「なんかその映画またやるみたいだよ」とのんきにまたもや言っていました。ネットで調べてみたところ、本当だった・・・。7月15日公開です。

私が心配しているのは、真実を真実として伝えないキャスターやコメンテイターが増えていることで、事実に関してのフィルターが濃くなっており、数段階にもなっており、ニュースではなく、時事放談なわけです(見ない・読まない・聞かない選択 参照)。が、ゆえに、「マスコミのオオカミ少年化現象」が起きていることに、気づいていようが気づいていまいが、とても危険な状態なことは確かです。事実を確認できる媒体を、きちんとあなたは持っていますか?オオカミ少年をアテにしているのか、まったくアテにしていないのか、それとも・・・。スタンスは確認しておいたほうがいいようです。もしものとき、が来ないとは限りません。

つい最近も掲示板で体験したSV(セックスボランティア)について、不確実な情報をたれ流しし、それにてお金を儲けたり、人心を惑わしたりするのは社会的責任の一端を担えや、と腹を立てたところです。『セックスボランティア』という本を「読んでください。読んでから意見をしてください」と言っている書き手が、日本の障害者の団体名をしっかり明記できない。出展のソースをきちんと書けない。これが現実なんだ・・・と驚いてしまいます。

固有名詞を粗末に扱う人々が増えているのは知っていましたが、このニュース関連を報道する関係者と同様、その影響をいいことに国民全体が「わかればいいじゃん」風な表現に走っていて、本当にのんきだなぁ、と思うのです。自分の名前や他人の名前、地名などが間違われたときに、それが作る余波について考えたことはないのだろうか?固有名詞に伴う尊敬・尊重の念はないのだろうか?固有名詞さえもいじくってしまう人々の頭ってどうなってるんだろう?自分の母親の名前を間違う人はいないはず。それと同様の尊重を、どうして他人にも表せないのか?とクビをひねってしまいます。

私の中では、これはひとつの基準になっています。映画でもそうですが、原題をいやにこねくり回したり、発音に忠実ではないカタカナ明記にしたり、というのを見るたびに、私は顔をしかめてしまうのです。Da Vinci Codeを読み終わってさらにこの尊敬や尊重の欠落への確信は増しました。言葉の発生やその他、歴史の重みや多数の人々の生活の営みや想いを無視する行為なんだってことは、Da Vinci Codeでさらに確認したわけです。それによって、起きるいろいろな概念の変化にも繋がっていく・・・。

日本のマスコミのこののんきさはメンタリティと日本のこれからの歴史への杞憂をもたらします。それに乗っかるか乗っからないかは、個人の選択ですね。私は日本に戻り住んで3週間経とうとしている今、ほぼ日本のマスコミの在り方は見えてきた気がします。私は気をつけていますが、母のこのリトマス試験紙状態を見ているのがとてもおもしろい・・・。マスコミがのんきであるから、国民ものんきでいていい、という構図はあてはまりません。特に、明らかすぎる北朝鮮の国際政治感覚について、無責任なコメンテイターの意見を受け売りしているようでは・・・。

さらに私がダウトしているのは、掲示板やBlogなどに見られる意見の数々も、このようなのんきなマスコミ(新聞・TV・雑誌など)に大きく影響されているからゆえに、私にはわからないことが増えてしまうのだな、と。やっとこの臨場感・雰囲気をつかめたところです。私は馴染みませんよ(爆)。あくまで抵抗します。

愚民政策の一部なのでしょうが、自分に向かってミサイルが撃たれたら、本当のところみんなどうするんでしょう?怖いよ、と逃げ惑うのか、マスコミを信じてとりあえずは何も起こらないと祈るのか、自分以外の人々が被害に遭うのはよしとするのか、せめて選挙で投票をするのか、正確なリソースを確保するようにするのか・・・。チョイスは限りなく個人に委ねられています。マスコミののんきさと呼応してると、たぶん、愚民になりますよん。