07/12/2006 にアップした文章です。

 

けっこう多いようです。結婚式以外でも、いろいろな会やボランティア活動やその他、スピーチをざらにする機会が、いろいろな層の人々のあいだで増えています。口下手な人には、「戦慄が走る数分間」となることでしょう。

以前、ドイツでピアニストを目指していた女性とチャットで毎日のように話していました。彼女もステージフライト(Stage Fright;パフォーマンス恐怖症)があり、自分の実力を出せないことに悩んでいました。心理学的には、行動修正とセラピーの2つを組み合わせるのが、現在最も有効です。Self-Esteem(自己尊敬心)を増やすようなセラピーの内容を進め、行動そのものを変化させていく。その行動は、ピアニストであれば、ステージ前の儀式や食べ物や水分や香水、視覚的な安心感を得られるもの、などで、かなりの効果があがり、彼女はステージフライトを感じなくなりました。何か決定的なことがあれば戻ってくるかもしれませんが、私はとりあえず、ただでセラピー指南をしたことを恥じつつも、よかったな、と思っています。普段はチャット中にしかしないのです。なぜならば、私はライセンスを持っているわけでもなく、ただでこんなことを始めると、私の限られた物理的時間が減ることになります。すでにこの点は学習済みですが、彼女とはほぼ毎日およそ半年チャットをしており、その中でなら、他の誰にも聞かれていなければいいだろうと判断したためです。

自分自身はスピーチをしたことはありません。プレゼンテーションなら山ほどあるんだけどね・・・。学校で。が、ビジュアルガイドを使ってもいいプレゼンテーションとただ話すだけのスピーチは、似ているようであってもやはり質が違うのかもしれません。話す内容の幅についても、たとえば結婚式などは広すぎて何を話していいのかわからないかもしれないです。そこからが出発点の違い。

プレゼンテーションの場合は、何を話せばいいのか=目的は、しっかりそこにあり、かなり詳細なものになってハナから狭められています。評価する相手も決められている。Audience(観客)がわかっているわけです。

学校であれば、さとみちゃんや西さん、私がやってきたように、ビジュアルエイドをふんだんにポイント使いし、必要な資料はすべて入れ込めます。観客は、評価する側である教師と、クラスメイトたち。他にもたまにはお客さんがいることがありますが・・・。シンポジウムや学会などに出すような資料の翻訳はしたことがありますが、自分がプレゼンテーターになったことは、私個人はありません。私のパワーポイントスキルじゃぁまだまだだろうし、学習の余地は残っています。それでも、Jargonと呼ばれる専門知識は観客が限られる場合にはとても有効で、時間短縮だけではなく、エッセンスがきれいにまとめていけます。さとみちゃんはアート関連をやったのですが、専門用語は多く、素人が「わかったふり」をしていることはとても多いだろうことは、私のような素人でも想像できます。西さんはマーケティングのMBAを持っていますが同様です。心理学はやはり素人が最も多くわかったふりをしてしまう分野で、Jargon使いは必須です。が、スピーチはそれがなかなかできない・・・。

商売であれば、営業先の人々であり、それがコマーシャルであれば一般的にその製品が売れるであろう戦略など。エンジニアやアートデザイナーなど、ビジュアルエイドが必須な分野がありますが、スピーチも多少の幅があるにしろ、結婚式場などでのお決まりモノ以外、なかなか設備がないことは容易に想像できます。

たぶん、草稿する時点での苦悶もかなり違うのだと思われる・・・。

<プレゼンテーション>Audienceがわかっていることは前提。

学校;あきらかに好きで通っており、好きで取っている授業であることがかなりの確率で多い。

仕事;メシの種、日々の糧なので慣れや学習の強制力大。バックグラウンドを使った職業についていればなおさらのこと。

ボランティア;自分の能力や経済力などが生かせる興味のある分野をボランティアしている人が圧倒的。

<スピーチ>Audienceは主催者でもなかなか把握しづらい。参加者であればなおさら。

パーティー;種類によっては幅が狭められるが話題と言えば、パーティーの集客目的とその内容のみ?お見合いパーティーであれば、その露骨さに顔をしかめる人もあり、消極的すぎればスピーチの意味を為さない。

結婚式;老若男女を相手に、最小公約数をカバーしつつも、人々の興味がある話題を探すのはかなり難易度が高い。新婚カップルとの距離感により、仲間や内輪の話題はあるかもしれないが、それを第三者に分かるようにする話術も求められる。なぜその話題がおもしろいのかをポイントにするのはけっこうたいへん。

葬式;悲しい機会での故人を描写する長すぎないスピーチは難易度がとても高い。陳腐であれば故人への名誉を傷つけることになるのでプレッシャーも大きい。葬式のスピーチを頼まれる距離感の近い人は、大切な人を亡くしただけですでに大きく失意の中にあり、スピーチをしなければならないのは負担。

会社の会合など;この場合はインサイドジョークも使えるかもしれない。

ざらっと思いつくものだけでも羅列してみたのですが、スピーチのほうが圧倒的に「やりたくないことランキング」に入ります。聞いているはずの人が真剣に聞いているかどうかもスピーチのほうがずっと怪しく、アルコールが入るチャンスが高ければ高いほど、スピーチは草稿損になる確率も高いような気がする・・・。

西さんがワインバーのオープン時にスピーチをしたのですが、中国語と日本語の両方でした。彼は多少どもることがあり、なぜ営業をしていたのか?と初対面の人はみな首をかしげます。西さんは草稿をしたかどうか?正確な記憶にあるわけではないのですが、準備をしていたのは憶えていません。書き残していないことも確かですし、何かを読んでいないことも確かです。トイレかシャワーで考えたことを言っただけ、というのが実際のところでしょう。ワインバーのオープン挨拶ですので、内容はほぼ決まっており、特に難しいスピーチであるはずはなかったのです。店長と副首脳の林小姐もスピーチをしました。

私は、スピーチはしたことがないです。結婚式に最後に出たのは、アメリカですし、あんな場所ではトースト以外のスピーチはほぼありません。日本での結婚式に出席したのは、私が中学生くらいのときが最後かもしれません。叔母の結婚式です。弟の結婚式にも出ていませんし、友人の結婚式にもただの一度も出席していません。私の友人は結婚式を端折る人もとても多いです(笑)。気づくと「あー、去年入籍だけしたんだよね」と忘れた頃に教えてくれる人とか(爆)。お葬式は参列できなかった後悔が2つあります。が、静かな参列は何度かさせていただきました。アメリカでの最初のお葬式がヘリの教官で、その勇気ある彼だったがゆえに、Closed Casket(棺の蓋を開けない未公開)のお葬式はひどく印象に残っています。私は彼の生徒ではなく、彼といっしょに操縦したことはただの一度だけでした。が、彼は日本人女子留学生ヘリコプター部門卒業生2号になるはずだった女性を守り、いっしょに死んでゆきました。もう14年ほど前の話です。

私が今後、何かでプレゼンテーション以外のスピーチをさせられそうになったらどうするか?とまた思案してみました。スピーチは断ります。私はひどい上がり症なので、学校で手を挙げて話すたびに顔が紅潮していたほどなのです。自意識過剰だって?いやいや、学校では年齢差があることで萎縮していたという要因のほうが強かったです。18歳から25歳くらいのの天才の域にかかっているかもしれない秀才たちに、私の話が重要だと思ってもらうことはたいへんなプレッシャーでした。先生と個人的にオフィスなどで話すのはまったく緊張しないんですけどね・・・。相手への信頼感というのは私の大きなバロメータになっています。

さとみちゃんも親友の結婚式が冬にあるのですが、もしもスピーチを頼まれたら「無理」と断るそうです。類は友を呼ぶのかしら???