07/27/2006にアップした文章です。

 

今朝のニュースで見ましたが、秋田市で車上生活をしていた37歳の男性が、抗議の自殺を、市役所の駐車場でしていたとのこと。

http://www.sakigake.jp/servlet/SKNEWS.News.kiji?InputKIJICODE=20060725b

TVでのニュース報道の仕方は、相変わらず私が難癖をつけたくなるようなものではあったのですが、「なぜ?」と、経済的に豊かになったはずの日本が、まずます心が貧しくなっていく現状を、またまた見せ付けられた想いでした。秋田だけではなく、北九州でもそんな事件で餓死した男性がいたニュースを見た矢先です。

秋田では、2年間も車上生活をしていた男性は睡眠障害を患っており、さらに悪循環に抵抗するため、打ち切られた健康保険を国民保険に切り替え、それだけは支払い、治療は受けていたわけです。それを評価せず、暫時的な補助金も出せない市の制度や国のガイドラインとは一体何なのか?どうしてひとつひとつのケースについて調査するケースワーカーをつけていないのか、なども謎が残ります。

そもそも、生活保護を受けるほどのレベルになるまでの人たちの、身体的状況や精神的状況などをまったく考えていないところに、最初で、最大の矛盾を感じます。彼らに家族がおり、親身になってくれる友人がいるという前提はどこから来るのでしょうか?核家族化が進んで教科書に載ってから、すでに30年が経っているわけです。市役所であろうがどこであろうが、公の仕事を担っている機関で、孤独死や貧富の差や教育・教養の差が明らかに出てきた現状を把握していないわけがありません。していないなら辞めてください。閉鎖しましょう。ないないない尽くしの状態で、あるのは苦痛や苦労だけの状態で、恥ずかしさを堪えて生活保護の窓口まで行ける人たちが、一体何パーセントだという予測を立てているのでしょうか?ここのところ、全国各地の市役所の窓口でアンケートしてみたいところです。「あなたは何様なの?」「あなただったら窓口にどんな顔で赴いて、どんな説明をして、どんな気分になるの?」と。

しかも、この秋田の男性は、2度に渡り、生活保護申請を却下されていたわけです。彼が持ちえるエネルギーや知恵の中では、できることはすべてやったのだと、私には思えます。市民団体にも通った。車上生活でアルバイトもした。医者にも通って治療は続けた。調べ物をしっかりして生活保護の窓口にも行った。なのにコレですか・・・。「出した査定の結論は間違っていたとは思っていません。(年齢が37歳と若く)人生がこれからある人なので残念です」という、秋田市役所の部長のコメントがVTRで流れていました。判例を作るのがそんなに怖いの?暫時的処理はできなかったの?制度そのものを見つめ直し、ケースワーカーをつけて調査することは考えも及ばないの?自分の親や親戚、子どもが同じ状況でも同じ結論を出したの?死んじゃったあと取り憑かれる心配はしてない?明らかに無念だと思うもん。

精神病と分類される障害には、一時的なものも多く、完全治癒が期待されるものがあり、それが生活保護の対象にならないのは、恐ろしく理不尽です。国や県や市や群がまかないきれないのであれば、会社などに義務づける条例を設ければいいのです。会社で与えた期間の中で治らないものに関しては、その後、市役所やその他の窓口で使える、その重軽度さがきちんと査定できるドキュメント(書類や証拠)ができあがることになります。

あ、忘れてた・・・。生活保護法です。http://www.houko.com/00/01/S25/144.HTM

老齢者であっても同様です。老齢であるから生活保護を受けたいと言っているわけじゃないのですよ。最低限の保障をしてくれるはずの国に対して、「この状態を何とかしてくれ」と言っているわけです。確かに詐欺まがいのことをする人は何パーセントかいるでしょう。そのために民生委員がいるのではないですか?

こんなステキな情報満載のWebを見つけました。http://www.seiho110.org/

ポイントは「自分でできることはすべてやったけど、やっぱり生活が苦しい」ってことでしょう。それをわからない人々が政治に携わって決断をすることに、そもそも無理がある。天涯孤独な人もいれば、家族がいても扶養してもらえない事情もある。条件付では格差を生むのであれば、福祉じゃぁないわけです。

福祉:〔「し」は「祉(ち)」の慣用音。「祉」は幸福の意〕幸福。特に、社会の構成員に等しくもたらされるべき幸福。

さらに、ニュースでは睡眠障害について触れていました。どこから文献を引っ張り出してきたのか知りませんが、そのシリアスさについてや治療法や原因については杜撰でした。改めてネットで睡眠薬について調べてみましたが、「副作用はない」と断言できている医師はおらず、「副作用は昔に比べて減った」程度に留まっています。が、薬の飲み方やそもそもの知識を与えず、あんなにも睡眠薬を与えている問題点は、睡眠障害だけではなく、うつ病などでも顕著に出ていると私個人は思います。すぐに投薬療法のみに頼るのは、ラクな方法取りを他のいろいろな分野でも馴化させているだけのことに繋がります。なぜ眠れないのか、なぜ気分がふさぐのか、なぜ?を抜きにして治療法もへったくれもないもんだ・・・。しかもね、ドラッグはドラッグなんだよ・・・。今、アメリカの子どもがイチバン濫用しているのは、Over the Counter Drugs(市販の薬)なわけです。問題なく手に入れることができて、量の調節がかなり自由に効くからです。副作用も覚せい剤類に比べればうんと低い。薬の質がわかりつつドラッグ中毒をしている人はかなり割合としては少ないとは考えますが、私は日本人で慢性や長期の持病を投薬療法のみで治そうとしている人々の中に、依存症の人は多いと思っています。ものすごいスケールのリサーチは展開できないにしろ・・・。

が、どうであれ、精神病に分類される病気は、外見から見て特に異常を認められず、理解を得がたいことは確かです。かかったことがない人にはその痛みはなかなかわからないのは、ごく自然なことなのかもしれません。が、自然の摂理の理不尽な部分には抵抗し、知性を駆使してこそ、ヒトがヒトたる使命を担えるのですから、理解し共感し、さらにそれを行動に移して結果を変えていかねばなりません。

生活保護を受けられなかった男性が、21世紀のこの時代、飽食の時代に餓死したことについても、胸を痛めず、見なかったふりをし、よそで浪費三昧をしていていいのかな、と思えます。私が基本的に質素なのは、貧乏育ちだったせいが主ですが、やはり自分だけが贅沢しているわけにはいかないと、身を引き締める想いが強いことも確かです。ええ、質素に暮らしています♪それは自分が天国の階段をのちのち一気に駆け上がるためであり、他の誰のためでもありません。その天国の階段の上で誰に出会えるのかを楽しみにしつつ、いろいろなことをやっているわけです。

生活保護を受けられるものであれば受けたい人は山ほどいるのかもしれません。が、本当に戦中・戦後のようなギリギリ状態で暮らしている人たちはその中のいくばくなのか。その厳しすぎる目が、今回のような悲惨なケースを生んでいるのであると思います。確かに比較のメンタリティではそうなってしまうのかもしれないです。が、人はみなその人の限界を問われて然りです。世間の限界まで到達しなければ切り捨てるような、弱肉強食ではないはずです。生活保護が受けられない人のために、贅沢の限りを続けている一部のお金持ちの皆様は、しっかり寄付をしていただきたいものです。