08/01/2006にアップした文章です。

 

昨日1日(7月29日)での水辺での水難事故の数値はすごいものがありました。死亡者が15人、行方不明者が5人、だったとか>局によって統計が多少違うのはどうしてなのかはちと謎。ご冥福を祈ると同時に、不明者が1分でも早く発見されることを祈ります。

が、この数字がすごいのかどうかは、見る人の観点によるものなのかもしれないです。1日にこれだけの数字になったのは珍しいことなのでしょうが、時期的には符号します。夏休みが始まっての最初の週末の土曜日(地域によってバラバラなのかもしれませんが、夏休み開始は7月25.6日が多いはず)で、家族で水辺に出かけた人が多いのでしょう。

私が思うに、1億3千万強のうち、赤ちゃんや老人はそもそも泳がない人口がいくばくかあるとして、人々が日々水難事故に遭わないことのほうが、かなりすばらしいことのような気がします。アメリカで乳児殺害の罪に問われてしまったお母さんがいました。バケツ一杯ぽっちの水で溺死はありえるか?論争でした。はい、乳幼児は洗面器の水でも溺死します。幸いにも科学的に証明したことで、彼女は無罪になったのですが、自分の子どもを失ったどん底のつらい時期に、自分がその子を殺したなどと冤罪で裁判にかけられるのは想像しかねる苦悩です。

毎日「顔を洗い、お風呂に入り」を繰り返している私たちが、水難事故に遭わないのは、かなりすごいことなのか?「そんなのあったりまえじゃーん!」なのか?

事故が起きる場所はどこが最も多いのか?死に至る確率は無視し、単純に起きる件数がイチバン多いのは家庭です。殺人も含みますし、転落や火事、DV(Domestic Violence)や自殺なども含みます。

泳ぐ時期が夏と相場が決まってはいるものの、屋内プールなども増えました。さらに泳がずともアクアサイズをやっているジムなどはあります。日本人は浸かるためのお風呂が大好きです。川に入らずとも転落することはあるだろうし、シュミのスキューバダイビングも増えました。サーフィンやウィンドサーフィンも盛んです。魚釣りも川だけではなく、実際に船を出し、海にも出かける人は多いはず(釣りバカ日誌で見た程度の知恵なんだけども・・・笑)。

それにしては少ないよね、と思うのは私だけなのかもしれません。みんなが水にはそこそこ日々触れているのに。これが統計です。http://www.hokkaido.jrc.or.jp/n_toukei/ws/H12/16koui.htm

この数字によると、昨日は1日で1.4%をクリアしてしまったことになります。季節としては一般的に夏に水難自己が多い、に重きがあるにしろ、平均すると1日3人が水難死に至る確率なのですが、5倍というのはやはりすごいことなのかもしれません。が次の統計によると1日6人計算です(3ヶ月=92日が事故数の半数を占めるため)。ですから、2.5倍、250%なので、多かったのかもしれません。http://www.hokkaido.jrc.or.jp/n_toukei/ws/H12/13kaki.htmコレが夏季の死に至る事故の統計。だいたい半数を3ヶ月でクリアしているところに注目。が、お仕事に従事していたり、レジャーで季節に関係なくスポーツを楽しんでいる分母人口を考えると、やはり私には少ないように思えるわけです。この統計には、仕事に従事している人々の海難事故や水難事故は含まれていません。

(ここまで読んで、よくもまぁ、こんな統計を見つけてそれについていろいろ考えてるなぁ、暇だなぁ、という感想をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。が、老齢になって笑うのは私だと思うんだよね・・・(笑)。何でも考えるのはプラスだと思うのです。感情をどうくっつけていくのかは、個体によります)

そして、ここでも強調したいのですが、死に至ってしまう事故や事件があっても、犯人探しがメインテーマなわけではないわけです。警察やその他の機関としては、徹底的に調べるのが仕事ですし、役割ですが、私たち個人にとっては、その資料を元にどう物事を考えるか?が問われるわけです。誰が悪かったなどという陳腐な感想は聞きたくありません。人間、犯人探しをしているところで止まってしまってはいかんのよ・・・。

せめてできることは、水難事故に遭わないための準備。

金槌でいいわけがないということは、生存率を高くするためです。未就学であれば仕方が無いことなのかもしれませんが、学校に上がったあとは、やはり最低限程度に泳ぎ、呼吸をすることはマスターしたほうがいいのだろうと思います。水が怖いことは、高所恐怖症などに代表されるフォビア(Phobia)で、行動修正とセラピーで治せる確率はうんと高くなっています。

私の周りに、気づいて話題にしたことがある金槌はいません。まったく泳げない人の生活について、私は残念ながら想像するしかないのですが、洗顔をしたり頭からシャンプーを濯いだり、などが恐怖ではないのであれば、泳ぐまではもう一歩のような気がしてしまうのです。高いところへエレベーターで登るよりはハードルが低い・解決策の数はたくさんある、というのは、暴力的で安易に聴こえるでしょうか?潜水で25m泳げるようになる、などのように段階的な先の先を狙うのではなく、本当にシンプルに「水の中に入り呼吸をし、生き延びる」と「溺れたときの知恵を身につける」だけでいいわけです。その先、泳ぐことが楽しくなれば、その後ぜひぜひがんばっていただきたいです(西さんはイルカターンができるまでやりましたが・・・)。

水を飲む・水で顔や身体を洗うという日常にある水と、泳ぐ水を別個に考えないようにするためには、方法があります。それがセラピーの恩恵で、実際に行動修正をそれに伴いすれば、段階的にどんどん治る確率は高くなっていきます。人間が高いところに上るようになってからはそれほど歴史は深くありません。せいぜい山登り程度が関の山で、飛行機ができたりビル群が登場したのはつい最近のことです。なので、生活の密着度という観点からも、泳げるようになるほうが容易いわけです。本人がその気になることが大切ですので、無理強いはいけませんが、恐怖症になるほど水がイヤでなければ、幼い頃に習得してしまうのがいいことでしょう。大人になっていても泳げない人は、やはり考えたほうがいいかもしれません。

こんなふうにがんばっている方々がいます。http://hts.nagaokaut.ac.jp/survival/surindex.htm 着衣法という水泳の方法を推進させているのですが、コレを一度でも経験しているかどうかで、いざというときの対処法が違うことは言うまでもありません。泳げる人であってもこれは体験したことが少ないのではないかと思うのです。私は、試しにやってみたことはありますよ・・・。引きずられるように重くなるのです。

それから、親御さんや保護者は、http://www.jrc.or.jp/safety/kinkyu/ これくらいは知識として身につけておいたほうがいいと思います。アメリカではアダルトスクールにてこの授業があります。日本でも市や区や町単位での、おそらく消防関係の機関でやっていると思うのです。気づいたら受けてみてくださいね。ためになる上に、けっこう楽しい(私は消防士フェチなところあり・・・;前エッセイ You Go, We Go参照)。

自衛の中には、こうしたサバイバルも含まれるのですが、現代人はまったく意識していないところがあるのかもしれません。防げるものは極力防いで暮らしていきたいものです。

 

DSC_0128