08/04/2006にアップした文章です。

 

昨日8月2日の夜、やはり私は釘付けになって世界戦を見てしまいました。が、しかし、今晩から4日続けて全英女子ゴルフがあるではないですか・・・。また眠れないよぉ・・・。昨日のボクシングの試合判定は、物議を醸し出しており、いろいろな人がいろいろなことを各所で書いていますし、話しています。詳しいボクシング内容について、私は素人の域を出ないので触れませんが、別のことについて書きたいと思います。

夕べの時点からニュースは問題を取り上げていました。事実や世論をリサーチ・把握し、調整機能までもを備え持っているマスコミ各社に従事する大人、さらに雇われて媒体を通して話す公人の方々に、今回もどれだけ呆れさせていただいたことか・・・。そしてそのマスコミを見たり聞いたりする大人たちにも、今回は感じ考えることがたくさんありました。ボクシングというスポーツの大きなイベントを通して学んだことで、ボクシングそのものへの感想ではありません。

いつから日本は変わったのでしょうか?私が人々から躾けられ、監視され、後世にも伝えていくようにと教わり、現在ではいいことだと思い実行していることに、「まず挨拶をし、人をいたわり、尊重する」という行為があります。当然、気持ちが入ることが理想ですが、いつも気持ちが伴うことは難しい。が、大人になって私は気持ちを伴わない空っぽな挨拶やいたわりや尊重は、ほぼしません。仕事でも同じです。どんなに怒りを伴おうが、どんなに虚しかろうが、相手との意見が違うことはあります。が、他者にきちんと挨拶をし、いたわり尊重する気持ちは常に持っています。

たとえ見る側にいる自分の納得が行こうが行くまいが、まずは当事者である勝者には「おめでとう」ですし、敗者には「残念でした(等)」が言えないものなのでしょうか?1秒1分や一言一行がお金という考え方なのか?見出しのセンセーショナリズムも批判や皮肉がたっぷりです。こけおどしやユーモアや批判だけで人々の心を揺れ動かし操作しようという意図があるのだろうか?と、ここで世論調整疑惑がもたげてくるわけです。以前、校長センセがコメントで書いていらした「局による特色の違い」などもボクシングの大きなイベント報道でも出てきます。放映権を独占しているTBS系列とその他にはニュアンスの差があり、各局との係わり合いを持つタレントやコメンテーターの意見や物腰には差が出ます。自分のサバイバルを考えるのは大切よ。本当にソレは優先順位が高いです。が、そのあと、ゆとりのある大人たちが、寄って集って19歳の青年をコケ落としにかかるのはなぜなのか、という動機を伺いたいものです。本当に亀田興毅選手と兄に続く兄弟たちとその将来を心配しているのであれば、彼や彼の家族が聞けるような言い方があるではないですか・・・。そこで押し付けがまた横行するわけですよね・・・。「なぜあなたが正しいのか、きちんと説明してみろよ」と。

彼らの人生ではないですか。それに寄って集って、ハイエナのようにお金を稼いでいる人々は恥を知らねばならぬことでしょう。マスコミ各社や関係者の方々の中で、ボクシングそのものや内容以前に、ご自分たちの態度をしっかり踏まえている方々の意見だけを、私は今後聞いていこうとますます思いました。まずは「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」ではないのでしょうか?スポーツを引退してコメンテーターをしている人たちの中でさえも、「試合直後、判定のときの態度が悪い」「あの発言はなんだ!」という批判もありました。が、1R3分間の12Rを打ち抜いた19歳の青年の言動に100%責任を持たせることが果たしてできますか?しかも、彼は階級をひとつ下げて5キロの減量をしていたわけです。お金を取って仕事をしているならご存知よね?と伺いたいものです。「あなたは5キロの減量が簡単にでき、心や行動に変化なく、12R戦いぬいたあときちんと受け答えができますか?」と。そういう意味でも、敗者の敗者たるコメントにも私は「そうか、こう言ったのか・・・」と思った程度で、今は何の感想も特にありません。亀田興毅選手がTVに続々と生出演していることも、彼のこれまでの経緯を調べて読んで見た限りにおいては理解できます。ものすごい貧乏だったんだよね・・・。弱小ジムから協栄に移った事情があるんだよね・・・。パチンコの京樂がメインスポンサーなんだよね・・・。それらに意味があることでしょうし、その詳しい事情は当事者にしかわからないことでしょう。私がとやかく言えることではなく、「試合が終わってすぐに生中継でインタビューを受け(TBS午後0時頃)何時に寝たのかな。なのに、もう6時にはTBSに居たのか・・・」と、睡眠時間や体調回復を心配してしまいました・・・。

いいでしょうか?他人の人生や意見について批判することでメシの種であるお金を稼いでいる人々は、あくまで「他人のふんどしで相撲を取っている」という自覚と謙虚さが必要なのよ・・・。それがその手の仕事の質なのです。そのふたつがない人はそういう職業に就いている状態をやめましょう。受け手のほうも、そういう人の意見に耳を傾けて鵜呑みにするのはやめましょう。

そして今回も強く言いたいのは、このような風潮は子どもたちが真似するのよ。大人として後世に伝える物事で、亀田選手とその一家がプレゼンしていることよりも、マスコミ全体の体質のほうがずっとずっとずーっと危ねーだろ・・・、と思うんだが・・・。http://www.propellershaft.net/psycho/l7.htm 

私が今回驚いたのは、仕事でも何でもない人々、ファンと自称する人々のインターネット等での反応です。試合を見てどう感じ考えるのかは、個人の自由ですが、なぜ自分が勝手に好きになったスポーツ選手に対して自分の感情や意見を押し付けるわけですか?そりゃ、芸能人であろうがスポーツ選手であろうが、ファンに支えられて商売が成り立つことは紛れも無い事実です。が、ファンのほうが「お客様は神様です」などと勝手な押し付けはいかんですよ。そういう気持ちがエスカレートしたものが、パパラッチなどが起こす事件や訴訟で、ひどいものでは暴力や死傷に至ります。ダイアナ妃が亡くなったことに憤りを感じている人々が、なぜ似たような行為を、亀田興毅選手にしようとするわけなのかしら?暴力じゃないからいいのだ、という屁理屈でしょうか?心の底を汲み汲みと流れている甘ったれたヒーローに対する依頼心や覗き見的な興味やその他は同じでしょう。「人としてこうありたい」を選び決め実現していくのは、誰であっても本人のみです。ファンであろうが、いくら時間やお金を費やしていようが、誰かが決めていいことではありません。なんだか誤解してないか?と思うわけです。

挙句の果てに、トンチンカンな人たちがいるんだよなぁ・・・。「ベネズエラ(大使館や関係者)に手紙を書きました」「日本人は汚いと亀田のせいでベネズエラ全体から嫌われる」などなどの不思議な意見・・・。19歳の青年に、どうして日本全体を背負わせるんだよ・・・・。どこからそんなわからない理屈が出てくるんだ?大勢が行くアメリカやヨーロッパやアジアで旅行するときに、みんな自分のことを日本代表選手だと思って立派な振る舞いをしてるのか?オリンピック選手に対しても日本を背負わせているのか?そうじゃないでしょ・・・。アジアで好き勝手に買春しているおっさんたちたくさんいるじゃない・・・。冗談じゃない。私は彼らを代表選手などとは思ってないし、留学生たちを見てもいろいろな人たちがいて、彼らに自由や権利があることをわかっているから、自分の意見や理想像なんて押し付けないよ・・・。

「ボクシングの神聖さを汚した」というコメントもありました。ボクシングが神聖なものだという概念のほうがずっとヤバイよね。http://www.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=31174&log=20060803 私はこの人がどんなにすごくて偉い人なのか知りません。国を代表させているし、19歳の青年をマスコミの政治的動きに絡め取っているように見えます。ボクシングを愛しているという名の下に、倫理や価値観という言葉もありますが、倫理や価値観は場所によって違うだろう・・・(汗)。清濁がない物事などこの世にはないのよ・・・。それがわからないでマスコミ関連者の位置にいることのほうがずっとホラーだ・・・。私の大好きなアイスホッケーも真のスポーツマンだけが集っているわけではないし、八百長だってそりゃ実在するでしょ。Pete Rose事件もまだまだ記憶に留まってるし・・・。Mike Tysonが絶好調のときには、この『真のボクシングを愛するファン』は何て言ってたのかしら?遡って調べてみたいです。どうせ、波に乗ってて、落ち目になったらぽいっと捨てたんだよね?

『あしたのジョー』『はじめの一歩』『がんばれ元気』などボクシングを描いたマンガもたくさんありました。恋愛にしろ、他のスポーツにしろ、音楽にしろ、映画にしろ、マスコミが扱うものには要注意だよ。亀田一家が切り揉みされてどのようになろうが、彼らもリスクを背負っているのだし、それは彼らの選択だから私には何も言えない。ただ、夢は見させてもらって感謝しています。今後どうなっていくのか続けて見させてもらえるならば、私には特に文句は何もないよ。国民総愚民政策は進んでいるようで、私までこのようなエッセイを書いてしまい、ヤバイかもしれないです(爆)。冒されないで自分の意見をしっかり持ち続けていけるようにしよっと。