08/19/2006 にアップした文章です。

 

日本の新聞はネットでしか読んでいないのですが、日々どんなマスコミでもカバーしているものではなく、ちょっとした小さな統計や、7割の人々の中でどれくらいが興味を持つのかな?とはっきりしない出来事を取り上げているものは、私にとってはけっこう興味の対象です。なぜならば、私がおそらくμに位置していないからなのでしょう。

さて、今日注目した記事はコレ;

http://www.sankei.co.jp/news/060815/sha001.htm 「新人看護師、離職「3年以内」が63%」という見出しなのですが、よく読んでみるとこれは数字のマジックを使ってあり、表かグラフを出さないといかんじゃないか!と怒りたい内容です。職場を離れることと離職(職種や業務そのものを離れること)がごっちゃになって書いてあることに気づきます。本文の中には63%という数字は一度も出てこない。「新人看護士」が分母になっているはずなのですが、全体的数値を出さずに、ナマの資料を持っている人が抜書きしたものは、私はあまり信じないことにしているわけです。そこで、日本看護協会のサイトに行って見てみると、テクニカルな問題でアクセスできない、となりました。1時間後にまたトライしたのですが同じ結果。あまりに重いサイトなのか、私がアメリカに居るからなのか・・・。この謎を解きたいと思う心はそれほどに募っていないので、後日でもいいか・・・。

が、この新人看護士の離職傾向はあながち嘘っぱちではないのではないかと思うに至ります。私の大学の心理学部副学部長を経て学部長になり、さらに文理学部の学部長などを経ているChristina Maslach, PhDが1980年代に発表した内容なのですが、どんどん進化し、MBI(Maslach Burnout Inventory;燃え尽き症候群指標テスト)が出来上がっており、世界各地の病院などで使われています。Burnout;燃え尽き症候群については、性格やモノの考え方など心理的な部分との葛藤があり、感情移入をしやすい傾向などがあると、看護士や医師、ケアテーカーなどの仕事には向きにくい、燃え尽きやすい、自己の日常生活に支障をきたすなどのマイナス効果をもたらしてしまうことが解説してあります。

せっかく数年の訓練を経て手に職をつけたのですから、看護士や医師などはなかなか離職しにくいものです。なので、実際に職に就いてから葛藤が起きると、職場を変えてみたり、休憩を取ったりしますが、実際の原因の根っこは自分の自分性にあることに気づけません。あるいは気づいても信じない状態が続きます。

そして、「続かない・続けられない」に至る前に、身も根も尽き果てるほどに燃え尽きてしまう人もたくさん出てきます。心理的にある程度の壁(Threshold;閨域)が高い場合には、慢性的な寝不足や鬱状態になるまで自分を放置し、仕事に従事します。自分よりもニーズが高い人に奉仕してしまうわけです。が、その壁が低い人は、わりと思い切りよく離職したり、職場を変えてみたりできるわけです。

なので、看護士の離職傾向についてはそれほど論理が通らないわけではないのでした。

昨今、どんな求職誌にもサイトにもヘルパーがもてはやされている傾向が見られますが、ヘルパーの資格は50時間から130時間ほどの講習と実技で試験が受けられます。それに比べて看護士は3年以上の専門的な訓練を経ています。医師に至ればさらに長い。なかなか辞めることはできません。それだけの時間とお金と情熱を投資してきたわけですから。

同時に過労死が常識になってからずいぶんと時間が経ちます。燃え尽き症候群の中にも多少職種に関与なく取り上げられる要因が含まれていますが、あらゆる職種にピンポイントできるようにはなっていません。が、どんな職種であっても「共感能力」は多少必要で、部下や上司や仲間のことを考えるとイヤとは言えない、どこが自分の限界か、をしっかり見極められない事態は出てきます。

自分が「続かない・続けられない」のラインをしっかり把握していないと、健康を崩し、精神生活がボロボロになるのですが、たくさんのノイズによって自分の身体の声を聞くことがしにくい状態なのが、現代人の最大の弱点なのでしょう。日本人の美徳としても、物事を続ける忍耐力というのは大きなものです。

が、その逆側に、簡単に「続かない・続けられない」の領域を、ハードルを低く設定する人たちが増えているのも確かです。アメリカの収入グラフと同様な動き(貧富の差が激しい;金持ちの人口は少なく、が、所持しているお金は大きい)になってくるのではないか、と私がひとりで危惧していても仕方ないのですが・・・。

私も手に職をつけました。パイロットになるために2年半もの年月を費やし、生活費も含め、およそ600万のお金を掛けたはずなのです。が、あっさり断念しました。「続かない・続けられない」を自分で見極めたからです。男性天国の文化の中、たくさんのハラスメントがあり、心理的苦痛を引き受けるほど、エントリーレベルはたやすいものではなかったわけです。10年以上経った今、事情は少しよくなりました。技術や能力としての適正は確かに私にはあったのです。うぬぼれなどではなくそう査定しています。が、性格的に無理でした。少し軍隊式な従順が求められたりする場面も多く、性差別を感じる場面が多く、さらに給料が安すぎるエントリーレベルに、私が耐えられるわけがないと判断しました。そして大学に戻ることになるわけです。私はあそこで思い切ってよかった、と、心から思えています。もしもマグロ漁船の探知機を載せる仕事を引き受けていたら・・・・。冬の海の男たち数十人に囲まれて3ヶ月暮らすのは、精神的なだけではなく、安全に対する恐怖も生まれます。冬の海が怖いこともありますし、天候が常にいいわけではないこと、荒くれ男たちとの飲酒がどんなハプニングをもたらすかわからない、などなど、本当にいろいろ考えたわけです。教官の仕事も同様でした。今となっては、やらなかったことに対して「どうなっていたか」は語っても不確かで結果は得られません。が、私個人はこの選択がよかったものと信じています。

「続かない・続けられない」を言うことはたいへんです。特にたくさんの時間やお金や情熱を費やしたものに対しては。離婚などがそのいい例です。仕事も同様ですし、住んだ土地を離れることも同じです。が、無理はいつか破綻を迎えます。身体がボロボロになるまで我慢することはないのに、どうしても我慢してしまう人たちは、本来優しくて褒められていい人々であるはずなのに、なじられることを恐れています。去る勇気は誰でも持っていたほうがいい。自分を取り返しがつかないところまで追い込んでいるのは、他人や周りではなく、結局は自分なわけです。弁護士や医者の資格を持っていながらも、実際にはそれでメシを食っていない人を、私は何人か見てきました。それだけの勉強を何年もした人々は、他の何をやってもそれなりにうまくやっています。お金を稼ぐことだけが倖せでもなく、まず、基本となるのは自分の健康です。少し休憩をしたら、また資格を取った仕事など続けられるかもしれないです。離婚に至らずとも別居で何とか問題を解決できるケースがあるように・・・。

続かない-これは多少自分に非がある部分も大きいのかもしれません。が、続けられない-身体と心の限界は、ぜひぜひ知りましょう。あなたが居なくなったり、本来のあなたでなくなってしまったら、悲しむ人がいるのですから。