08/20/2006にアップした文章です。

 

アメリカに戻ってきてから見るコメディは、たいてい、ハッピーエンディングの中にお金を得る要素が入っており、ここのところまたお金の効力について考えています。はい、私は貧乏育ちのせいなのか、お金に対する憧れは強いです。が、金離れも恐ろしいほどよく、さっさかお金を使ってしまい、貯まらない体質なのだと思われます。なので、堅実に見える西さんがそばにいることはとてもいいことなのだと、ここでも改めて割れ鍋に綴じ蓋(破れ鍋にもふさわしい蓋があるように、どんな人にも相応の配偶者があること。また、配偶者は身分相応の者がよいことのたとえ)なのだなぁ、と笑っているところです。それほど計算尽くしをしたわけではないにしろ、共通点よりも相違点に歓べたことでいいことが重なっている感じ?

私の好きなロマンチックコメディ映画に Blast From the Pastがあるのですが、邦題がすごかった・・・。Blastは60年代ケネディ時代に恐れられていたロシアの核を避けるためのシェルター作りに励んでいた時代背景を語るもので、邦題の「タイムトラベラー;きのうから来た恋人」はちょっと的外れでしょね。http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=85356 

1999年の古い映画だし、B級なのでネタバレです。天才学者だったCal Tech(Bill Gatesなどが卒業した、今アメリカで最も入り難い大学)教授を引退した父親は、60年代に核が落ちることを心配し、自分の能力を駆使して自宅の下にシェルターを作ります。彼の計算によると核汚染が消えるのは35年後。出て行きたい誘惑に駆られるのを計算し、オートロックにします。妊娠していた妻は、シェルターに入ったあと、すぐに出産します。なぜ核が落ちたと勘違いするのか?ただの飛行機クラッシュだったのですが、映画なので彼らの家に落ちてしまうのです。すごい熱と爆音を誤解し、家族はそのまま35年もの長い歳月をシェルターで暮らします。そこから細かくいろいろおかしなことが起きるのですが、最初ではベースボールカード、最後には35年以上前に購入した株券のおかげで、彼らは倖せに暮らすわけです。Christopher Walkenのコメディはおもしろいので、見たことがない人はぜひぜひコレからどうぞ♪

当然、Cal Techの教授だった父親の再就職は、社会適応さえできればすぐに見つかることでしょう。さらに、その父親に育てられた息子もいい就職ができることでしょう。が、いかんせんコメディです。しかも、父親の注意深い性格を見れば、株券の3つや4つ持っていてもなんら不思議はないわけです。結果的にはものすごいお金持ちになるというエンディングなのですが、それは本筋ではありません。

Milk Moneyにしても(前エッセイ;Is there a place you can touch on a woman that will make her go completely crazy?)大金が最後に手に入りますし、Twins(シュワルツネッガーとDanny DeVitoがなぜか双子)もそうですし、Erin Brocovichも一生懸命に働く母子家庭の女性が最後には大金を得ます。もっとすごいのがOceansシリーズで、1・2のあと目下3が作られています。意図的に盗むわけですからものすごい大金が入るわけです。ハリウッド映画では、最後にはお金を得ることが、倖せのひとつの形になっているものは多い。お金ではなくてもお金を得る方法を確保するというものも多いのです。Steve Martin&Eddie MurphyのBowfingerは典型で、ハリウッド映画を作る人の夢のようなストーリーです。でも細かいところがおもしろいんだよねぇ・・・。

母の名句の中に、「愛がありさえすれば貧しくても生きていける、なんていうのは嘘っぱちだ」というのがありますが、私もそれには賛成します。食べるものもなく家賃も払えなければ、愛は壊れていくものなのよ・・・。それでもやっていける強い人たちはなかなかいない。生活保護を受けていて自分を誇り続けられる人々はなかなかいないです。当然、近代になり、お金によって得られるものの数は多くなってきたので、その分、人の心が目減りしてきたような言われ方を多くされていますが、実際問題として、そのバランスを取れる人はお金持ちのほうが多いのではないか?とも思える昨今の私なのです。

商売を始めてみて思うのは、大企業と中小企業と零細企業の差で、歴然と資本金が多いほうがいろいろな仕事ができる。可能性を模索しきれるわけです。私が考える「自分も儲けて世の中の役に立つ商売」はたくさんアイディアとしてはあるのですが、なにせ資本金がかかりすぎる。西さんにはいつも「もっと地道なところから始めないとね」と言われて、将来のための棚に乗せられてしまい、その日が来るのを待っている状態のプロジェクトがたくさんあります。ひとつ、大企業をスポンサーや資本家にしてプロジェクトを進める手もあるのですが、弊社の意志をきっちり反映することが難しいというところがミソです。やはり大企業になると、利益率がシビアで、弊社のようにすずめの涙ほどの利益では納得してくれません。

いやー、昨日ひらめいたすごいアイディアをまだ練っており、企画書を書き始めたところなのですが、コレを考えるとキリがないわけなのよ・・・。ああああ、2千万くらいの遊び金があったらなぁ、と思えてしまうわけです。すこぶる世の中にいいことができるのになぁ、と。でも、市民団体やNPOのようなことでもなく、しっかり企業として存続できる仕事にできるのに、と。

私は子どもの頃に遊んでばかりいてよかったな、と特に子どもの頃にできなかったことについて後悔はしていないのです。読書と遊び、コレだけやっていればあとはどうにかなる、と父親が言ってくれたことを堅く堅く信じていたこともあり、その父親を信じるために、それなりの躾だったのか生きる術だったのかは学んできました。が、習い事をさせる親たちの理由の中に、「どれが本人にあっているものかわからないのだから、その適正を見つけるためにも習い事はどんどんさせたほうがいい」という尤もらしいものがあります。逆に言うと、何かひとつ、あるいはいくつかのことをしたら、かなり早い時期に「それはダメだ」「コレがいいと選んで他の可能性を諦める」という理屈もまかり通るのですが、そんな親たちには聞く耳はないのかもしれません。確かにスポーツは、小さい頃からやったほうがいいものが多いです。が、失う物事や時間もたくさんあるのでしょう。

習い事をするには、教育費という分類のお金がかかります。その送り迎えをするためには、母親は仕事ができないかもしれません。そのために余計に父親が働かねばならぬことでしょうし、ある意味、母親の人生・やりたいことを犠牲にするのかもしれません。お金があれば、Nannyやシッターを雇って送り迎えもできるわけです。

習い事を実際に始めたとしても、いい器具を使えるかどうかはやはりお金の持ち具合に拠ったりします。アイスホッケーなどはその典型で、(私の)Joeは寄付の中古を最初の頃ずっと使っていました。ジュニア選抜メンバーになるまで、彼は新品を使うことはほとんどなかったと語っています。それでもあのように秀逸な技術を身につけられる人間もいれば、天才の域に入らない人にとってお金は効力を発揮するのかもしれません。

が、逆に考えるに、Joeの場合はお金に恵まれなかったからこそ、ああいうExtraordinary Joeになれたのかもしれず、やはりコレもケースバイケースなのでしょうか・・・。少なくともJoeの生い立ちでは、昨今流行の引きこもりやニートにはなれる状況ではなかったわけです。私もバイトを失って2ヶ月遊んだことがありますが、それ以上は無理でした。バイクと車とそれらのローンに追われていた身の21歳でしたから。

Bill Gatesやその他の一部のお金持ちのように、いいお金の使い方をしている人々を見ると、お金がないよりはずっとゆとりがあるように見えます。お金は心意気がある人にはあったほうがいいのでしょう。が、お金がないために殺人をするバカはこの世に絶えません。保険金殺人の検挙率の高さがわかっているはずでも、まだ保険金殺人は終わりません。依頼殺人へ進化し、この先もまた何か新しい手を使うやつらは出現するのでしょう。

資本主義に生きる私たちは、お金の効力が自分にいくばくほどあるのか、冷静に考えてみたほうがいいかもしれません。私は、フルタイムで学校に戻れるお金だけがほしいですね。それ以上は本当に要りませんから。イタリアのスポーツカーも要らないですし、大豪邸も要りません。メイドさんも要らないです。ゆとりくらいがあって、あとは必要なだけのお金でいいです。お金の効力に恐れ戦いているところがあるのかもしれないです。