08/31/2006 にアップした文章です。

 

好きこそモノの上手なれ:何事によらず、好きであれば自然それに熱中するので、上達する。

こういう言い回しがありますが、私はこれを「真理」だとか「事実」だとは思っていないのです。信じる力-Placebo Effect(プラシボ効果)がここでも大きく左右しており、その好き具合や、自分の熱中度や、センスやそもそも備わっている能力も加味しなければならず、何事も好きであれば上達するとは限らないと思っており、またまた懐疑的なやつだなぁ、と笑われそうです。

食べることが好きだったら料理も上手になると思いますか?やはりコレも統計学的にはまぁまぁ多数であり、6割ちょっとくらいの人に当てはまることであって、本当のところはわかりません。喫煙者が嗅覚や味覚が悪いと一般に言われていることも、私のようなそれを裏切るやつもいるわけです>少なくとも嗅覚のほうは(笑)。

そして今日のお題は、「掃除が嫌いな人は運気を逃す」と風水のメールマガジンに書いてあったことで、その理屈は通っているかどうか?を考えたからなのです。掃除が嫌いだと断言している私としては気になる。しかも、こんなにたくさん掃除と風水と運気について書いてあるサイトがあるんだよぉ。ささやかな脅迫のように思えてしまいます(爆)。https://spiritualism-japan.com/soji1117/  

が、私はとても醒めた人間なので、占いの効果はやはりPlacebo Effectに大きくかかっていると思うのですよ。Bread and Butter(8月21日アップ)で書いた子どもの頃のおまじないなどもそうです。自分に繰り返し何度も言い聞かせたり、視界にしっかり入るようにし、匂いや音などでの補強があれば、それに常に気づいていられるということから、占いやおまじないは効くと思っているのです。もちろん、地球の自転や公転、潮の満ち引きや気象などの要因はでかいです。それを意識して使うことは大切です。が、何も風水や占いでなくとも、それは励行できることで、それらの知恵を集大成してあるものが、たとえば風水だったりするわけですよね・・・。

そして、自分の掃除嫌いのことを思うに、嫌いだからヘタか?と考えたわけです。清潔感・衛生感でも書いた通り、私のスタンダードはけっこうフツーのところに位置しています。むしろ、少しだけ潔癖症に近い方向に顔が向いているとも言えます。が、ゆえに、西さんがジョギングをしたあとのランニングシャツとランニングショーツと靴下を、翌日もまた履こうとすることがどうも不思議でならぬわけです。傷むから、というのが彼の理由ですが、その匂いがどうしても気になるのは私の鼻のせいなのでしょうか?2日に1回の洗濯が決まっているならまだしも、西さんは3回も4回も着ようとすることもあります。カリフォルニアで、それらを表に干しておけばかなりの除臭や除菌ができますが(湿気がないため)、台湾や日本でそれが可能なのか?と、見えないバクテリアを感じてしまうわけです、私は。

その西さんに、「掃除が嫌いな人は運気を逃がしているんだ。理屈もかなっている」と言われて、たいへんなショックと共に、自分は「掃除が嫌いだから汚く暮らしているか?」と振り返ってみたわけです。

不動産を求めるときに、まだ居住しているピッカピカのアメリカ人の家に行くと、少し脅威を感じるほどです。とにかく棚の上やキッチン、机の上などにモノが一切置いておらず、すべて収納してある、というのがアメリカのスタンダードで、日本のような収納場所に困る狭い住宅では考えられない状況があります。本当にショールームとして見せてもいいくらいに、きれいに暮らしている人々はたくさん実在します。

が、私はアメリカに住んでいようとも、そこまで徹底したことはありません。使用頻度が多いものは出しておいたほうがずっと効率がいい。たとえば、ペン立て。たとえば辞書。たとえば電卓。クロゼット近辺でも同じです。洗濯物行きになる、すでに着てしまったものは、脱衣カゴに入れておきますが、もう一度着られるものは脱衣カゴに掛けてあります。たとえば、クロゼットにしっかりかけてしまうようなジャケット類ではなく、1時間の買い物にだけ着たスカートや部屋着など。入れると掛けるものの差を作ることで自分では差異を作っているつもりなのですが、コレもある人の基準から見ればだらしないのでしょう。しっかりその都度ハンガーに掛けるべき!と声高に叫ぶ人はいるのかもしれません。

私は自分をきちんとした人間だとは思っていませんが、特にだらしないとも思っていません。たとえば、乾燥機から直接自分の着衣を選ぶようなことは一度たりともしていません。きちんと乾燥機から出して、畳んでから選んでいます。西さんは逆に脱衣カゴからモノをごそごそと出すことがあり、そういう人に言われたくないよなぁ、と苦笑したりするわけです(爆)。

ただ、ネコと同居しているので、毛に対する寛容度合いは高く、やはりそれはペットがいない人の基準とは外れたものがあります。コロコロ(粘着テープがクルクル回るあの毛を取る優れモノ)はしょっちゅう使いますが、アレもキリがない。

喫煙者ですが、タバコの吸殻が盛り上がるまで待っていたこともないし、やはり気になって待てません。鏡に歯磨き粉の白いテンテンがたくさんついていたら気になるので、掃除日ではなくともしっかり拭き取ります。西さんは放置しておくのですが、掃除の範囲のスタンダードが違うのだと思われる・・・。

そして髪が長い私の髪が落ちるのは当然のことで、ネコたちに比べればそれほどの量ではないにしろ、髪が短い人にはとても気になるようです(私の髪は背中のブラジャーラインの下まであります)。拾えば1本2本なのですが、長いので多く見えてしまうマジックもここにはあるわけです。コロコロが使えるところでは使っています。

シーツの交換とその洗濯に関しても、1週間に1回を常識としていた私は、ちょっと多いのかもしれないと、このあいだ、お鮨やさんでインタビューして思ったのです。ネコがいるせいでしょ、と簡単に片付けられました。いやぁ、でも私はコップ1杯以上の汗をしっかりかくことを知っているので、1週間に1回は取り替えたいと思います・・・。すべてをネコのせいにはしたくないです・・・。

なので、それなりに時間を費やして掃除はしているのです。ご飯も自炊で外で買うことや外食はほぼないので(鮨やには飲みに行くんだよ、食べには行ってない・爆)、キッチンも使うたびにしっかり片付けています。まぁ、数時間の浸け置きなどはしていますが・・・。

なので、「掃除が嫌いな人は運気が逃げる。それは理屈にかなっている」などと言われ、反省しようと思ったのですが、嫌いでもやらなければならないんだから、泣いてでもやってるじゃないか!回数やれば嫌いだってそれなりに上手になるよ!と西さんに言えることが判明しました(爆)。むしろ、西さんのようにあちこちにモノを散らかしたままで仕事をして落ち着く人に言われたくはなかったです・・・。私も勉強中は辞書や資料や教科書をとっ散らかしたまま勉強するのですが、終わったあとは一気に片付けます。それを知っていてあのようなことを言われるとは・・・。