09/10/2006にアップした文章です。

 

昨日は仕事の話にからめて、西さんとマンションの下にある中華料理やさんで天才と秀才についての話をしました。

「長い人類の歴史の中で、稀代の天才は誰だと思うか?」

というたいへん曖昧でたいへんに答えるのが難しい質問をしたのですが、私はこのような質問を他人にするのが大好きです(爆)。知性を上げるゲームとして、たくさんの情報を駆使し、脳みそで解析処理を行い、自分が出したものに論理性を以って証明していかねばならないわけで、どのようにしてNarrow down(狭く下げて)していくかは、個人が持つ知性そのものを見せてもらえる場です。

遊び道具をふんだんに持たなかった私は、こうした遊びをどんどん開発してきたのですが、大人になってからもやっている困ったやつなのです。さとみちゃんにも同じように突発的質問をするのですが、彼女は慣れています(笑)。私の周りにいる人々はかなり慣れており、あまりに時間が足りずに悔しいと「宿題にして」と懇願したり、久々に会ってから話を混ぜ返すときに「この前の話なんだけどさ・・・」と再訪するのでした。他人の頭の中に何かを差し上げることができるのはとてもうれしいです。それが心にまで到達すると、さらにうれしいのです。

さて、あまり考える気がなかったように見えた西さんの答えは、ベートーベンでした。クラシックが大好きな西さんのベートーベンの偉大さを説明するには、彼が逆境に耐え抜き、それでもまだ自分が選び取った道を全うしたことにあります。彼の生涯を簡素にまとめたものはこちらから見てください。耳が聴こえなくなったことなども網羅してありますし、楽曲などもしっかり載っています。論としての個人的思い入れや証明は今回なし。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%B3 

さとみちゃんはガウディが大好きだそうです。彼を天才の代表だと思いたいそうです。さとみちゃんのバックグラウンドが芸術なので(インテリアデザインを志しており、建築にもたいへんな興味あり)、やはり彼女が選ぶのはこうなってしまうのです。彼女の場合は科学や哲学やその他が自分の思考から抜けていてもしょうがない、とみなすところがあり、「自分だけの意見でいいんですもんね」としっかり言えるところがすごいわけです。私はさとみちゃんのそういうところが好き♪へんに賢ぶろうとしない素直さはステキです。ガウディのインフォはこちら。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%A6%E3%83%87%E3%82%A3

さて、私が思う天才ですが、たくさんいすぎていつも迷うのです。自分の勉強していることやそのときの気分、読んだ本や見てのめりこんだ映画などで変わります。が、やはり統合的に人類の英知を踏襲しながらも、卓越した頭脳を大きな絵柄で世の中に出したことがポイントで、ゴッホなどのように生きているうちに認められなかった不遇には憐憫を感じるものの、天才の一位には輝かないわけです。他にも好きで選びたい人は山ほどいます。いつも眠れないときにはリストを作るのですが、そのリストもいつも変わる・・・。他にも眠れないときにやることで、野球の大リーグや日本の選手のオールスター時代関係なし選手ピックアップがあるのです。アイスホッケーもありますし、バスケットもあります(笑)。打順やポジションまで決めて、紅白に分けるのですが、けっこうそれも悩む(爆)。天才リストのほうはカテゴリー分けや時代分けなどをしますが、1人となるとたいへんに難しい・・・。苦悶です。

けれども、私がやはり長い目で見てどうしても選ばなければならないのは、レオナルド・ダ・ヴィンチになります。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81 たくさんの幸運がめぐったものの、彼の多方面に渡る偏執的とも言える探究心とその成果は、高く評価せねばならぬところです。私が彼を評価する理由は、自分に似た境遇で、幼い頃にまともな教育を受けていなくとも花開いたことが大きいのかもしれません。映画の影響ではなく(私は原作のほうにより納得したし、原作者のDan Brownは『ダヴィンチコード』よりも”Devils and Angels”のほうが秀作だったと評価しています)、かなり若い頃から私はダヴィンチを高く評価しており、さらにメディチ家やキリスト教など知れば知るほど、その評価は高くなっていったものです。専門分野の卓越した頭脳はおそらくかなりたくさんいるのですが、All roundedな万能さを持つ人はやはり小宇宙ではなく、大宇宙を思わせるスケールです。しかも、細部にも深い天才が見られる。

私だって個人的シュミで言えば、アインシュタインやダーウィンなど選びたい人は他にもいるのですが、やはりどうしてもロジカルに言えばダヴィンチとなってしまうのです。マザーテレサなどは天才でもないけれども、どうしても選びたい。無理して選びたいひとりですしね・・・。

そして、話は秀才へと移りました。西さんが考える最も優秀な秀才とは誰か?と聞いてみたのです。天才とは違い、それほど世の中に評価してもらえることはなく、運にもさほど恵まれず、秀才のままで人類の英知を学び身につけていくしかない悲しい頭脳。

うーん、うーん、と唸り続ける西さんに、私は「ダメだなぁ。おおだいらきくみだって言ってくれなくちゃ、ここで・・・」と大笑い(爆)。西さんは私のことを南方熊楠のようだと考えているのですが、やはり彼もあれだけの頭脳を持ちながら不遇も続きました。今の小学生から大学生はおろか、大人でも知る人は少ないことでしょう。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%96%B9%E7%86%8A%E6%A5%A0 天皇陛下に拝謁したときに、献上品をマッチ箱に詰めた話は、知る人ぞ知ることなのですが、それほど貧乏で恵まれなかったわけです。

その南方熊楠に似ている私を、西さんはずっとサポートしてくれているはずなのだから、悲しき秀才は私だと言ってくれないと困ります(爆)。私も西さんのことを悲しき秀才だと思っていっしょにいるわけですから。鹿児島県立でイチバンの高校を出て、そのまま九大を出て、しょぼい会社に入り、その会社から出た費用でMBAを取得し、23年勤めたあと起業したのも、私という悲しき秀才を信じてのことだったと思いたいではないですか・・・。悲しき秀才パワーX2 がどうにかして、せめてこのふたりの回りにいる人々に貢献できるよう、まだまだ学校に通い続けられるよう、ビジネスで模索する日々は続きます。

そうして中華料理やで結束をさらに深め、本日、香港に飛び立つのでした。天才に生まれたかったかって?うんにゃ・・・。天才はつらすぎるでしょうから、コレでいいです(笑)。