09/19/2006 にアップした文章です。

 

私は辛いものは嫌いではなく、むしろ好きなほうです。が、味がわからないK点を越えたほどの辛いものは、やはりその存在意義についても疑問を持ってしまいます。辛いものが好きな人はどういう傾向があるか・・・。ちょっと考えてみました。

そもそも、人によってK点は違う。さらに味覚も違う(舌の上で味蕾という受容体によって受け止められ、酸味・塩味・辛味・甘味・苦味・うま味という6種がある)ので、クリアな線引きはできません。が、ひとつだけ言えるのは、生命体のメカニズムとしては、そのK点や味覚は、馴化が進むに従いエスカレートするということです。もちろん閾があり、それを超えたら他の内臓等に急性症状での支障が出ますが、慢性症状では腎臓も肝臓も心臓も長い間耐えてくれます。特に、食べ物の味覚の差から出る内容物を受け取り分解し、血中に放出する肝臓は、沈黙の臓器と呼ばれ、相当に症状が進まない限り、せっせと働いてくれるわけです。

私は自分の弱点を大いに知っており、塩味がとても濃いのです。遺伝子系の病気に関連しており、私の脳がしっかり動くためには(炭酸)リチウムが必要です。平たく言えばお塩なのです。気分的にそれさえ摂っていれば、私は大丈夫なのだという不可思議な理屈を持っています。当然、そのへんのテーブルソルトではダメなんですけどね・・・。が、心理的に働くものはとても強烈な力を持っており、私は薄味志向の味付けにはどうも興奮できていません(笑)。

餃子やシュウマイを食べるときも、一旦彼らを醤油と酢の海に潜らせて泳がせる儀式をします。これは本当に気づかれてしまうと下品なテーブルマナーなのですが、気づく方々がいないようにグラス等で死角を作りつつ(爆)。わかっているのに止められないことにはコレもあったなぁ・・・。お鮨を食べるときにも、ネタにちょっとだけ醤油をつけるのが粋なのですが、私は二口でしか食べられず、しかもシャリのほうにお醤油をつけるバカ者・・・。今度私と食事するチャンスがある方は、塩分摂取量の観察をしてみてください(爆)。そのせいなのか、ダイエットだけではなく、日々の健康維持のためによいんだよ、とされている1日2リットル以上水分を摂ることに、まったく苦痛はありません。むしろ、長い時間水分を摂れないと頭がくらくらしてきます。

甘いものは食べられないのです。チョコレートもアイスクリームも年に1回食べたらいいほうです。人様のお宅にお招きいただいたときには、手作りお菓子は食べるように心がけています。いつもアルコールが言い訳になるので、かなりDuck(危険をかわすこと、水にひょいっと潜ること)できるのですが、たまにできないこともあるという感じ。親しい知り合いはみな、私が甘いものがダメなことは承知してくれているのですが、「こんなにおいしいのにぃ」という批判はあるようです。が、アルコールもお米もみんな糖分で作られているんだし、味わえば甘いのよ・・・。量でカバーしているので、砂糖の塊は食べなくてよろし・・・(笑)。

酸っぱいものは子どもの頃は苦手で、梅干を食べると叔父が10円くれたものでしたが、20歳くらいからは好んで食べるようになりました。おそらくその理由は、腐ったものとの区別がつけられない未熟さが、危険を回避するためのメカニズムの一端だったのではないかと思うのです。広東麺が大好きなのですが、それにも酢をじゃじゃーっと掛けますし、冷麺にも入れますね・・・。ドレッシングも手作りのものは、市販のものよりも酢:油の割合を酢がちにします。しかも、季節が合えば酢ではなく、レモンをふんだんに使います>カリフォルニアだと使えるのよ♪カボスやゆずがふんだんに使えるとさらにうれしいでしょね♪

苦いものもけっこう食べますが、やはり酸っぱいと同様で子どもの頃は食べませんでした。同じ理由なのでしょう。身体に危険なものはわからないうちは避けていた、ということなのでしょうね・・・。山菜やピーマン、パセリ、ごぼう、その他いろいろまったく大好きです。が、ゴーヤは日常なものだと思っていないので、特に日々に高いお金を出してまで取りいれようとは思っていないところです。『良薬口に苦し』が本当なのであれば、たぶん熱をそれほど入れずとも、食べ続けていくんだと思います。

うまいに関してもこれらをベースにしているので、さほどアテにはなりませんや・・・。

さて、激辛・・・。塩味についてはこれほどのExcess(超過)を甘んじているのですが、辛さに対しては、塩分・酸味のような興奮はないのよ・・・。塩味がダントツで富士山級・横綱級で好きな他、酸味が次で、そのあいだに辛い味が来るかもしれない。いや、やはり野菜ベースの苦い味のほうが上かもしれない。という程度です。甘いものはかなり論外です。私の糖分はごはんとパスタとアルコールで補っているという考えは、すっかり固まっています。

どうして激辛を追い求める人がいるのか、こうして書いてきてやはりあまりよくわからない・・・。辛いものを食べることができるとなぜそんなにいいのか・・・。どんな満足感があるのか・・・。私はアクセントとしての辛いものは、「味のひとつ」として好きです。たとえば、Buffalo Wingsもビールやマルガリータにはいいやね♪(レシピ;http://www.geocities.jp/haveparty01/Menu-inUS-FriendsRecipe-BuffaloWings.html)

でも味がわからないほどの辛さは要らないよなぁ・・・。辛いものを食べられる人々は、量をたくさん食べられる人々と同様、チャンピオンなどがあり、レストランなどでも無料サービスや写真掲載などがある・・・。そういった意味で、酸っぱいや苦いや甘い、しょっぱいなどとは違う味覚なのである。なぜか「人目」を気にする人々の率が高い。コレが本当に謎なのである・・・。辛いものが食べられるとなぜえらいのだ!?と私は問いかけたいところなのです(爆)。激辛料理を制覇したことを、延々と語る人々に私は遭遇してきました。数度は楽しく拝聴しますが、途中やっぱり飽きてくる・・・。ポイントは、辛いけれどもおいしいんだよ、本格的にどうこう、ということではなく、どんどん話は凝縮していき、いっしょに食べた人たちや、激辛仲間などの話にも至り、「自分がいかに辛いものを征服したか」という自慢に論点は尽きるわけなのです。

インド人やタイ人や韓国人が辛さ自慢をしているのは、私は一度も見たことがない・・・。が、日本人の中には激辛を食べられることを自慢する人々が多いし、それによって「変人」だと自慢するわけです。なんか違う意味での(極での)変人だから・・・。熱いところの料理が辛いのは、誰かの自慢のためにあるわけではなく、あくまで食材を無駄にせず、保存するスペースや期間を大切にする工夫と知恵の顕れです。大きく勘違いしてるよ・・・。

激辛を自慢する人で、社会問題等に真剣だったり、他人との約束をしっかり守れたりする人であれば、何の文句もありません。自分の好みですし、味蕾のバランスに他人がチャレンジしていようとも私の問題ではないですから。が、数度まではいいにしろ、激辛に心を傾けているわけではない相手にあまり語らないほうがいいです。せっかくの食材を激辛にしてしまい、お母さんや奥様や恋人が作った料理を台無しにすることも、やはりしないようがいいです。激辛での身体への恩恵もあるのですが(新陳代謝が上がるなど)、人間関係が崩れるのであれば、そんなリスクは敢えて冒さずともいいのに、と思うのです。やはり、うどんやさんにしろ、七味唐辛子を瓶の半分も使うお客様には、味はわかっていただけていない、と嘆くご主人のほうが多いように、愛する人が作った料理を、激辛で改ざんしないでいただきたいものです。

私は辛いものを食べると汗をものすごーい掻きます。でも好きなんだ。激辛なんて無理だけれども、味がしっかりわかる辛いものは大好きです。でも、いっしょに食べる人たちの中で、私はアマチュアレベルなので特に激辛により不和が起きたことはないです。まったく食べられないのも悲しいですが、物事はバランスが大切だと思った次第です>私も塩味の課題はあるんだけど、他人に作るごはんをひどくしょっぱくするわけじゃありませんよ。