09/25/2006 にアップした文章です。

 

この世には男女らしい振る舞いを決め付けられていることがけっこうたくさんあります。私はおよそ女らしいことから遠い位置にいるので、この男女の振る舞いの差についての慣わしや常識について外れていることが多いわけです。

「男の子なんだからめそめそしないっ!」と言われて育った男の人たちはかなり多い。私の出会った人々の8割をゆうに越します。「小さい頃から泣けていたらどんなふうに人生変わったか?」までは、みな考えていません。飲んでいる席で「不思議だよなぁ」とは言うものの、「たら・れば」If については考えないわけです。考えても仕方ないことだからなのか?そうは思わないんだよなぁ。子どもはいつの世にもいるわけで、いつしか親になる人たちも増えるわけで、やはりコレについては考えたほうがいいです。

私の両親も「女らしく」「女の子は・・・」を連発して私を育てました。が、私はそんなことはおかまいなしに自己主張してきたので、伸びやかに育ちました。事件としては、雨用の長靴の色を青か緑がいいと言い張り、買ってもらうことができず、そのまま長靴なしで過ごしたわけです。未だに長靴を所有したことはありません。さらに、色で言うと自転車もそうでした。祖母(母の母)が16インチの自転車を初めて買ってくれたときに、石井輪業まで手を繋いで買いに行ったのですが、私はどうしても青と言い張ってそれを押して帰ってきたのです。祖母はそれについて「お母さんにイヤがられるよ」としか言わず、黙って残りのお金なのか頭金なのかを5百円札で払った記憶があります。岩倉具視だった記憶が・・・。今、ネットで調べたのですが正しい記憶だったようです。当時、穴の開いていない50円玉もあったのですが、すぐになくなりました。

泣くことに関しても私は男の子寄りに美意識ができており、「他人の前では泣かない」を通してきました。歯医者でどんなに怖くても泣かない。それが高じて今では歯医者は大好きです♪父の葬儀でも涙を目にいっぱい貯めてしまったものの、ハラヒラと泣くことはありませんでした。が、1年弱前、弟の嫁の父親が亡くなったときにはどうしても涙が出てたまりませんでした。末席にて誰にも見られぬよう泣いてしまったのですが、ヤワになったなぁと苦笑したのは葬儀から帰った夜のことでした。今でも映画以外では他人の前では泣くことはありません。西さんもおそらく映画以外で私の涙を見たことは数回しかなく、母に関してはおそらく「記憶にない」と言うに違いありません。

私の場合コレがよかったのは、「女の子なんだから人前で泣いてはダメ」と誰にもconditioning(馴化)されなかったことです。自らの意思で選び取り、自らを律し、自らを訓練したがゆえに、たいへんな充足感があり、自分の美意識と言えるわけです。

が、逆に「男が泣くもんじゃない」とひとりで居るときにも涙すら流してはいけないと御されたら、いったいどうなるのでしょうか?西さんがそうです。彼の涙はあくびをした直後以外に見たことはありません。もう17年いっしょにいますが、「この人は父親や母親が死んだら泣くのだろうか?」と不思議な疑問がもたげます。かと言って、西さんは西さんなりに感情は豊かな人です。豊穣と書いてゆたか、という名前なのです。秋生まれです(爆)。その胸の中に湧き上がったものを外に出せないつらさのようなものの功罪は、今、私が見てもよくわかります。とにかく、ため息でごまかす。眉間にしわを寄せる。口をへの字にする。猫背になってうつむく。人を避ける。と本当に罪のほうが多いかもしれません。特にこの1年ちょっと、起業をしてつらいことを数々乗り越えたときには、どうやってそのoutputをしたのか?と切なくなります。そして彼の場合には、運動をしてモヤモヤを解消し、酒を食らって悲しみを胸の奥底に沈めることになるわけです。

西さんの幼少時代は、彼の自己申請を聴くしかないわけです。が、父親が「薩摩隼人」の美学にこだわる人だったので、当然「男が泣くもんじゃない」と言われ続けて育ちました。教育のためによくないと、父親はTVの画面をある日、剣道の竹刀で叩き割り、西さんは祖父の家で相撲を見るのが唯一のTV娯楽となりました。小学校のことだそうで、弟たちはさらにTVなしで育ったわけです。大学も奨学金を借りて通い、酒を覚えたときには時計を質屋に入れてまで飲んだそうです。九大のボート部は硬派の塊で、厳しく育てられた西さんは昼寝が最初の頃まったくできず、へとへとになったそうです。そこでも見張りがたくさんいたために、泣くこともできず、感情の昇華をすることがスポーツになる馴化に拍車がかかりました。

タダでさえ、男の子の10代というのは厳しくつらいものなのです。女の子のソレよりもずっとずっと面倒でごちゃごちゃで危険に満ちているはずです。性に関してのモヤモヤが大きいためです。

うひゃー、西さんよく生き延びたなぁ・・・。と感心するわけです。泣かないでよく居られたなぁ、と。

私は未だに1日に1回は泣いています。トイレだったりシャワーだったり、ひとりで町を歩いているときだったり、寝る前の読書だったりと機会はさまざまです。が、ひとりで居る時間を確保して泣いています。自分のために泣くことはもうなくなりました。他人の悲しいストーリーに泣いています。あるいは、父や母がした昔の苦労に対して泣いています。自分がした苦労については泣けません。まだまだ続きがあり、結果が問われているという想いがあるのでしょう。

実はアメリカでも「男の子は泣いてはいけない」をよく言うのです。Boys Don’t Cryという映画のタイトルがありました。Hilary Swankが最優秀主演女優賞をアカデミーで最初にもらった作品です。彼らも小さなジェントルマンとして育てられますが、カウボーイ文化も男の子は泣いてはいけないのです。本当にそれでいいのだろうか?と、私はやはり考えるわけです。

西さんいわく、「男の子は人前で泣くもんじゃない」というのは、いいことだろうと。彼は政治家にしろ芸能人にしろ、人前で泣く成人男子をどうも嫌うところがあります。美しくないのだそうです。私もすぐに、お手軽に簡単に泣く男を見るのは忍びないですが、ある人にある場所で泣くという行為を見せることができたら、この男の人の人生はラクになるのではないのかなぁ、と訝しく思うことがあります。「100%泣いてはいけない」ではなく、『泣いてバショクを切る』ならばいいのではないのか、と。でなければ、どこにも心の安らぎを形として表現する場所がないわけです。

私も泣くことに関してだけではなく、考え方そのものが非常に男性らしいとよく言われます。が、「男の子のように振舞おうとしてきた」わけではないのです。自分が美しいと思うことを自ら考え、選び、実践してきたに過ぎない。泣いて許してもらおうとする女性は嫌悪の対象です。泣いてごまかす人々も嫌悪の対象です。が、静かに墓所や神社仏閣で泣いている人を見るのは美しいと感じるし、海や山などの自然の広大さの前で畏怖がゆえに泣いている人々を見るのはとても美しいと感じるのです。

私が人前で最後に泣いたのはいつだったのか・・・。映画以外にはもう考えられないほどの大昔のことです。西さんは5歳だったか6歳だったかのようです。次はいつ人前で泣くことになるのか・・・。それを考えると怖いのですが、楽しみでもあるかもしれません。姪っ子たちに「女の子なんだから」とは決して言わないし、他の誰にも男のくせに、女のくせに、とは言わないおおだいらでした。