10/02/2006 にアップした文章です

ハワイの親友からこの本のことを教えてもらったのが、春頃のことです。彼女が帰国したのが春だったので、まだちょっと寒い頃だったかもしれません。

そして、近所の本屋さんに注文し、1・2を買いました。コレ、鉛筆で一コマを毎日、ネットに掲載している形なのですね・・・。作者のほしのよりこさんは、1974年生まれです。けっこう古いことも知っているのだなぁ、と感心しつつ、手書きの台詞などもしっかり味わっています。知っている方は私などよりずっと詳しいのでしょう。が、知らない方のために;猫村ねこは、ネコなのです。母ネコとはぐれた雨の日に当時まだ小さかったぼっちゃんに拾われて、お手伝いさんのいるリッチな家庭に拾われます。楽しい日々が続き、拾われたご恩に報いるために家事全般をこなせるようになったけなげなネコです。が、ある日、ご主人の浮気が元で、ぼっちゃんのご両親は離婚し、ぼっちゃんを連れて奥様は外国に行ってしまったのです。ネコである猫村ねこは置き去りにされましたが、だんなさまの元に留まることができず、ある日村田家政婦という家政婦紹介所を訪ねるところから、物語は始まっていきます。ネコなのに家事ができることをアピールし、そのまま家政婦紹介所に置いてもらいます。時間が経ち、なんとネコにも仕事の口が見つかるのです。派遣先のお宅と戻ってからの紹介所で起きる日々をおもしろおかしく書いた、鉛筆タッチの一コママンガなのでした。

絵は繊細ではないです。ほのぼのとした感じ。立ち読みができないようにカバーをしてありますので、お試ししたい方は、こちらのサイトを見てください。会員登録しないと続けては読めないようになっています。私はあまりに面倒なので、しかも毎日1コマなど読み続けられないので、3が出るのを待つことにします。きょうの猫村さん

何度か書いているように、私はあまりマンガやコミックス、雑誌を好んで読みません。手持ち無沙汰になると手に取ることもありますが、積極的ではないのです。やはり絵ごと押し付けられることにより、自分の想像力が妨げられることについて気分が悪いというのがひとつあります。それ以前に、幼い頃に貧乏だったので買うことができず、それが習慣化したまでです。図書館にはマンガの類は当時一切ありませんでしたし、雑誌も持ち出しすることもできず、大人用のセクションに入ることを許されるようになった頃にはもう活字中毒は始まっており、雑誌をわざわざ読みたいとも思わなくなっていました。

調布図書館に行くようになってから、ものすごい勢いとスピードで読書をしています。日本語はラクだ。英語より速く読めてしまっています。斜め読みをしてもしっかり意味をプロセスできているのです。象形文字だから判別時間が少なくて済むのでしょう。昨日の午後5時半に買った東野圭吾の『ブルータスの心臓』も2時間ほどで読み終わってしまいました。これで、新幹線の中で読んだものを含め、2週間と1日で21冊を読破したことになります。ストーリーが入り混じらないかって?大丈夫です(爆)。

そのあと読んだ『きょうの猫村さん』は素朴でした。What’s Michael? というネコの本がモーニングという雑誌に連載されたときにも、弟が読んでいたモーニングそのものを定期的に読むことはせず、弟か弟の友だちが買った単行本を読んでいました。犬ネコ系のコミックスは読んでもいいな、と思うのです。気づかない機微を教えてもらえるかもしれない、という淡い希望があります。

『きょうの猫村さん』では、ねこちゃん(ぼっちゃんにはねこちゃんと呼ばれていた)が食器洗いや買い物や洗濯干しやお掃除をしながら、鼻歌を歌うのですが、ネコ用の歌詞になっています(爆)。

はぁ、お魚くわえて三丁目、走って走ってぇ4丁目

はぁ、シャボンがしみぃるぅ、子猫のおひげよ、泣かないでぇ

などなど、とても奇妙なのですがわかるわけです。ネコなのだなぁ、と。しかも、生い立ちやそれまでの半生を語るのにもネコ用に工夫がなされており、お風呂なども毛が残るので最後に入るし、熱いお湯ではダメなのです。イライラするとすぐに爪とぎをしたり、ごろんと横になって休憩したり、ネコ常識で起きたことを考えています(笑)。

ネコを家政婦として派遣してしまう紹介所もすごいとは思うのですが、それを受け入れる金持ち家族もすごいし、買い物先のお魚屋さんやスーパーなんかもすごいし、張り合っているご近所の家政婦さんまでも居て、しかも銀行口座に通帳を持っているというのもすごいわけです。不自然なのだけれども、ユートピアとしては上出来です。

しかも、ネコであることだけがキーポイントになっているわけではなく、家政婦協会の暮らしも、市原悦子の『家政婦は見た!』をパロディーにしており、ドラマ狂いだったりするわけです。歌をすぐ歌うのもこのせいかもしれません。市原悦子が演じていた家政婦さんは、確か「はるみちゃん」という名前のネコを飼っていたはずです(コレは都はるみから来ていて、彼女は都はるみの演歌を鼻歌として歌っていた設定だったように思う・・・。数度しか見ていないので誤情報だったらごめんなさい)。猫村ねこが歌うレパートリーにあるのは、作者のほしのよりこさんが作ったありそうでない設定のドラマの主題歌なのです。演歌調です。すごいよ、湯けむりなんとか仲居探偵、大仏刑事、なんてのが出てきます。

ネコである猫村ねこが人間の感情や関係を理解し、しっかり精進し、いつかぼっちゃんに会えるため、外国語を習って外国に訪ねるというのが設定で、日々、本当に不思議な解釈があるのですが、ほのぼのするわけです。作るごはんにも「ネコムライス」(たぶん、ネコオムライスの略)などがあり、おじゃこスティックなどというスナックなども登場し、ネコ世界に多少合わせてあるわけです。

その絶妙なバランスがネコの視野と成長過程でたいへんほのぼのとしており、人気が出たゆえんなのだろうなぁ、と思うのです。こんな解析などせず、とことん楽しめばいいのでしょうが、いかんせん、私は活字中毒、2冊のマンガは、わずか15分ずつで終わってしまったのです・・・。普段は見ない絵もしっかり見ているはずなのですが・・・。が、絵のほうも美術館などで押し寄せる波のように鑑賞しても、ハーン現象を起こすこともないので、たぶん量やスピードには慣れているのかもしれません。ダメな画質・タッチというものはあるようですが、『きょうの猫村さん』は曖昧でマイルドです。感情的な波が立つ、襲い掛かってくる・畳み掛けてくるようなものもなく、哲学はあくまで活字からのほうが多いです。

猫村ねこが気づかず、きゅっと縦結びにしたエプロンには、なぜかスペルがNecoとなっています。ぼっちゃんがお別れのときにくれたものなのです。外国語が読めなかった猫村ねこはそれに気づかず、教えられたときには感動したのでした。でも純正ローマ字じゃないし、ぼっちゃんはko ではなく、coにしたことで、猫村ねこに個性をさらに持たせようとしたのかしらね・・・。

と、3巻が発売されるのは、毎日1コマなので気が遠くなるほど先の話なのでしょうが、いつか猫村ねこがぼっちゃんに会う日が来るといいなぁ、と思うのでした。