10/17/2006にアップした文章です

 

森村誠一を読みすぎています。現在、調布図書館で借りている本は、毎週11冊から16冊なのですが、同じたづくり会館というビルで、毎週金曜日に市民カレッジの無料講座があり、マーケティングについて、明治大学商学部の教授に習っているので、同じ日に貸し借りをするのです。活字中毒な私としては、読み物がそばにあるだけでたいへんに不安が払拭され、トイレに行くにも、ベランダでタバコを吸うにも本を携帯しています。おそらく、1日1冊半というのはガセネタで、夕べ1日だけでも2冊半を読んでしまったので(11時から2時の3時間で2冊読み終えてしまうので、自分でもちょいびっくらこいた・・・)、1週間に14冊は読んでいる模様。

私はDog ear(ページを犬の耳のように折る)をする人間の質を疑ってしまうのです。モノを大切にしない、という観点です。OCD(Obsessive-Impulsive Disorder)ぎみだった父に育てられた私は、モノを大切にするように、耳にタコができるまで言われ続けたこともありますが、本は高価なもののわりにはすぐに読み終わってしまい、図書館通いを小学校のときから続けていたので、「共有物」に自分の色や香りを残すことは一切してきませんでした。お金にゆとりができ、自分で本を買えるようになってからもその染み付いた習性は変わらず、特に何人もの人間の手に渡ってもいい可能性がある本は、大切に扱います。

さて、その森村誠一の本の主人公はいったい誰なのか?棟居刑事シリーズがおもしろくて読み続けており、タイトルになっているものはすべて読破しました。もう30冊くらいは軽く読み終えたと思うのですが、森村誠一の著作は多く、あと2・3週間、読破までにはかかるかと思います。他にも警察署の管轄で同じ刑事を何度も登場させており、シリーズ化してはいないものの、親近感のある名前は何度も登場します。が、主人公はあってないようなもので、社会の様子や事件の質がきっと主人公なんだろうなぁ・・・。容疑者にもなってしまうし、犯人にもなってしまう男性のバックグラウンドには、「リタイヤ」や「リストラ」で、長い会社勤めを終えたり、途中で辞めた人がかなり多いことに気づいています。これについてよく考えてみました。

バブル崩壊後、早期退職手当をもらい、私の知り合いも何人か会社を辞めました。通常に近かったり、多かったりする金額の退職金を給付され、長年勤めた会社を辞め、その後、数ヶ月から数年遊んで暮らしたり、学校や通信教育で学んだり、旅行をしたり、起業をしたり、とさまざまではありました。が、私の知り合いは、森村誠一氏が描く、男の人生の苦悩についてはそれほど口数を多く語ってはくれませんでした。

まぁ、小説だから多いのよ、女がらみのことが・・・。40・50代で現役の男を終えるか終えないか、という話が頻繁に出てきます。生まれ持ってきたもの・さらに後天的に培ったもので、性に対する貪欲さやその欲望への処し方は違いが出てきますが、さらにここに男女の性の違いも必然的に出てくるのでしょう。森村誠一ストーリーの中には、ホステスや愛人や不倫がたくさん出てきます。そもそも、私は愛人や不倫相手などになるのはまっぴらごめんなのですが、他人がやっていることに関して口出しはしません。私には向かぬ、というだけのことです。向いている人々がいるのは納得できます。が、悲しいことに、森村誠一ストーリーの中では、不幸になる人々が多く、けっこうステレオタイプを醸し出している模様・・・。ストーリーに出しやすいんだよなぁ。企業戦士バリバリだった人々の人生に登場させるのに。女性を強く描こうとしているとは言うものの、殺されたり利用されたりすることで、たいへんにネガティブになっていることは否めず・・・。こうして、読者の中にも「へぇ、世の中ってそういう法則性があるんだよね」と結論づけている人々が多いのではないか?と疑っている次第です。そして、また不倫も多くあり、世の中は不倫だらけ、という構図になる。

私は3ヶ月ほどでホステスをクビになったやつなのですが、やはり仕組みだけがわかったところでおしまいでした。壮絶な裏や人々の詳細な暮らしを、想像の範囲以上に掴んだわけもなく・・・。バイクで通い、まともに髪をセットせず、化粧もしなかったことが多く、それでクビになりました(爆)。自分には向いていないという後ろ暗い気持ちもあったし、長く続くとは思っていなかったので、自分から言い出さずに済んでほっとしたのです。生活のために昼間の仕事もありつつ、夜のバイトとしてキープしている女の子たちは多かった。夜1本でやるほどの勇気がもてなかったのでしょうが、やはりお金は必要だったのでしょう。そんな中、お金やコネクションをエサにして、女の子の若さを釣る企業戦士たちもたくさんいたことは事実です。私は大丈夫だったわよん(爆)。

森村誠一ストーリーを読んでいてさみしいのは、企業戦士ではなくなったあと、毎朝まだまだ早起きしてしまうとか、時間をもてあましてしまうとか、自分の半生は一体何だったのだろう?と自問するところですか・・・。会社と自分の保身のために半生を使ったのだ、という結論があると、もうそこで呆然としてしまいます。西さんもそんな気持ちをおそらく仄かに持っていたがゆえに、会社を思い切って辞めて起業することにしたのだと思います。西さんは辞めてからあらゆる方面からいろいろな質問をされたようですが、辞めて以来、辞めたことを後悔しているようなことは、酔っ払ったときにただの1度しかありません。ちょっと会社がヤバかったときです。現在順調に進んでいるので笑い話になりますが、そのときには本当に心の底から思ったのかもしれません。ぬくぬくとしていれば退職金も相当になったはずです。が、あえて保身やお金は選ばなかった。やはり心意気としては、森村誠一ストーリーに登場する人とちょっと違います。浮気も不倫もしてないしな・・・(爆)。

終身雇用制が崩壊し、能力主義が欧米から事実上輸入され実施されている様相を呈してきました。がゆえの格差社会になります。ギャンブルでもそうですが、資本金を持っている人々は儲かる率が俄然高い。なので、このレースは生れ落ちた場所や家、持って生まれたスキルにどのようにハンディをつけるのか、でスタート地点がかなり平等からはほど遠いところにあります。私の場合、とんでもない貧乏な家に生まれてしまいましたが、根性だけで生き残ってきた感があります。その裏で、生まれ持った能力を磨くことに気づけたことに助けられており、ラッキーだったのはたくさんの選択肢の中で、一度も企業にまともに勤めたことがないことも入れていいのではないかと思っています。大きすぎる決断に迫られたことはないのです。失うものはいつもそれほど大きくはなく、愛する人々との別れ、死別だけに囚われてきただけで、自分の選択肢に悶絶したことは、かつて一度もありません。渡米にしろ、パイロット路線をやめたことにしろ、迷いなどはまったくありませんでした。起業も同様です。

なので、実際のところ、退職後の人生など私には想像の世界でしかないのです。企業戦士を女性に置き換えてみたとすると、「こんなにあなたに尽くしたのにどうして利用価値がなくなったら、汚い下着や賞味期限切れの食べ物を捨てるように、切り捨てるの?」ということなのかもしれません。私はそもそも、誰かのために尽くしたことなどはなく、よかれと思ってやったことに何の期待も見返りもしていないので、捧げていないがゆえに文句も出ようがないのでしょう。

18歳や22歳くらいで半生を捧げる相手を選ぶ目がある、と思うところがすでに間違いなのかもしれません。そういう意味で、終身雇用制が崩壊したのはいいことだと思います。問題は、格差社会が出来上がる中、平均値に達する生活をキープできない人々をどのように救うのか、です。私もそちら側にいたので、胸を痛めています。倒産でもしたらそちら側に逆戻りなので、戦々恐々としています。

退職後の人生を、実におもしろおかしく過ごしている方々も実際はいらっしゃいます。私の周りにもいます。が、やはりどこかで踏ん切りをつけていなければならないように思えているところです。会社と自分をどのように分けて考えることができるのか、がキーポイントかな。