10/18/2006 にアップした文章です。

 

いやー、誕生日であることを、母がお赤飯を炊きあぐねているときに気づいた・・・。西さんは台湾からメールをくれており、他にもお友だちからぽつぽつとカードが届いていたのだが、17日に届く大量の荷物を事務所に持ち込むため、大そうじ及び大整理を敢行しており、ちょっと気づけなかった(爆)。

こんなにも自分の誕生日近辺に慌しかったことは近年記憶にないのです。いつもは、遺書を書き直したり、人生についていろいろと想いを巡らせるゆとりがあるのですが、今回はまったくなく、いつの間にか日付が変わってしまった・・・。しかも、エッセイが遅れており、2日分を本日17日の午前中アップした次第です。うひー。

169カートン、6個入りなので、それを引き取ってもらえる人々に繋ぎをつけていたのです。30個でも減れば御の字。しかも、前日にデモ用のセットが3個届いたり、スペインからタイルの見本が届いたり、と、事務所はダンボールだらけ・・・。除菌器のデモセットはすごいのよ・・・。数秒ごとにUVのライトが消えたり点いたりするのです。設計者のLC(愛称なので探さないでね♪エル・シーと呼んでいます)が考案し、お店の目立つところに置けるようにしたものです。弊社としては、大々的に通販やTVショッピングで売ることはまったく考えていません。値崩れする期間が瞬く間で、コピーが出回るからです。じわじわとでもいいので、直販で営業に廻り、本当に製品の価値をご理解いただける方々に買って使っていただきたいと思っているのです。そんなわけで、営業リストも整理し揃え、誕生日どころじゃーなかったのよ・・・。スペインからのタイルもそりゃー見事なもので、マチス風の絵柄と色使いなのです。たいへんに個性的な品物なので、おそらく万民向けではないにしろ、このデザインを好きな人はけっこういるはず・・・。コレもリフォーム会社のほうに売り込みに行く予定にしています。あさこさん、お手柄♪(あさこさんが目をつけたのですよ)

母と同様、西さんのお母様は毎年、3人の息子が不在でもお赤飯を炊き続けてきたのです。その西さんが今年は帰る予定にしていたのですが(バースデースペシャルチケット)、残念なことに日付がズレてしまい、当日には掛からないことになってしまったのです。その旨を知って、お母様はお赤飯を炊く日をズラしてくださるのでしょうか・・・・。しかし、息子がいくらいい年をこいても祝ってくださる存在がいるというのは、本当にありがたい。が、親の心、まだまだ子知らず、ってところなのです。

西さんは何があっても私の誕生日を忘れる人ではありません。私が「年末年始とお誕生日」以外にイベントは祝わないやつだから、というのがあるのかもしれません。ふたりとも結婚をいつしたのかまったく忘れており(爆)、それも祝ったことはありません。起業した日付も、さとみちゃんやすまいるも混ぜて混乱したことがあるくらいで、本当にイベントに関してさらっとしすぎており、粘着質なところはカケラもないのです。

が、しかし、お誕生日くらいは何とか祝わねばメリハリがない。が、今年はその誕生日さえも忘れたか・・・。失念であった・・・・・・・・・・。何のために生きているんだか、ちょっと忙しさにかまけて忘れておった、という感じでしょうか・・・。

母もなぁ、朝言ってくれればいいんだよねぇ。が、彼女ですら、お昼過ぎに気づいた模様。あるいは夕方だったのかもしれず・・・。

実はすまいるのお誕生日は10月18日で私と2日違いなのです。なので、本日、ランチに行くことになっています。考えただけですでにおなかが空いている私(爆)。そこでさとみちゃんに尋ねてみたのが、「日本はバースデー前後で食事に行ったときに、無料ドリンクや無料デザートはないのか?」ということ。ないらしい・・・。アメリカでは当然の権利なんだけどなぁ。ライセンスを見せて、当日付近が誕生日であることが証明できれば、500円や1000円近辺のものが運ばれてくることになっているのです。その効用としては、またも家族や友人に誕生日が来たときに外食してくれるリピーターを募ること。メニューで500円・1000円のものって原価では、50円からせいぜい400円にも満たないことでしょう。なぜにやらぬ?ここはたいへんな不思議です。ワイナリーでさえもタダのグラスワインをくれるし(試飲は有料なので)、食べ物やでなくともお誕生日スペシャルをやっているお店やさんは多い。車の修理はお誕生日近辺に定期点検をしましょう、だとか、医者ですらお誕生日近辺に毎年定期健診をしましょう、などとやっているわけです。なぜにお誕生日を有効に使わぬのだ?

別に500円かそこらのものをもらっても特別にオトクな気分ではないにしろ、祝ってくれるような形がうれしいではないですか。存在証明みたいなもんです。

そこで、私も商売にはこの要素を使おうと、決意を新たにするのでした。

誕生日をうんざりする人々は年を重ねるたびに増えるらしいのですが、私はいつも歓んでいます。40の大台に乗ってからもそれは変わりなく、子どもの頃から「早く30代になりたい」と念じてきて、その後、楽しくてつらい、たいへんに意義のある30代を過ぎたあと、40代はますます楽しいのよ♪持病もあるし、確かに老化した部分というのはあるのかもしれません。が、華僑のおじさんに教えてもらった通り、この頭と心の中にあるものは誰にも盗まれることはなく安泰です。蓄積されてきたものは宝物で、誰にも盗まれることがなく、損なうのは自分次第だということがわかっていれば、特に危惧はないです。老化しても同様で、いつかは死ぬ運命にあるのだし(生命体はみなMortalな存在である)、長年うまく使ってきたのですからガタが来たら優しくしてあげられるチャンスが与えられたと思って大切にすればいいだけのこと。夕べも母に腰を踏んでもらったのですが(60代の親を本当にこき使う私なのである・・・)、肉体労働が過ぎたあとと座仕事が多かったあと(パチンコもだよっ)は椎間板のない腰が痛くなるのは当然です。「生きてる証拠♪」などと子どもじみたギャグを持ち出すこともなく、特に暗くなる気分でもなく、日々楽しい。特に誕生日には楽しい気分でいたかったのに、忘れていたとは・・・(汗)。

誕生日の当日、身体はくたくたに疲れていたはずなのに、寝ようとしてからつい3時間もまた本を読んでしまいました。そして「いやー、活字中毒をしていたのは深大寺に居た頃もアメリカに居た頃も同じだなぁ。誕生日であろうがいつだろうがまったく変わらないや」とひとりごちていたのです。「もうやめておかないと明日は業豪勢にランチだからなぁ」と思いつつ、後ろ髪を引かれるようにして本を閉じて、電気スタンドを消したのですが、目をつぶってからも考えるのは未来の明るい事柄ばかり。「何て都合のいい人間なのだろう」と自嘲しつつ、寝付けない頭で数字の計算をしていました。除キングが何個売れたらいくらの売り上げで、純利益がいかほど、だとか、ついでにジャーミーバスターを見せてどれくらいハケるか、などなど。その後、逆に頭が冴えてしまうので、どうでもいいパチンコ台の統計の計算をしてみて、ようやく眠気に誘われるまま深く寝息を立てたのです。水戸黄門と子連れ狼と美空ひばりという渋い台ばかりなので、その連想ゲームのあとには平和が訪れるわけです(笑)。

来年は決して自分の誕生日は忘れないようにしよう、と思い、できたら今年よりさらに豪勢にどこかでメシでも食っていたいな、と祈っているところです。