10/28/2006 にアップした文章です。

 

特に、書評をするものではありません。夕べ、台湾から夜の11時過ぎに戻った西さんに、「今日の猫村さん」を紹介したら、私も紹介され返されたまでのことです(笑)。西さんが子どもっぽく依怙地なわけではなく、私たちの話題選びがちょっとズレているのかもしれない・・・(汗)。

さて、この本。こんな本です。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121017129/ 

他にもものすごい酷評があれば、絶賛するものもあり、「好き嫌い」は大きく分かれると思います。私は実物を読んでいないので、参考にする程度に「へぇ、そうなのかぁ」と受け止めています。

私はアフリカでおサルの観察をやってもいいな、と夢見るほどに、一時期おサル研究には凝っていたのです。西さんがどのくらい本を冷静に、解析的に読み込めるのかは私がよくわかっていますが、実際のところは他のあらゆる人と同じく、自分のアンテナに引っかかるものにこだわる傾向はゼロではありません。いろいろな書評を読むと、霊長類研究所の肩書きがあるにしては、論拠について、偏った資料の提供をする傾向があるらしい、ということは多くの人々が書いています。多数決は重んじなければならぬところでしょうが、私としては自分が読んでいないので「保留」にしておきます。

が、ざらっとネット検索をして思ったのは、「感情書評」もかなり多いこと。まぁ、反論としては、「著作が感情論をベースにしているかのように見えるので、こちらも」というレベル争いのようなことは言えるのかもしれません。特に、若い世代は攻撃を受けているわけですから、それを跳ね返そうとします。へい、物理での作用→反作用の法則です。あまりに強い力を入れれば、強い反発も来るってぇもんです。

そもそも、霊長類の観察といえども、脳細胞レベルの脳内ケミカルやその構造の解析をしているわけではなく、あくまで行動についての統計をしているのであれば、数値が問題になってきます。社会科学の難しさは、統計学をいかに正当化するか、に絞られているので、一般論に当てはめて強引に結果とするのはかなり難易度が高いのです。すでに学界論文などになった場合には、論拠の資料として有効ですが、素人にはそれほどの説得力は持たぬと考えたほうがいいです。人類の英知は蓄積の存在であり、基礎をわかっていない場合には、いくら積み上げてもチンプンカンプンなことが多いからです。でもなぁ、『あるある大辞典』すごいよなぁ。アレで取り上げられると商品は必ず売れる・・・。あの信頼度はどこから来ているのか、今後観察をしてみたいとも思うのですが、ネット販売をする際には「あるあるで取り上げられた」と書くだけで売れ行きが違うのでした。

西さんとは1時間ほどコレについて話していたのですが、私がPhysical Anthropologyを習っていたときのエピソードをしっかり憶えていてうれしかったです。Texasでニホンザルが野生化した話をしてもらったのをそのまま西さんに伝えたのですが、ある日本の動物園からテキサスにある動物園に向けて、ニホンザルを輸出したそうなのです。理由は、おそらく、野生のニホンザルが増えてしまったためだろう、という推測でした。動物関係者のあいだでは、「ニホンザルのイモ洗い」はたいへん有名で、最初に砂がついてしまったムギを洗い、次にナマのサツマイモに塩味をつけるために、ある母親が海水に浸したところ、まずは子どもが真似をし、その後グループみんながやるようになった、という逸話です。観察者はアメリカ人でした。National Geographic でも掲載されたくらいで、一般人でもかなり広く知られていることです。雪の中で温泉に浸かるサルなど、他にもたくさんの行動を写真にて紹介しました。そんなわけでアメリカ人の動物関係者はニホンザルがモデリングを使い、学習することを熟知している割合が多かったわけです。ところが・・・。http://www.biowonderland.com/ScienceMystery/20020603.html (写真つきなのでコレを)

施設がしっかり完成する前に、ニホンザルが到着してしまい、国定公園になっている地域に大きな檻を設置し、ずいぶんと長いあいだ、そこで育てられていたそうです。が、しかし、ロックの仕方や構造を長い間の観察で学習してしまったおサルの代表は、壊して脱走したのです。当然、修復するたびに強化されるのですが、抜け出したおサルが外からも応援に来て、道具まで使い込み、結局、すべてのサルは野生化したのでした。そこで、私のクラスメイトのアメリカ人が言ったこと;「日本はサルまで賢いのね!すごい!さすがMade in Japan」と言ったのですよ(爆)。西さんはそれを強烈に憶えていたのでした・・・。私は当時、GPA(Grade Point Average)4.0(満点)をまっしぐらの最中で、テストは常にクラスで1・2番だったので、彼女はさらに私のこともMade in Japanなのね、と言ったのでした。思い出して、なつかしくて大笑いしました。

Jane Goodall以前は、「ヒト」の定義として「道具を使える」というのが入っていたのですが、彼女のチンパンジー観察の発見により、それは教科書から消えました。よく観察していなかった、ということもあるのかもしれません。ヒトゲノムがどんどん解明され、チンパンジーとヒトのDNAの違いはわずかだという従来の解釈にも、さらなる「わずかであるが重要な違い」についての研究が求められています。まぁ、見た目は98%から99.4%も同じようには見えないもんね・・・。http://www.konkyo.org/nihongo/genus.html 

そこで、です。ヒトは退化するとサルと同化していく、という考え方そのものについてならば、私も読んでいないとはいえども、言えるかもしれないと思ったわけです。まず、「長い長い時間を使って進化してきた生命体は、実際、退化するにはそれほど莫大な時間を要しない」というのは、あらゆる方面で証明されています。たとえば、PCとタイプライターと手書きの人々を無作為抽出で選び、スペリングの正確さ・字のきれいさ・読みやすさ・文法の間違いなどを比較研究したものがあったりします。「技術革新」という便宜性により、わずかな時間であっても脳が「使われないことによる不活性化」をすることはすでに証明されており、この先、こうした便利を追求する生活をしていくと、ヒトはどうなっていくのか不安ではありますね。ただし、サルと同化するのかどうかは、言えない。なぜならば環境の中には、猿人類だった頃よりも道具や技術があり、その大半は携帯や車や電話やi-Podのようなすごいテクノロジーが詰まっているものでもなく、求めれば与えられるわけではなく、代価としての経済活動にも繋がるからです。ただし、子どもであればバカ親が与えてしまえば文明の利器ばかりを使えるのかもしれません。それしか使わない暮らしは可能かもしれません。社会活動の範囲も、広く深くしているようで、実際は狭く浅くなっているかもしれません。が、それはケースバイケースなので、無理やりに一般論として当てはめることはできません。何を軸にし、どのような統計を取るのか?が問われると思われます。

ちなみに、この「文明の利器・テクノロジーの発展」による生物学的ヒトへの影響や文化形成について触れた学者の論文は、1930年代から始まっており、もう70年ほど前からのことです。しかも、同じ文化であっても、同じ人種(白人や黄色や黒人)であっても、気候や言語、地形や既存文化の違いなどを考慮せねば、社会問題を解決する手立てにはなっていません。カリビアンの黒人とアフリカの黒人とアメリカの黒人は違うだろ・・・。同じにするのは失礼すぎる・・・。そこで黒人の社会的地位の向上や教育レベルの向上などを、いっしょくたに語っていいのか?と、まず疑問を持ったほうがいいです。

日本の社会問題も同じくで、北海道から沖縄の島々まで、言語があれだけ違うように文化もさまざまです。バックグラウンドがさまざまなところで、人々はどのような影響を受けてきて、人間関係や社会の基盤を作っていくのか、その法則性をしっかり解き明かしたところから、社会問題には手をつけていかねばならないと、私個人は考えています。それが無理なので、私は人を決め付けることを大げさに避けているところなのでしょう・・・。しかも、20万部も売ったということは、735円の本で印税が3%だと安く見積もっても、440万円もの収入を得たわけです。それについて不満が出ても不思議はないのかもしれません。まぁ、TVでも他人の悪口ばかり言ってギャラをもらっている人々がいるのだから、それはそれで流行なのかもしれないですが・・・。

なんだか結論はありませんでしたし、論点もあまり強いものがなかったのですが、忘れないうちに書いておきました(笑)。