11/21/2006 にアップした文章です。

 

フジTVの教育シリーズのときに、品格とは?というテーマでいろいろな人がいろいろなことを言っていたのです。他のことをエッセイに書いていたので、これについて宿題にしたまま、けっこう時間が経ってしまいました・・・。しかし、私は石原慎太郎知事が好きになれないですぅ。圧迫感がどうしてもダメです。高いところからモノを言う人で、私がコレまで好きになれた人はおらず、いつもいつも『実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな』の句を思い出してしまうのでした。何回くらいこの句を頭の中で諳んじたことか・・・(汗)。

品格:その物から感じられるおごそかさ。品位。

品位:(1)見る人が自然に尊敬したくなるような気高さ、おごそかさ。品。(2)金銀の地金や金貨銀貨の中に含まれる金・銀の割合。(3)鉱石中の金属の割合。

尊敬:人格・識見・学問・経験などのすぐれた人を、とうとびうやまうこと。そんきょう。

気品:気高い趣。どことなく凛(りん)として上品な感じ。

上品:(1)言動や顔つきなどに高い品格が感じられて好ましい・こと(さま)。高尚で洗練されているさま。(2)上等な品。

やはり、上からモノを言う人はホントにダメだよぉ、苦手だよぉ。物事をスケール(ものさし)に乗っけるときに、真ん中の中庸が5や6として、まったく欠けているのが0で、わざとらしすぎるのが10だとしたら、人を押さえつけるような目線や物腰や言い回しなどは、凛とした加減が、ありすぎの10に近いものになってしまうのだろうし、自分の品格がいかにも「あなたより上」とアピールする人に限って、「自然と尊敬したくなる」わけがないからおごそかさが作られたものと感じて、10になっちゃうんだよなぁ・・・。わかる?

とは言え、こんなものをいちいちスケールに乗っける私も私なのかもしれず・・・(爆)。でもわかりやすいので、数的に表現するのは有効だと思っています。

コレを見てもわかるように、私はひどく『中庸』に憧れるやつなのである。恋焦がれており、バランスが取れている人に、たいへんな気品や品格を感じています。今までお世話になった紳士のみなさまは、あらゆるものがほぼ「中庸」で、得意とする9や10をいくつか持っている方々で、さみしいことに1や2をひとつやふたつ欠落として人間らしく内包しており、痛みや苦しみも知っていたのです。西さんもそのうちのひとりです。だから好き♪なのかもしれないですな・・・。

中庸:考え方・行動などが一つの立場に偏らず中正であること。過不足がなく、極端に走らないこと。また、そのさま。古来、洋の東西を問わず、重要な人間の徳目の一とされた。中道。

しかも、コレに異常に近いほど憧れているのは、もしかすると私が「てんびん座」なせいがあるのかもしれません。名前と同じで、自分の生年月日からは逃れることができず、どうしてもそういった傾向を複数の人に「洗脳気味な言葉」で言われ続けてきたせいで、自分でその呪縛をかけてしまっているのかもしれないです。バランスを取れた人間であることがいいと思っており、なのにバランスが取れていない自分をたいへんにあはれに思うわけです。ちょっとした思い込みが、かなり生活や考え方に影響してしまっている例です。いいのか悪いのかは私が今後どういうふうにコレを使うかに左右されることになるのでしょう。これまでは正解選択が多かったように思うのです。

今気づいたのですが、私は自分が選んでおつきあいして袖触れ合った人々を、見下げているわけではないのです。ただ、すばらしい9や10を持っているにも拘わらず、それが「部分」であることをよーくわかってらしたことを、本当にすごいことだと思うのです。財閥や経済界でご活躍の人々でも、私が選んで遊んでいただいたのは、こうした人々でした。そうではない、天狗系の紳士たちは、紳士ではなくなるときが多く、なんだかとても苦手で、貧乏育ちで野心の大きかった私を揶揄することが日常の一部だったのです。ある世界で成功したとしても、ウェイトレスふぜいに鷹揚に振舞えない大人の男たちを、私は尊敬できませんでした。

こんな年になってもそれは同じで、品格がある人間というのは、特定の人間の悪口をあまり言わないんじゃないかと信じているのです。人という哀しい社会動物の性や傾向を言うのではなく、ある特定の人間についてクドクド悪く言うのは、どうも違うような気がする・・・。悪口を言うのは、自分を優位に立たせるための、最も簡単でお手軽な手法です。自分はまったく変わることなく、努力することなく、誰かの立ち位置を落とすだけで、自分はその人よりは優位になれるわけです。

なので、私はTVでも事件のコメンテーターや専門家と言われる人々の意見に疑問を持っており、犯人探しをしておいて、その犯人に責任を押し付けるような物言いに抵抗をうーんと感じています。論文を書いたり、事業で証明したり、地道な努力は要らないわけですもんね・・・。過去、すごい仕事をしたという売りで事件モノで出てくる元捜査官や検察官などもいますが、捜査一課は殺しと強盗専門で、そこで課長などをしていたということは、最後の10年かそれ以上は現場を歩いていたわけじゃないだろうにな、などと、たいへんに冷静に見てしまうわけです(爆)。いやー、こういう私ってイヤなやつだな・・・。

さらに品格がある人というのは、自分に品格があるなどとは思っていないだろうと考えています。自然にかもし出るものであり、意識して身につけて芝居をしているんじゃー、そんなもんは品格とは言わないんだろうね。

あ、そうか、下品というのもチェックしておけねばならぬ・・・。

下品:(1)言動などに卑しさが感じられる・こと(さま)。品(ひん)が悪いさま。(2)下等な・こと(もの)。

卑しい:(1)身分・階層が低い。下賤(げせん)だ。(2)品が悪い。洗練されていない。下品だ。(3)(飲食物などに対して)意地がきたない。(4)けちである。さもしい。(5)粗末だ。みすぼらしい。

うーん、なんだかとても厳しい・・・。身分のことを言われたら私は撥ねられてしまうな・・・。でも、私は自分のことをそう下品だとは思っていないし、私が欲しい、身につけていたいと思う品格は持っていると信じたいところです。誰かに向かって「品格ないよねぇ」「下品だよねぇ」とは、あまり言いたくはないですが、とりあえず、「食べ物を口に入れたまま話すのだけはやめてほしい」とは言うことにしています(爆)。ちょっと食べることをエンジョイできなくなってしまうので・・・。

あ、そうか、私は他人をそう簡単に尊敬しないのだ。だから、おごそかな気高さを感じることも非常に少ないのだ・・・。それに、人として最低限必要な品位と、さらに段階的に気高いくらいの品格に関しても、たいへんに厳しい査定をしているのかもしれない・・・。特にすばらしい品格など、世界中の人々に求めてはおらず、紳士淑女として振舞える人であれば、おごそかじゃなくてもかまわないんだった・・・。回りにいる人々が最大限心地よくいられるように思いやることができれば、品格などという重い言葉は要らないな・・・←結論。