12/05/2006 にアップした文章です。

 

最近、つくづく視力が悪いってよかないなぁ、と思っているところです。仮にもパイロットのライセンスを持っているのですが、アメリカだから事業用を取れたのです。20年ほど前に、パイロットを志願して日本の制度を調べていた範囲では、私の視力では、エアラインパイロットになれる資格がありませんでした。最近は、矯正視力で充分可能になっているので、FAAの規格とそれほど変わりはないかもしれません。2001年に改正されたとのことなので、やはり私にはアメリカ留学がいい選択だったわけです。

視力が出ないのは、まずは第一に遺伝です。ツクリがそもそもあまりよくないということ。私の場合は、祖父は全盲でしたが、戦争のため、事故で片目の視力を失い、その後全盲になったので、ここには原因はありません。父の代に至ってですが、20代に入るまでは誰もめがねをかけておらず、そののち掛けるようになった叔父がひとりと、叔母がひとりいました。叔父は、洋裁の専門学校に行き、たいへんに細かい作業を限られた灯りの下でやっていたことが原因だと私は思っています。叔母も、兄弟中の最高学歴で東京の女子短大に進んでおり、その後も会計士の資格を取るために勉強を続けており、映画がものすごく好きで、そのせいで視力が落ちたように思います。母方にはめがねを掛けている人はいません。

なので、私の場合は、確実に自分が悪かったことが身に染みてわかるのよ・・・・。遺伝はそこにはなかったのです。そりゃ、目のシステム見地から、誰しも視力が悪くなる可能性くらいは秘めていることでしょう。それにも強弱が多少はあることでしょう。が、私の遺伝子では、そこはそれほど弱くはなかった。これはいい遺伝子をもらったのに、視力に関してはまったく関知しなかった、子ども時代からの私が悪いわけです。

私が最初にめがねを掛けたのは、中学2年生、まだ14歳になっていない頃です。毎年ある身体検査で、1年生の頃には、1.5あった視力が、どんどんおもしろいほど下がっていくのが自分でもよくわかりました。外で一生懸命、まるで銭を稼ぐ勢いの仕事のように遊んでいたにしろ、読書という誘惑に魅せられていた私は、字を覚えた幼稚園の頃から、相当量の本を読んでいました。図書館を発見してから、それは坂道を転がるように視力に影響していきます。寝る時間が来ても読んでいたり、布団の中で豆電球の下読んでいたり、布団に入ってからも懐中電灯で読んでいたり、トイレやお風呂に入っても読んでいたり、夕暮れに外のブランコに乗りながら読んでいたり、と、まぁ、まったく採光を考えずに読んでいたことは確かです。とにかく先に進みたかった。読み進めることだけが、子どもの頃の私のタスクだったのですから。

最初にめがねをかけたときの視力は、0.3で、矯正視力は1.5。

それが今じゃぁ、0.03しかなく、無理やりお願いして強いのを作ってもらい矯正しても1.0しか出ませんや・・・。

40歳をいくつか過ぎると、遠視の疑惑ももたげるのですが、私はまだ大丈夫そうです。寝る直前に裸眼で本を読むことにしているのですが、相変わらず近視特有の顔を近づける行為を重ねています。めがねを取ったばかりのときには、少し遠めでも読めるのですが、数分経って目がアジャストしてくると、どんどん近づけなければ読めなくなります。今も寝る直前には、目から本が18cmから20cmというところでしょうか・・・。小さい頃からこんな読み方をしてきたんだなぁ・・・。ったく・・・。こんなときに、身から出た錆(さび)とつくづく思うのですねぇ・・・。いやー、心配だったからメガネドラッグに冷やかしで入ったのよ・・・。日本で強めの矯正視力を出してもらい(アメリカでは0.6や0.7くらい)、ものすごくよく見えるようになって喜んでいたところ、裸眼になると遠視疑惑!?というのがあったのです。が、理由は簡単でした。強く矯正しているから、裸眼になったときにそもそもの近視状態の筋肉に戻るのに、多少の時間がかかるそうです。あと何年くらい出ないのかなぁ・・・。

両親は悪かないですよ。彼らはふたりともたいへんに視力がよく、むしろ老眼が始まったのが早かったのです。最初のうちはルーペのようなものを使っており、本格的にめがねを掛け始めたのもそれなりに早かった記憶があります。ルーペや虫眼鏡の使用は、父は42か43くらい。母も45にはなっていなかったと思います。老眼鏡は、父が48・9、母が50に入ってからわりとすぐ、だったのです。そんな健全な視力の人々が、「もっと本から目を離して読みなさい」「もっと明るいところで読みなさい」以外の何が言えたことでしょう?言われても隠れて読んでいた私が悪いのです。

私のガーナ人の友だちは、出会った頃、渡米して2年しか経っておらず、視力はまだ4.0ほどありましたが、それでも「いやー、すごく悪くなった」と言っていたのです。遠視用めがねを掛けないと黒板の字が見えないのだった・・・。筑波大学に通い、現在はアメリカ政府の研究者になったものの、まだ2.0はある模様。が、老眼があるため、めがねは欠かせない。

どっちが一体倖せなんだろうか?面倒じゃないんだろうか?

本来、私はコンタクトを使ってきたのですが、PTSD以降はめがねが多くなっています。特に美人に見られなくてもいいというのと、コンタクトでは乱視が特に、矯正威力が減るのです。近視もめがねほどには矯正できず、たいへん不利です。大学に通っていると、黒板を見たいことが多く、やはり乱視持ちの私としては、しかも近視もそこそもある私としては、イライラが募るのです。それに、大学の最後の頃は、週に600ページほどの読む課題があったので、1日中チャンスがあれば活字を追っていたので、起きている間中コンタクトをずっと入れているのは、あまり気持ちのいいことではなかったです。めがねってこんなにラクだったのね、と、久しぶりに思い、実感してしまったら、なんとなくコンタクトよりもめがねのほうが多くなってしまった昨今です。

しかも、日本ってまだまだコンタクト高いじゃないか・・・(汗)。コンタクトの洗浄液も高いじゃないか・・・(汗)。2週間の使い捨てを利用していたのですが(乱視がきついので、デイリーのはなかったんだけど、つい最近アメリカでは売り出されたんだそうです)、最初の頃の煮沸に比べると、なんて便利な世の中になったんだろう・・・。しかも、色つきレンズや瞳をくっきり見せるコンタクトまで出てるし・・・。

途中、レーザーで視力矯正をしようかと思ったこともあったのですが、生活ぶりが同じであれば、また視力は悪くなるよ、とあっさり言われ、読書の場所や時間や文字の大きさや照明などに気を使えないであろう私は、断念しました。そうなると、サファイヤやダイヤモンドのあのレーザーで、何本も線を入れることになるんだろね・・・。あれの価格もたいへんに下がりましたが、もう副作用(術後の資料)は充分集まってるのかなぁ。

そして、最近では、みな、PCのせいで視力がうんと悪くなっているんだろうな、と考えているところです。そもそも、日本人の多くも遺伝としての視力は、最近までよかったと思うのです。暮らしの中の視力を助ける改良を加えてみるのは、子どもたちのためにはいいことかもしれません。私のような突然変異の頑固者もいますが、いい遺伝子を長く次の世代まで、その次の世代まで、伝え、さらに視力が衰えないための生活習慣を伝えていくのはいいことなんだと思います。

でもなぁ、姪っ子たち、私の言うこと聞いてくれないんだよなぁ。「髪が目に入るよぉ」と言っても、「アメリカのおばちゃんだって目悪いじゃん」と口答えされてるんだ・・・(汗)。