02/08/2007 にアップした文章です。

 

私は、自分のことを毎日こう思いながら生きているところです。もうけっこうな歳なのに、だらしない瞬間がどうもたくさん来てしまい、いけませんや・・・。立ち居振る舞いなど、姿勢がよかったり、歯磨きの仕方などは、だらしなくはないのです。すぐにできるちょっとしたこと、を後回しにすることが、私にとってたいへんにだらしないことに相当しています。かと言って、他人のだらしないことには、衛生面さえクリアしていれば、まったく気になるわけではない・・・。髪のほつれ毛さえダメな人とかいるよねぇ・・・。あれが流行になったときには、そのような人たちは狂い死にしそうになるのかな・・・(笑)。

だらしない:(1)(外面的に)きちんとしていない。整っていない。(2)(内面的に)節度がない。毅然としていない。しっかりしていない。

整理整頓は、母の得意分野なので任せているということはすでに書きました。母は隙さえあれば、部屋の模様替えをしており、つい昨日までこの引き出しにあった靴下が消えている、ということはしょっちゅうあります(笑)。彼女の整理整頓概念は、進化のみを続け、留まることはないらしい。彼女の場合、もともと彼女が持っている論理性には、つじつまが合わないところがあり、整理整頓した結果、さらにまだ手直しすべきところがたくさん見つかってしまうようです。だからキリがなくなって、見ている私としては、「だったら最初からやらなければいいのに」と思えるのですが、本人が楽しいのだからいいのよね・・・。

つい最近も、もったいないお化けが背後霊である母も(娘もその母に育てられたので同様。ただし、母のほうが気合が入っている)、いよかんだかネーブルだかなんだかの、季節はずれの柑橘類の外皮をせっせとジューサーにかけて、「みかんジャム」というのを作っていました。ほろ苦くておいしいらしいし、なんだか健康の何かにもいいようです。当然、私はそんなものはいっしょになって食べていません←冷たいでしょ?(笑)

西さんも、整理整頓が鋭い人で、彼のほうは、だらしないところもままあります。アレは習慣なのかなぁ。足が熱くなるので、ごはんを食べている最中に脱ぐ。あるいはお酒を飲んでいる最中に脱ぐのです。そして、そこに落としっぱなしだったり、置きっぱなしだったりするわけです。が、ファイルや机の上や洋服等は、たいへんにすっきりきれいにしてあり、アメリカにいっしょに住んでいたときには、ガレージの整理整頓やら、土日のお休みにかけてのプロジェクトなどにしていたので、きっと好きなのでしょう。私は嫌いよ(笑)。昔のアルバムや、教科書の類、給料明細や不動産関連の書類なども、しっかり残っており、引越しするときに整理しやすいので、本当にラクでした。私も自分の分だけはしっかりやっているのですが、母に言わせると、「ただの素人」の領域らしく、穴があったら入りたいくらいですね。

こうして見事な『割れ鍋に綴じ蓋現象』は偶然にも?続いているのですが、それだけに甘んじていてはいけないではないですか・・・。なので、『朱に交われば赤くなる現象』を引き出してしまおうと、私もだらしないことを止め、しっかりと整理整頓ができるようなやつになりたいと思った時期もあったのです。が、教育や躾問題にも繋がっていると思うのですが、母も西さんも、以前は父までも、「私に好きなようにやらせてくれない」わけですよ。「教えるのが面倒だから代わりにやってあげる」が出てくるわけです。家のみんなの財産や荷物は、彼らがしっかり整理整頓。私は自分の分だけやっていればいい、となり、学習の機会・場を奪われてしまうわけです。

そして今考えるのは、だらしないことはやめたい!なので、ちょっとした事務やちょっとした用事(Errand)はその場で気づいたときにやっつけてしまおうというマメさを身につけること。

でもねぇ、ヘタな論理性を持ち合わせているもので、今たとえば郵便物を事務処理しても、どうせ郵便局が開くのは明日だ、と考えると、先延ばししてしまうのね・・・。コレがよくないのだ。どうせ歩いて出かけるのであれば、銀行も郵便局も買い物もいっぺんに処理できたほうが時間の節約だよね、と思うと、コマメに出かけることもなく、不精の妖精のようになってしまう・・・←汚い妖精だろうなぁ(笑)。

母がどのくらいきれい好きでコマメかというと;私の鼻水の特質を知っているせいで、鼻をかんでからゴミ箱に捨てるということができないことを理解しており、とにかく、ティッシュペーパーが水浸し状態になるまで、私が握っていることを知っているわけです。なので、雑菌や風邪菌が入っているかもしれない私を警戒し、そのへんに置かないように、広告を折った箱を2個作り、ひとつは捨てる用、ひとつは置いておく用(乾燥したらまた使うかもしれないよ、この子は、くらい思っているかもしれないです)を渡してくれるのです。大人になっても、こうした時期に手を洗い忘れて食卓につくと怒られてしまうし、私がティッシュペーパーを置いた場所を、追いかけるようにして拭いて廻るのです。ただし、こんなにコマメできれい好きでも、彼女は「持ち物が多すぎる」という欠点を持っています(爆)。これ、救いようがないよな・・・。

うーん、本格的風邪じゃないんだけどなぁ。風邪前症状なんだけどなぁ・・・。でも、母はそんな私をだらしない人間だと思っています。もー、言い訳のしようがないよ・・・(汗)。

ノート取りや文書作りはマメだし、速いのだけれども、どうも生活能力でのだらしなさはたいへんに高そげ。けれども、料理を作るときは、いっしょに鍋釜も洗うし、できた料理が出る頃には、すべては冷蔵庫の中に戻るものは戻してあるし、出しっぱなしなものもないのよ・・・。掃除も、イヤイヤながらしていても、その場での遣り残しはないと思うのです。お風呂だって、母の楽しみを奪ってはいけないので、入りながらの掃除はしないのですが、アメリカではいつもやっていたし・・・。そもそも、私は母より持ち物が少ないしさ・・・。アメリカにたんまり置いてきたものを、いつでも処分していいと思っているし・・・>高い家具だけはガレージを借りてキープしようと思っている。

そして思いつくのが、学歴が高く賢い稼げる立派な人格の親御さんを持っているが、平凡な子どもに生まれたときの環境について。こうしたことを毎日感じていると、金属バットを取り出したくなるのかもしれない、などと自分も実感できるわけです。私の場合には、欠落していて平均値より低いと自覚し、さらに家人にじわじわと見せつけられるのが、数個、数えられる範囲だからいいようなものの、際限ないほどに見せつけられたら、やはりSelf-Esteem(自己尊敬心)はうんと低くなるし、生きていくのはつらいよな、と思うのです。

今、『樅ノ木は残った』を読んでいる最中なのですが、あの時代の人で、武家に生まれてだらしない人はさぞかし肩身が狭かったことでしょう。私は、書道と合気道をしていたことがあったので、立ち居振る舞いはだらしなくありません。うんとリラックスするときにはしますし、持病の腰痛の再発や症状を抑えるのにはだらしなくリラックスさせていただくこともありますが・・・。

今、自分でもだらしなくて最低!と思っているのは、髪。前髪部分が伸びてしまい、パーマが取れているし、そろそろ染めたほうがいいのですが、どうもまき子さんがなつかしい。風邪ぎみ症状が治まったら行ってこようと思います・・・。