02/10/2007 にアップした文章です。

 

昨日は、北アメリカに移民が始まったところまで書きました。やはり長い歴史を短く書くのは無理なのね・・・。私はそもそも質よりも量を話すやつだからなぁ(笑)。陽さんが、ご自分の覚書掲示板で書いてらしたことに触れるのはここからです。迫害された部族や移民などの集団に対する、善後策について。それがもたらす差別について。機会の損失について。などなど。別にインディアンなんてどうでもいいや、ではなくて、ちょっと読んでみてね(笑)。差別についての大本(おおもと)のヒントがわかるかもしれない・・・。

コメント欄で書いてしまいましたが、本当の純粋な意味での差別の理由は、「個体と種のサバイバル」が第一義です。が、それは相対する他の個体と種にも、同価値を認めなければ成立しません。6歳以降身につけるルールについて、論理の初歩についての基礎です。どんな小理屈を使ってもかまわない、ということではないのです。そのやり方に、大義を取るか、自分や同胞だけに+に作用する論理を掲げるか、ここで生命体としての器が量られます。

差別:(1)ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。(2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また、その扱い。
迫害:弱い立場にある者を厳しく押さえつけて苦しめること。

江戸時代の小説を読みつけている近頃の私には、刀で人をばっさりと斬るということが、それほど残酷なことには思えなくなりました。むしろ、明確ではないですか。「あなたに危害を与えるよ」というサインのようなものが刀。それに対して歯向かわなければ、たいていの場合逃げられます。まぁ、もしも恨みを買うような悪いことをしていれば当然、斬って捨てられますが・・・。失血死というのは、痛みさえ麻痺してしまえば、それほどつらい死に方でもないのかもしれない。焼け死んだり、チューブに繋がれて生きているか死んでいるかわからないという境目を長い時間漂うよりは、ずっとましかもしれない、などとも考えます。コレは本題とはまったく別のことですが・・・。

が、人の言葉や政策、遠まわしな言動や区画差別など、殺すことよりもずっとひどいことがたくさんあります。なので、「いっそ一思いに殺してくれ」と懇願する気持ちもわからないではないわけです。

Native Americansの有名な土地返還は、マンハッタン島があります。このように冷静に、NYの歴史にも載せてあります。これについてはすでに裁判も終わっているので、公の事実として通っています。http://www.city-data.com/us-cities/The-Northeast/New-York-History.html 当時、オランダ人が$24相当のビー玉や刀や生活用品と交換します。一部の土地だったはずですが、まさか、いまさら返すわけにもいかぬので、別の土地を与え、その代価として金銭にての返済となりました。別の土地というのが、今総称されているインディアン居住区です。本当に各地に点在しており、目下の収入源はカジノです。美術館やその他も文化的遺産を継承するために設けられていますし、売店ではそれぞれの部族の民芸品等が売られています。http://www.worldfreeinternet.net/AmericanHolocaust/stealing.htm 

他にもこのように植民された新しい土地とみなされたところは、実際のところは、ずっと以前から住んでいたNative Americansのものが多く、たいていの州には、現在、さまざまな部族のインディアン居留地があります。いつ頃にそのへんに定着したのか、移動させられたのか、はさまざまです。一度も動かずに済んだ部族は、少ないですが、います。が、多くは追われ、別の土地に住むことになりました。映画では、Dances with Wolvesがそんなシーンを提供しています。http://www.imdb.com/title/tt0099348/ ちなみにこのタイトルは、白人軍人のインディアン名。命名してくれたのは酋長でした。

私が文化人類学を最初に習ったのは、Community Collegeといわれる短大でのことです。文化保存を徹底的に考え、学者はFieldworkをします。自分の文化を持ち込まず、彼らの文化を混乱させないように、それでも彼らの中で暮らすことを指します。マッチを隠したり、刃物や便利器具を隠すことは、たいへんですが、それをしなければならないわけです。大昔の映画ですが、Bushmanの冒頭で、Coca Colaが空から降ってくるというのがありました。あの部族、カラハリ砂漠に住む人々の中にも、人類学者はいっしょに住んだことがあるがゆえに、その話を聞いたハリウッドプロデューサーの耳に止まり、あの映画ができたわけです。彼らは、大勢でキリンを狩るくらいな部族です。すごいでしょ?

こうした繊細さを持つ人々はいいのですが、実際の文化の混在・混濁・交換はすさまじいものでした。技術は進んでいるほうがいい、とみなせるのは、パワーが持てるからです。実際には、いつもそうであるとは限らないのですが、即効性がないパワーに関しては、結果が出るのを待ちにくいという特質があり、銃や家畜の種類や食べ物などの即物的な文化の進み具合の前に、Native Americansは翻弄され、犠牲になり、抑圧され、自分たちの存在意義までも問われたわけです。

これに関連して、日本でもたくさんの諸外国の文化の便利なところ、粋なところを輸入していますが、どうも自分たちにマッチするようにアレンジしてしまう。ここ40年くらいは「商業上のメリット」がそのメインですが、それに翻弄されている市井の人々があまりに多いことに、たいへん遺憾で、そもそもの根源である大企業たちに、私は企業理念を問うてみたいと思っています。このへんがゆるいがために、『発掘!あるある大辞典』のようなことが横行するわけです。

その後、インディアン居留地にそれぞれの天地を求めて落ち着いたNative Americansは、全米での一般常識とみなされるほどに、「ダメ民族」というステレオタイプを押し付けられました。それは、政府で補償金が出たために、それまで自分たちの文化を尊んできたために起きた弊害を、さも事実であるかのように喧伝されたからです。Native Americansのひとりひとりがみなそうであるかのように言われ、統計学上に出た数値の正誤がわからない人々にとっても、そのステレオタイプは定着しました。

アル中で、怠け癖がひどい、バカ

ひどい言われようです。逆差別、これまで差別してきたがゆえの優待遇による、社会全体による甘やかし、が問題視されるようになりました。その原因は、社会問題がゆえに、純粋な見地から考えられたものは少なく、具体的に実例を伴うものも少なく、一般的統計の数字や噂レベルから出発しました。が、噂は不可思議な形で定着しました。そもそも、なぜそういう状態になったのか?を詰めて考える人々が少ないまま、現在ある一部の事実により、Native Americansはネガティブなラベル貼りに喘ぐことになります。何をしても払拭されない噂に、抵抗しきれない絶望感や無力感を、日々覚えていた人々は枚挙に暇がありません。

90年代に入り、実際に文化的差別が排斥される方向が定着したのち、本格的調査に取り組む団体が増えて、Native Americansの内側、内部からも問題視されている事柄に憂い、個人・部族・地域レベルでの対策が次々に練られていきました。まだまだその努力は続いています。が、また長くなったので、その例は、また明日だ・・・。うひー、長いぃぃ(爆)。