04/02/2007 にアップした文章です。

 

次なる池波正太郎大成は、同じことを考えている人が調布市内にもいたらしく、1巻からきれいに借りることができず、8・9・10巻の3冊を借りてきました。残りは、1~3、15~17、18~20巻の真田太平記、21~29巻で、計18冊。その他、エッセイが数冊あるくらいで、池波正太郎の読破は、5月中にはできそうです。飽きてしまうので、時代劇以外のものも読んでいるので、やはりそれくらいはかかるかと・・・。今読んでいるのは、『近藤勇白書』です。これまで、幕末モノはやたらと読みまくりましたが、去年だったか一昨年だったかに、NHKの大河ドラマで新撰組をやったとのこと。母からの情報なので信じてもいなかったのですが(笑)、あったよ・・・。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E9%81%B8%E7%B5%84%21 

ふむふむ、と読んでみたのだけれども、私はこの出演者の試衛館の9人では、香取信吾しか知らない(爆)(爆)。原作の明示はないのだけれども、脚本は三谷幸喜だったのか・・・。視聴率はワースト5位に挙げられるほどだったらしいけれども、人気はそこそこあったらしい・・・。私が強烈にまだ憶えているのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』なのですが、新撰組に関する記述や小説は山ほどあり、特に原作をひとつに決めてしまうと、さらに不自由だったのでしょう。

ドラマや映画のいいところは、自分の想像力が達しない部分を補ってくれたり(たとえば宇宙モノなどは特にそうで、色や音がついていることで、たいへんな臨場感が味わえる)、作業として読むよりも観るほうがラクだったりということがあるのかもしれません。私には、観るのも読むのも大差はありませんが・・・。あー、時代劇のいいところは、今は使われていない小道具などが実際に見られることかなぁ。ハリウッドなどは、大昔の車もしっかり保存してあり、いつでも使えるようにしていたのですが、最近はCGがあるので、それもうんとラクになったことでしょう。私は、時代劇を観ていると、「桶や」「そばや」「ぼてふりの魚屋」「髪結い」などに注目してしまい、そのコスチュームや小道具に心魅かれてしまうのだった(爆)。今ほどモノが雑然と家の中にはなく、必要最低限の生活必需品を見たり、限られたお金で人々が生活に使っているものを観るのは、たいへんにためになるのだ。が、時代劇を作っている側がそれほど気を使っていなければ、私も騙されることになるので、最近は気をつけています(笑)。

もしも、幕末に自分が生きていたら?と考えたことはありますか?どうしてなのか、小学校から高校まで、日本史では昭和史はいつも端折られており、記憶にしっかり残っているのは、幕末が占めていたのです。明治維新が成立したあと、熱は急激に冷めてしまい、明治時代の閣僚の中に武士ちっくな名前がなくなってくると、もうほとんど気にもしていない状態になりました。やはり、日本史の大イベントは幕末だ!という方は多く、NHKの大河ドラマでも、幕末モノがイチバン題材としても多いし、人気も高いようです。その次が、戦国時代から江戸時代初期らしい・・・。うーん、どこで読んだんだっけなぁ。何かそういう統計を見たのだけれども、すぐに出典できません・・・。http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/3967.html この視聴率表は見つかったので、時代分けをしてみるとわかります。

私は、中学生の頃から坂本竜馬が好きでした。つい最近、日本テレビで、『超大型歴史アカデミー100人の偉人・英雄編 「ニッポン人が好きな英雄ベスト100発表」』という番組がありました。私は観ていなかったのですが、一位は坂本竜馬だったそうです(母の話なので、アテにしていいんだかどうか・・・爆)。http://ntv.jugem.jp/?eid=1526 英語のエッセイでも、坂本竜馬を説明したことがあります。あの時代、あの見識しかないところで、「きこりの子どもでも大統領になれるし、大統領の子どもでも、本人が好きなら本屋にでもなれる」という新しい概念に出会ってから、どんどんとその道を突き進んだことなどを書いた覚えがあります。170年以上前に生まれた人が、それぞれが、自分の好きな道を選べる社会になること目指していた。なんてステキなことでしょうか。その他、「完全なる異質・驚くべき新しい世界」に接したあの時代の、いろいろな場所でいろいろな育ち方をした、いろいろな思惑がある人々が、ひしめいて、解決へと導こうとしている錯綜しているあの時代が、私もやはり好きです。どの時代がイチバン好きなどとは選べないし、選べなくてよかったとも、また思うのですが・・・。

あれを踏まえているからこそ、私たちが現在、このような恩恵を与えられていることは、感謝したいと思い、私はまたもや時代劇を読むに至っています。いやー、実際は、日本に戻ってきて、私が記憶している通りの旧きよき日本を思い出させてくれるものに、常に触れていたいという欲・ノスタルジーであることは、認めなければならないでしょう。同じ深大寺であっても、20年のあいだに、劇的に変わった。サッシや温かくてお水と温風が出るトイレが完備している、作られた旧き木造に躍らされている気がしてしまう、醒めた人間になったのは私が原因なのか?それとも、本当に旧きよき日本は実体などないもので、いつも刻々と変わっており、私のほうが慣れなければならないのか?

とはいえ、幕末に生まれていたら、私はやはり女ではいたくなかったと思えます。ここ、調布は、近藤勇の生まれ育ったところで、近所には彼由縁のものがたくさんあります。家から徒歩1分にある布田天神にもあるし、調布のあちこちで見られます。
http://www.csa.gr.jp/csaisami.htm  http://members.at.infoseek.co.jp/Bakumatu/sinsen-tky_tyofu.htm 
こんなふうに、いわゆる幕末の登場人物の生まれ故郷や偉業の地には、たくさんの記録が残っていることでしょう。そうであってほしいです。

選べることが前提でないと、「もしも幕末に生まれていたら」というお話は成り立たないのですが、士農工商のどこに生まれていたら、最も活躍できたのか?といえば、やはり武士になるのでしょう。それは、人口比率でいえば、狭き門であり、現代に生まれてこの状態なので、私がとても武士に生まれたとは思えず、さらに、男に生まれていたとは思えず、現実味が薄い想像になってしまうのであった・・・(苦笑)。近藤勇ですら、百姓と蔑まれているのが一般常識となっていますが、実際は、豪農(生半可な金持ちじゃーないのよ)の三男に生まれており、養子にもらわれた先が武士だったことと、この武州多摩という土地は天領(幕府の直轄地)で、農民の武道を奨励していたこともあり、ゆとりがありすぎた家に生まれたがゆえに、将来は開けたとも言えるわけです。

そこで、そんな現実味を鵜呑みにしなかった少女時代の私は、父に呪いのように繰り返された『トンビが鷹を生んだ』を信じて、渡米まですることになるのですが、やはり現実から頭1個すら抜け出たような気がして見えないところです。が、しかし、心は晴れやかで、幕末に生まれていても、きっと私は世の中のトレンドに流されず、人々が自分の念じる好きな道を生きて行けることを願って唱えて生きていったとだけは、強くつよく信じられるのです。

勤皇・攘夷・尊王・倒幕などなど、本当にいろいろな思想が飛び交う中、自分はどんな思想を持ったと想像しますか?そして、それをどのように行動に移したと思われますか?今、この世知辛いと思われる現代で、日々どのように暮らしており、今と幕末とどっちのほうがきついと思うでしょうか?実際は、きっとつらさというのは、それほどに変わりはないのかもしれません。念じることだけでは、何も変わらないので、その熱い想いはぜひぜひ行動に移していただきたいと願っています。本を読むだけでも、映画を見るだけでも、史跡を訪ねるだけでも、いいではないですか。まずは小さな一歩から。

同じ日本人が必死に生きたことを、どうか忘れずに、しっかりと胸に受け止めて、今日をできる限り生きていきましょう♪