05/04/2007 にアップした文章です。

哀しいかな、仕事で起きる必要がなくとも、貧乏性な私は、ゆっくり寝ていることができず、本日も5時半起床・・・(汗)。西さんを起こさないようにして、母が起きてくるのを阻止し(彼女は独り言が多いので、どうしてもサウンドが出るので、西さんが起きちゃうのよね・・・)、6時半くらいまでは黙って我慢していたのですが、トイレに行き、歯磨きをし、コーヒーを淹れ、さらに本を読み進めても、本日分のエッセイという課題をやりたいという義務感から逃れられず、やはりPCのスイッチを入れてしまい、本日は8時前にアップしました。そして、今日は・・・。

仕事をその後こなして、卸サイトの充実やネットサイトの追加やその他の打ち合わせをしたあと、私は日給を稼ぎに、パチンコへ・・・。必殺仕事人IIIは、確率が308.5回なので続かないはずなのです。新台なので続くチャンスは高いとはいえ、これまで3回のうち、最高が連続5回。ところが今日は、13箱(突然確率変動;突確)があったので、数字上では15回がめでたく、午後3時前に出て、戻ってきてからまた仕事を・・・。儲けは、47000円。でもパチプロじゃーないのよ♪←言い訳がましいか?

予算がふんだんにあったので、西さんに頼んでおいたサイト変更が一段落ついたところで、買い物へ。鹿児島産の黒豚やらビールやら焼酎やらいろいろ買い込み、アジのたたきをつまみに飲んでいたところ、なんとボクシングが・・・・♪

私は子どもの頃から、父にチャンネル権を左右されていたので、NHKかプロレスばかり見ていた記憶があるのですが、父はたまにしかないボクシング放映もちゃんと見ていました。そのせいなのか、私はボクシングというスポーツがかなり好きなのである・・・。『あしたのジョー』が先ではなく、やはりナマミの人間が時間の流れとしては先に来るのだ。父は、大場政夫のことをやたらとたくさん語っていたのだけれども、私はまだ記憶力のファイルキャビネットがしっかり生理整頓される前なので、かなり断片的な記憶しかないのだった。

大場政夫について>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A0%B4%E6%94%BF%E5%A4%AB  
これを見てわかるように、私は彼が首都高でスティングレーでの事故で死んだときには、まだ満9歳。しかも、その頃、Sting Rayがエイのことだとは知らず、なんだかとてもかっちょいいと思っており、父がコレについてJames Dean
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3 
や赤木圭一郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E6%9C%A8%E5%9C%AD%E4%B8%80%E9%83%8E
を出してきたときにも、なんとなくではあるのだけれど相当に納得していた記憶あり。ある意味カリスマ性がある惜しまれる若者の死という意味と、車で死んだという事実以外に、今となってはどれくらいの共通点があったのかはなぞ・・・。でも、やたらと納得していた記憶があり、そういったヒーローについて、ひどく重きを置くようになった傾向が刻み込まれたのは事実。

私が小さい頃は、ボクシングは日本では全盛期だったのかもしれず、ボクシングのいろはくらいは、子どもの頃にすでに習得していたように思います。ただし、世界的なことになると、ごっちゃになって、いろいろわからなかったことがあるのは否めず。それは猪木がアリなどと異種格闘技なんかをやったせいで、世界スケールについては、「規格」の違いがあることをさりげなくわかっていたせいではないかと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0 

日本のボクシングの基礎団体>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3 

今日は、名城選手の試合が見たくて、スペシャルのミリオネアとCM中にZappingしつつ、ラウンドを舐めるように見ていました。名城選手はこんな人>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%9F%8E%E4%BF%A1%E7%94%B7 
残念ながら今日は判定負けでした。初めて負けたんですね。彼については、帰国してからドキュメンタリーだったか、ニュースのスペシャル枠か何かで見かけたのですが、試合でのダメージで相手選手の田中聖二が亡くなったあと、プロを続けていく気力が失せて引きこもったことについてと、乗り越えた復帰についての特集でした。そこでの「売り」は、驚くほどの謙虚さ。

謙虚:ひかえめでつつましやかなさま。自分の能力・地位などにおごることなく、素直な態度で人に接するさま。

まったくのところ、ボクシングだけではなく、スポーツ全般も「イメージ商売」になっており、人間国宝級の工芸と違って、結果として作品を残し、専門的な人間からの評価によって偉業を残すというわけにはいかなくなっています。わかりやすいのが「数字」を残すことなのですが、野球ですら、数字が大きなものではなく、「何を言ったか」「どんなものを所持していて身につけているか」「私生活では」などなど、イメージ商売に移行していることは否めない。人間らしさや人の深さを測るためのツールとして、持ち物は本当に大切なのか?と考えたときに、氷山の一角だとは思わない人間が増えているのだろうか?実際に身につけているものよりも、身につけているものが消耗したときにどうするか?を知ったほうが、その人の人間の質が知れる気がするのは私だけなのか?←そのようだ・・・(汗)。たとえば、パンツを切り刻んで棄てているのかな、とか、自分は使わずともまだまだ使えるものを中古やさんに寄付しているとか売っているとか友だちや後輩にあげているか、などなどで、人についてはもっとわかる気がするんだよね・・・。

名城選手のあとにも2試合あり、昔むかし、沢木耕太郎が大好きで、彼の書いたものをつぶさに追っかけて、ボクシングも再び見始めていたことを思い出し、アメリカに渡ってからも、そのせいでボクシングは追いかけ続けたことを想ったのだった。

裏番組では、ミリオネアに亀田親子が出ており、かなり簡単な問題ばかりが出ていて、CMの最中にびっくりしていたのだけれども、彼らもやはり「イメージ商売」にボクシングが組み込まれたことを甘受し、順応しているんだろう、と、なんだかさみしく想ったのです。TVに出て「意外性」を披露したり、何を着るか何を話すかというプレゼンテーションを気にするというのは、イメージ商売だということだ・・・。

母は、そんなことに目くじらを立てる私を見て、「少しはイメージ作りをしたほうがいい仕事が見つかって、いい商売ができて、お金になるよ」とアドバイスするのですが、どうも私はまだまだそれについて抵抗がある、青二才なのでした。

いやー、でもボクシングはいいや。血が滾る←この漢字読めた人すばらしい♪「たぎる」です。最近、西さんと私は、「血が滾ること」について、話し合いました。

滾る:(1)水が逆巻いて激しい勢いで流れる。(2)湯が煮え立つ。沸騰する。(3)感情が心に強くわき起こる。(4)他よりぬきんでる。ひいでる。

野球はどうも血が滾ることはめったにないのですが、ボクシングは短い時間に儚く血が滾る。いいです♪