05/13/2007 にアップした文章です。

規則正しい生活を強いられるようになってから、私のおなかは時間通りに空くようになってきた。シメシメ♪この前の睡眠習慣のときもそうだったのだけれども、行動修正というのは、「できるっ!」と大声を上げた人が率先してやらねばならぬのだ。そうして、Behaviorismに貢献しているのですが、心理学の大先生たちも、私が日本でこのようにひそやかに活動していることは知らぬであろう←どうでもいいことだし(爆)。しかし、私はこの学派だけを強く信じているわけではなく、いろいろな学派をコンバインして、いいところ取りをするやつなので、どこかに所属することができないでいます。

そうそう、おなかが空くってステキだよねぇ。以前は、誰も私を管理してくれなかったし、せいぜいネコにごはんを上げるだとか、友だちとごはんの約束をしているというのがCue(合図)だった。強いて言えば、好きな映画の予約をしており、初めて見るものであれば、そのときにいっしょにごはんを食べるように段取るとかいう程度。ハイパー生活が身についている私は、勉強をしていようが、仕事をしていようが、読書をしていようが、いくつかの行動を同時にやっており、「集中力が切れたときにおなかが空いていることに気づく→だから食べる」というパターンだったのです。なので、回数も気づくと24時間ほど食べていない、ということは、年に2・3回はあった(笑)。それに、完全休日をわざわざ作ったときには、なぜか3食食べるのに、そうでないと1回だけや2回だけというのがあって、たいへんマチマチだったので、身体も相当に順応するのに負担をかけさせられていたに違いないのである・・・。

いやー、それじゃー、太るよね(笑)。しかも、アメリカではバターとマーガリンの値段がわずか120円ほどしか違わず、なのだ。「だったらバター買うよ、ウキウキして♪」という習慣が身についたのは、幼い頃、なぜかバターのことを、母が『本バター』などと呼んでいたからで、とってもありがたい気がしていたし、マーガリンと味も違うからだい。牛肉(中レベル)と豚肉が同じような値段だから、アメリカに行った頃は、一生懸命に牛肉を食べたものなのです。そして太った(笑)。こんな例は枚挙に暇がなく、お菓子を食べない私でも、食生活では豊潤なアメリカに溢れる食材に、こー、食材の大海を泳いでいるかのように満喫しちゃったんだよね・・・←すごい喩えなんだけれども(笑)。ただ、唯一の救いは、私が甘味が得意ではないこと。嫌いというよりは、体質的に受け付けず、食べるとどうも眉間のあいだがジュクジュクしてくる感じで不愉快だし、口腔すべてがどうも陵辱されたくらいのセンセーションを受けるのである。だから、あんまりにも酔っ払ったとき以外には、私はチョコレートもケーキもアイスクリームも食べないということになっています。法則的なのだ。

西さんには一度も言われたことはないですが、私個人は『詐欺』だと思っています。えっと・・・、おそらく渡米してから今までの通年で、20キロ弱くらい太ったんですよ。もー、信じがたいことですが、身長も4cmは伸びたのです。が、この割合というのはまったくもって話にならん(笑)。そして、体重だけでお話させていただければ、日本に戻ってきてから、6キロほど減りましたので、順調に最初の1ヶ月はアメリカ生活が名残っており、その後1ヶ月に1キロずつ落ちた、という計算になります。実際は、2007年に入ってから落ちたのですが、やはりそれは、一重に定期的な暮らしを始めたから、というのに尽きると思うのです。

そして無理やり2番目の原因を考えると、アルコール摂取量の激減。20代の頃は毎日、ウォッカやテキーラをボトルで2本は飲んでいましたし、その前にビールにカクテル数種から手をつけていたので、若い頃太り始めたのは、不規則な生活(アルバイトでいつ起きていつ寝るかはまったく数日前にわかることだった)とアルコールのせい、とこの2つに尽きるのです。カロリーだけを単純に計算しても、もちろん体内機構が計算上辻褄が合うわけもないにしろ、6000キロカロリーは軽く超えていた日々だったと思うよ・・・(汗)。

そして、アメリカに渡ってから勉強を開始して、勉強をするためには酔っ払っていたり二日酔いだったりする時間が多いと、ちょっとお話にならない。なので週末だけに限られたり、お祝いや社交的なものに限られたりするようになったのです。ところが、その回数が多い(爆)。それまで完全週休2日制など味わったこともなく、hたすら馬車馬のように働いてきており、金・土・日、少なくとも金・土曜日の夜にはアルコール。さらに、日本では当時手に入らなかったか、手に入ったとしてもたいへんに高価なものをいくらでも食べられるときちゃー・・・・(汗)。

西さんといっしょに暮らすようになってからは、毎晩晩酌が開始され、私も翌日のフライトが早くなければやはり飲んでいました。それは本当に加速度をつけて体重を増やしていったのです。それでも西さんは、体重増加について一言も当時は言わなかった・・・。なぜなんだろう?

そして、西さんが台湾に単身赴任をしてからというもの、私はアルコールよりもタバコのほうが止めにくいということがわかったわけです。学校に通うとやはり宿題や課題が多くて、アルコールを飲んでいると、物理的な時間がまったく足りなくなるわけで、意地で通っている学校だったので、やはりアルコールは減りました。その代わり、行き着けのお鮨やさんに必ず通い、そこでまとめて飲むことになったりしたのです。

私はアル中だということを自認しているので、ひとりではゼッタイ!に飲まない。キリがないのです。誰といっしょに飲んでいても、酔いつぶれるまで飲まないと気がすまない。それだけ飲めてしまう内臓を持ったことを、いいとするか、運が悪いとするか・・・。

そして最終的には、おそらく週に3回飲むというが習慣として定着していたあと、日本に戻ってきたわけです。最初のうちは、日本酒も安いし、焼酎も安いし、と歓んで飲んでいたのですが、当然飽きてきた・・・。なぜならば勉強という足かせがなく、張り合いもなく、さみしい虚しい気持ちが増えていくわけです。しかも、アル中なんだから、という罪悪感も増える・・・。そこで、新年からは飲んだ日数を数えるようになりました。ここのところ、小さくいいことが続いているので、ビール1・2本を飲んでいる日々が7日ほど増えましたが、本格的に座って飲んだのは、まだ5回です。もう5月の13日なので、アル中としては優秀なのだ。Alcohol Anonymous などでは「一切止める」ということを目標に、12 Stepsを推奨するのですが、私はかなり意志が強いところもあるので、社交的なものやお祝いで止める必要もなかんべ、と、まだ自分を甘やかしている最中です。

そこで、日本に戻ってきて、体重がうんと減ったのは、その毎回6000キロカロリーが減ったわけで、1ヶ月換算するとけっこうになるわけです。その代わり、3食を母がしっかりと食べさせようとするので、内臓は喜んでいるようなのだ。なので、空虚な炭水化物であるアルコールよりも、お米やパンから摂る炭水化物であれば、それほど太らないし、やはり歳を食うと、それほどには食べられるものでもなく、限りがあるようで・・・。

そして、今日、フリーマーケットを味の素スタジアムでやってきたのですが、午前中はほどよい心地よい天候だったのに、午後からは陽がうんと刺してきて、最後は耐えられず、3時には上がってしまいました。しかし、売り上げは歴代記録の1位。やはり、この季節なのでお客様の数そのものが違ったようです。そこで、『腹が減っては戦はできぬ』と、コンビニのお弁当を食べたのですが、やっぱり母のお弁当やごはんに慣れているのでおいしくはなかった・・・。けっこうな売り上げだったので、今日はこれから焼肉やさんに3人で行って来ます。明日からの戦に備えるのだ!

さて、私はこれからますます体重が減らせるのだろうか?戦はますます激しくなるのだろうか?