字を書くヨロコビ

2008年3月くらいにアップした文章です。

なぜかヨロコビシリーズになっているのか?と思いつつも、我が家にホワイトボードが届いてからこっち、どうしても字を書くのが楽しくてならぬ・・・。まだそれほど使っていないのだけれども、しかも掃除は母任せなのだけれども、字を書くのっていいですねぇ♪幼稚園の頃、初めて字を書けるようになったのですが、近所ののんちゃんがいわゆる早期教育を受けていて、私の家では焦りまくり、無理やりという流れではあったのですが、あれが正解でしたね。字だけ読めて書ければ、あとは図書館任せ、本任せでOKという放置状態に、今は感謝しています。そののち、習字も習わせてもらっていたのですが、それは母の洋裁の先生が紹介してくれたので仕方なく・・・。その証拠に弟は行かせてもらえず、格安であった(いくら30年前だからって、1ヶ月4回1000円スタートはすごいよねぇ・・・)。

漢字検定もいつか受けてみたいなぁと思っているのですが、それには他人に判別していただけるような字を書かねばならないではないですか。英語講師が板についてきてから、ホワイトボードに毎日何かしら書いているのですが、その書き方というのもなんだかとても要領がよくなってきており、まとめ方も見せてあげられるというのがうれしくて仕方ない。

 

しかし、私は字がそれほどきれいでもなく、「別に・・・。うん、読みやすいんじゃない」程度なのです。さらに、英語は小文字のn とuの判別がつきにくいらしく、さらにrがやはり読みづらいらしい。申し訳ない・・・。筆記体よりはいいよねぇ、と思いつつも、字を書くスピードをもう少し遅くすれば読みやすいだろうに、とは思う。が、遅く書けなくなってしまっているところがいかんです。しかも話しながら書くことが多いですから。生徒さんたちには、わずかでも多く、発音を実際に聴いてもらう機会を増やしたいがために、生徒さんに発音してもらう時と自分が発音するときのメリハリを意識してつけています。字を書いているときに、必ず発音するようにしており、それを聴いて違いをわかってくれる機会の数を増やすことは、日本人講師といえども大切です。

 

私が常任している英語学校では、黒のほかに、青・赤が常備なのです。私はそれに緑を加えるべきかどうか、今思案中です。色があったほうが楽しいことは楽しい・・・。強度や重要度やアクセントや判別の容易さを色で分けるというのは、なかなか贅沢でもあります。私が小さい頃の黒板というのは、白を貴重にしてあり、あまり赤(正確にはピンクだった・・・)や黄色や青は使われておらず・・・。なんだか贅沢品だったような。おそらく、高かったんでしょうねぇ。今、ホワイトボード用のマーカーをネットで売っているところを見てみても、値段はまったく変わりません。不思議だ・・・。技術の進歩なのか?

 

しかも、教えていて思うのですが、英語に自信がない生徒さんたちの場合、「ホワイトボードに書く」というのであれば、それほど抵抗もなく、むしろ楽しい模様。3分で3文考えてもらい、それをホワイトボードに行き書いてもらい、みんなに確認してもらうのは、発言して発音するよりはずっと気楽な作業らしい。さらに、先週のReviewを、生徒さんにまとめて5分から10分ほどしてもらうこともあるのですが、ホワイトボードをどうしても使いたいのです。なぜなのか?は次の段落で。前に立ってもらってテレも隠せるようで、これはいい♪

 

こうして考えると、日本人がWritten Language(書かれた言語)に頼る率というのは、かなり大きなものなのだなぁと思えてならぬのです。私はこれを、初めてアメリカに行ったときに痛感して、歯軋りをしたものです。生徒さんたちが、先週の授業のReviewをどうして書いて説明したいか?というと、発話だけではなかなかしきれなく、例文を書いたり、私がまとめたものをそのままコピーしたりすることが多いです。その後、自分としては納得して複写したはずなのに、どうしてか行間が残っていない・・・。ということは、私はもっと細かく説明を書かねばならぬことになってくる。授業時間が減っていく。とジレンマがあるわけです。

 

そもそも、なぜ、日本人はWritten Languageに頼るようになっているのか?言語的に派生した文化や意識の問題なのですが、あるひとつの言葉がもたらず常識がかなり広範囲で共通していることによります。個人的意識は総意に沿うものが望ましいとされてきているので、語彙にはそれほどのブレが生まれないと、どうしても思い込んで暮しています。なので、写している最中にはそれほど気にならない理解のズレやブレが、自分が説明する段になると、どうも埋まらない。

 

それに拍車をかけるように、TVも字が濫用されています。タイトルやキャスト表示などは仕方ないとしても、字幕やニュースの要約など、知らず知らずのうちにWritten Languageに頼っていることを、日本で暮している日本人は気づかない。報道に携わったり、文章を書くことを生業としていたりする人々が、すでに一般人のために要約してくれたものをただひたすら読むだけの日々になっているわけです。そして、知った気になり、わかった気になる。弊害は途轍もなく大きいと思われます。

 

私はアメリカで、TVを見ていきなり気づきました。ニュースなのに、映像以外の文字がほとんど登場しない。しりもちをつくほどびっくりしましたね。スッテンコロリン状態でした。タイトルくらいです。あとは、中継をしている先のロケーションくらい。記者の名前すら出ないことが多い。有名記者やコメンテーターやキャスターであれば、ますます出ない・・・(汗)。私がPeter JenningsやDan Latherを正確に知ることができたのは、TVを見ながらアメリカ人に質問をしたからで、ひとりだったら、おそらく長いあいだたどり着けなかったことでしょう・・・。この常識を押し付けない態度は、ほとんど建前だけではなく、本音としてアメリカには全般的に存在しています。情熱を持って調べなければ、なかなか情報というのは確保できないのだ。厳しいサバイバルが求められている世界だな、などとハードボイルド風に思ったわけです。

 

そこでWritten Languageに長く冒されてきた私は、クイズ番組でパネルのあるものを選ぶわけです。そうすれば、スペルもわかるし、発音しているのも聴けるし(問題を読むときや、正解を繰り返すときなど)、少しだけ移行していける気がしたわけです。

 

その後、アメリカ人の「要約」が全般的にあまりに下手なことに気づくわけです。頭がいい人はチャートや図式化することがたいへん上手なのですが、そうでもない人は、だらだらと文章で書く。ひょっとすると、日本人としてWritten Languageに冒されてきたメリットというのもあったかもしれない、などと思った瞬間です。

 

ただし、昨今の日本人は、長い文章そのものから遠ざかっているので、「ああ、そういうふうに要約するのか!」(英語でいうと、Aha!)というようなことが、どんどん無くなっている気がします。

 

しかも、アメリカでもインターネットが普及してこっちは、Written Languageに頼る傾向の割合は増えている気がします。学力がさらに落ちるのか、あるいは「中庸」に行き着き、そこで落ち着き、学力アップに繋がるのかは不明です。未来が語ってくれることでしょう。

 

そんなこんなを考えているうちに、いつしか私は、Audienceが小さいとしても、私も「伝える側」に立ってしまっていることに気づきます。ならば、それを要約するノウハウまでに広げて書こう、と。そんな決意は、決められた範囲での時間やコース内容などに阻まれるのではありますが、今のところ好評をいただいており、毎日が楽しいです。しかし、字を書けるってすごい。Written Languageを持てる民族に生まれて本当によかったよ♪

 

性を売る仕事

03/23/2008 にアップした文章です。

 

予告通り、Hundred-Dollar Babyを読み始めて、仕事が忙しかったことを予測し、温存しつつ、楽しみつつ、ゆっくり読もうと思っていたのに、1日で終わってしまった・・・(汗)。うがぁ。金曜日の夜、電車の中で読もうと思っていたのですが、添削があったのでそちらをやりつつ、「えへへ、読めなくなってよかった」とにやにやしつつ、その後、コピーをしつつ、Anticipationを高めつつ、とても緊張していたのです。Speed Readingというグループの時間に、そのChapter 1がどのくらい難しいのか?という質問だったので、コピーをして見せてみたところ、「読めるかもしれない♪」と生徒さんたちに言われて気をよくし、その帰り道から読み始めたのでした。

 

金曜日の夜は、翌日の仕事がたいへんなこともあり、母がなぜかケンタッキーフライドチキンの金黒ごまなんとか揚げというのをつまみに、ビールを2本買ってきてくれてあり、堪能してしまい、そのまま爆睡。翌日の電車の中から読み始めたのですが、朝の10時から夜の8時までのうち、当日キャンセルが2コマあり、その時間におにぎりを食べながら読んだだけで、100ページを超えてしまった!この本はわずか300ページ弱なので、いささかヤバイと思いつつ、帰り道にすでに160ページを超えてしまったので、もったいないと思いつつも、夜道で二宮金次郎をしながら帰宅。ごはんをひとりで食べながらも読み続け、そのまま読み終わってしまったのでした。惜しい。クタクタに疲れていたら、今日まで楽しめたものを・・・。

 

今日の仕事も、午後1時から夜の8時過ぎまでなので、なんだかエッセイのことを気にかけつつ、一気に読み上げてしまったのでした。ネタバレがあるので、ご自分で、日本上陸を待ちたい方は、この先は読まないでくださいね。

 

スペンサーシリーズの第2作で、スペンサーはスーザンとも出会うのですが、その事件は悲惨なもので、15歳の少女が大人の思惑に翻弄され、いつしか売春をして独り立ちし、親からも学校からも離れて生きていくというものでした。事件が解決した最後に、スペンサーはApril(エイプリール)の成長しきれていない主張を飲むしかないことになります。この決断を、私は最初、「すごすぎる」と思ったのですが、いつになったら「ツケ」が追いかけてくるのだろう?と思ったのです。Robert B. Parkerが生きていて書いているあいだに何かが起きるであろう、と。スペンサーは、エイプリールの「あんな親とは縁を切るし、学校なんか信用できない。私は売春をして生きていく」という決心を受け容れ、「どうせ売春をして生きていくのであれば、最もリスクの少ない高級コールガールの道へ」と、New Yorkのマダムのところに彼女を連れていくのでした。

 

売春のまとめ日本語版 

http://en.wikipedia.org/wiki/Prostitution 英語版

 

そして、シリーズ35作中半分くらいのところで、エイプリールが再登場します。今度は、高級コールガールになり、間違った男と恋愛をし、マダムのところから脚抜けをして、その男がPimp(上前をはねて統括する)になり、利用されまくっていたところで、またもやスペンサーが助け出すという設定。無事に、高級コールガールに戻ってしまうわけです。そこでもチョイスがあることを示されるのですが、15歳から続けている仕事から、彼女は離れることができませんでした。

 

そして、35歳になった彼女が登場するHundred-Dollar Babyですが、悲しい結末でした。もちろん、これはRobert B. Parkerの世界観が作ったものですが、マダムのほうは、ボディガードだった恋人に死なれ、娘同様に育ててきたエイプリールのために、ボストンに支店を、損を覚悟で出してやります。話が進むにつれ、物語の全容は明白になるわけですが、私はどうも第10章くらいからわかってしまっていました(今回は、64チャプターまであった)。

 

女として性を売るには、男に頼らねばならず、それでも男たちには裏切られ続け(エイプリールの場合は父や本気で好きになった何人かのクライアント)、肉体的衰えがあり、幸せとは言い切れない毎日が続き、マネージメント(女でも女性からPimpingするということになっていく。が、女の子たちに好条件で助け合いながらやろうとする)に立っても、クライアントからは「ボスとやらせてくれ」という高額な頼みはある。マネージメントは、地元のマフィアや警察との密な繋がりが必要で、神経を尖らせておかねばならないことがたくさんあり、それらはほとんどが男たち。

 

エイプリールのPsyche(サイキ)は壊れていることが、読み進めるにつれ分かってきます。筋肉が必要とされる仕事もあり(暴力で身を守る)、上前をはねようと狙うイタチのような人々がたくさん出現し、彼女が疲れ果て、マダムにはなりきれないこともわかっていき、本当の愛を見つけようとしても、彼女をまるごと受け容れてくれる人はどうも見つからない。

 

スペンサーは彼女を助け続けることを使命としているのですが、今度も助けることだけに固執し続けます。が、殺人が2つ起こり、その犯人が彼女であることを疑えてしまったときに、彼は彼女を警察に渡すことを拒否します。対峙して話し合いがもたれたときに、彼女の銃口に曝されるのですが、彼女は矛盾を裡側に抱えながら、彼に救い続けてもらうことを選ばずに、自滅することを選び続けた自分の人生を清算してしまいます。結末は、読みながらわかっていたはずでしたが、悲しかったですね。

 

私は個人的に、風俗や売春に対して偏見は持っていません。以前も書きましたが、「その事実、体験をずっと抱えながら生きていくのは至難の業」だということは、今もやはりこの小説を読み終えて揺らいでいません。がゆえに、私はPTSDにもなったのだろうし、売春を生業にしたこともないのでしょう。マダムは、経営をしながらも、自分はとても早い時期に売春そのものを止めていました。それがコツだと語る場面があります。私はそのようには割り切れない性格なので、やらなかった自分に対しては及第点を上げています。

 

人がどのようにどんな職業を見て査定するかなどは、実際は根底事項ではなく、自分が人々の思惑に翻弄されやすい人間なのかどうかを見極めているかどうか?が、そもそもの問題なのかもしれません。もっと根底にあるのは、自分がしてきたこと、積み重ねである自分の過去の行動に対して、どれだけの正当化が自分の中でできるのか?です。嘘や無理な正当化は、孕んだ矛盾をどんどん大きくさせていくだけで、何も鎮めていかず、心が壊れたまま、幽霊のように生きていくことになってしまうのかもしれません。自分の存在や考え方を否定されたあと、再出発やセカンドチャンスを信じることができないまま、路線変更ができなければ、売春は生業にしないほうがよさそうです。夢をかなえるために、売春をして元金を掴んだとしても、その事実はいつまでも自分を追いかけてくる。それに耐えられない人は、時間がかかったとしても地道にお金を貯めたほうがいいです。

 

私は未だに売春が悪いことだと思っておらず、子どもでもなく、強要ではない場合、大人同士が報酬を挟んで性行為をすることは、その個人たちの意思決定だと考えています。ただし、危険要因がたくさんあるので、それに向き不向きもたくさんあることは確かです。性病や暴力やその他、実際にイメージだけではない実在する危険要因を回避するか、解決できる能力がなければ、サバイバルはできません。サバイバルしたあと、辞めたいと思っても辞められるかどうかは、個人に掛かってきます。過去は必ずくっついてきて、葛藤をもたらします。

 

そしてスペンサーは、大きな心の傷をまた引き受けて、探偵仕事を続けていくのでした。とはいえ、私はRobert B. Parker氏の健康が心配です。ずっと書いてくれぇぇぇ。

 

GW Boot Camp 記 Ⅸ

5月5日(日)

日本人マインドと英語 ①

日本人マインドと英語 ②

価値観と世界観

人生におけるゴール:美意識の形成と英知の獲得

 

TOEIC スコア100点アップ①

TOEIC スコア100点アップ②

TOEIC スコア100点アップ③

 

午前中はしつこく心理レッスンを促進しました。いい塩梅で理解してもらえた異国文化・国際化の本質をそのままもっと伸ばしたい!という観点から、なぜAssertiveness というのは、単なる自己主張ではないのか?という見解から、本当に言うべきことは言わねばならぬ、というタイミングや場、相手なども含め、英語の本質をさらにつかめるようにと事例や例文なども含め、バンバン進めていきました。

 

多くの生徒さんに理解に到達したヨロコビがあったのは、「一体感」という単純な言葉だったかと思います。

 

一体感:一つにまとまったと感じること。グループやその場にいる人々の気持ちや考えが一つにまとまること。

 

どのようなバックグラウンド・認知・メンバー・対象物により、この一体感に違いが出るのか?ということを、劇的な差異として感じてもらえたかと思います。映画などではよくあるんですけど、自分たちが暮らしていくと、これはなかなか実感しづらいものです。

 

英語を話せるようになることは、文化ごとその特質や長所・短所を引き受けていくこと。長所になるような相手・場・機会・相手を選び取り、しっかりと話すことなど、胸に刻まれたと思いますが、やはりたびたびやらないといけないかもしれないです。

 

染みついていくためなら、Precious One English School はあの手この手を使っていろいろやる!と、さらに決意を深めた午前中でした。

 

物事を長い目で見られる人=賢い人

 

というのが単純に分けられる賢い人の見分け方です。短絡的であっていい部分は山ほどありますが、よく考えられた物事に時間軸が長くついていると、さらにすごい!そしてそれが蓄積されていくと、英知へとなる、という論理で午前を〆ていきました。

 

午後は、もう100点アップするためのTOEICという検定試験の法則性のポイントをReviewしたあと、実際の過去問題を一通り2時間少し分こなしていただきました。その後、解答の解説をして、あっという間に3時間が過ぎた感じでした。

 

Listeningが劇的に上がった生徒さんは、4月28日日曜日からの1週間で、さらに上がっており、毎日英語漬けだったものの、たった7日間でさらに60点も上がるものなのだなぁと、つくづく本人の意志の強さや、環境づくりというのはすごい効果なのだ!と、飛び上がりたいほどうれしくなりました。

 

GW Boot Campが終わって2週間後にこの記事を書いていますが、まだ彼女の英語に対する習慣化への努力は続いており、毎週3回はスクールで顔を見させてもらっています。ゆえに、また違う角度で、また違う言葉で、いろいろなものを新たに発見してもらい、それを脳内に入れ込んでもらい、早く体感に落として、自分でもアウトプットしてもらうために、いろいろとおもしろいカリキュラムにしていこう!と、決意新たです。

 

あなたにはできる?

03/22/2008 にアップした文章です。

 

この世の中にはお金持ちがかなりの数いますが、巨額の富の中から、恵まれない人々にそれらを分けたいという気持ちを持てる人の割合というのは、かなり少ないのではないか?と悲しく考えています。私は、持てるものはいろいろな人とシェアしたいという気持ちがむしろ止められず、西さんには「よくばら撒くねぇ・・・」と苦笑されているのですが、持っていたらもっとしたいです。なので、ドラマの『星の金貨』の原作でもある、グリム童話も胸打たれるんだろうな、と。ただし、いかんせん、ナマミの人間である私は、自分の持てるものすべてをあげてしまうことなどはできず・・・。

 

グリム童話の『星の金貨』をドイツ語から日本語訳しているサイトを見つけました。

http://www.h5.dion.ne.jp/~catari/grimm.html

 

今日のお題を触発してくれたニュースはこちら>

http://www.people.com/people/article/0,,20185795,00.html

Angelina JolieとBrad Pittのカップルが、去年度寄付した金額の総計は、8ミリオン以上だったという記事(約8億5千万以上。ただし、外貨為替の推移がものすごいのでこの金額だとすごいブレが出ます)です。この記事の中で、Morgan Freeman(Shawshank Redemptionがおそらく日本ではイチバン有名?)に、「あのすばらしいすべての美は横に置いておいても、彼女は本当の人間らしい人間だ」と言わしめています。

 

私がうれしいのは、彼女がまだまだ売れる前、アメリカでやっとGiaという映画の主役に抜擢されたときから注目していたので、「うへぇ、私には見る目があったんだなぁ」というヨロコビ。1998年くらいでしたか。うん、1999年のGolden Globeをもらっているので、確か1998年くらいに彼女の存在に気づいたんだなぁ・・・。偉大な父親を持つハンディなども見たし(父は『真夜中のカウボーイ』のJon Voight:Tomb Raiderでは共演)、2003年のBisexual RelationshipをモデルのJenny Shimizuが勝手にカミングアウトして、潔く認めたり、アカデミー賞助演女優賞ももらったし・・・、といろいろと楽しく見せていただいてきました。私も大好きだったBilly Bob Thorntonとはあっという間に結婚して刺青まで入れて、彼に見限られて離婚しましたが、その後、Brad Pittに出会い、今に至ります。今度は、きっと安定しているのだろうと思えるのは、ものすごい決断だと思えることを、どんどんしていること。

 

アフリカ・カンボジアからの養子が3人、実子がひとり。妊娠中の子どもが双子と決まっており、家族は、8人になる予定。この雑誌(People)では、子どもとOuting(外出)している様子も載せているのですが、その母親らしい表情やしぐさというのは、以前にはなかったものです。日本に伝わっているかどうかわかりませんが、インタビューでは、国連大使の使命についてや、彼女の世界観などをたまに語っています。ものすごく共感しますね。

 

そして、実際に、Bradが4ミリオン、Angelinaが4ミリオンを「はいっ♪」てな調子で寄付してしまう。持てる人々は違う、と一言では言えないことなんじゃないかと思うんですね。

 

持てる人々のほうがケチだという統計もあるくらいで、なぜか貯め込みたい人々のほうが多いのかもしれない。日本でも、平塚だったかの高齢の女性が、2度に渡る億単位の寄付をしていましたが、そのときにはびっくりして画面を凝視してしまったものです。でも寄付先が市だったんですよね・・・。他にも、他界したあとの寄付で、赤十字に3億というカップルなども見ましたが、やっぱりニュースになるくらいのことなのだ、と。

 

もしも1億持っていたとしたらあなたはどうしますか?という仮想現実の問いを私はよくやるんですが、イマドキは1億という金額では、家を1軒買ってしまったらおしまい(あるいは夢のお家は買えない)ので、10億にしています。10億の中で、「身内にあげる」という答えはものすごく多いのですが、「寄付する」という発想は、日本人にはあまりないらしい。私の基金計画をそこで話してみると、ものすごく驚いたりするので、お金に対するオプションが少ないのかもしれないと思えるので、中学や高校で、クレジットカードや金融商品や不動産、お金の貸し借りに関しての授業をやればいいのに、といつも感じるわけです。

 

自分の英語学校を始めようと、モデル実験をしているところなのですが(これは11月か12月まで続く)、その料金体制も、掟破りな制度になっています。英語学校の半額ほどをメドにしており、それ以下なことも発生しますから。それでも搾取分(聞こえが悪いなぁ・・・苦笑)がないだけ、私の腹は痛くも痒くもないわけです。私は普段から、サービスをモットーにしており、英語だけではなく、関連することであれば、徹底的に調べて手渡しますし、添削もしますし、授業中に問題を解くような時間が減るように鋭意努力しており、好評なので、口コミでの生徒さん紹介を少しだけ期待しています←そんなにうまく行くのか?(笑)うーん、地理的なことがあって、いろいろ難しくはある・・・。

 

基本的には、たいへんにGivingな私であるのですが、その私が、「すごぉーい!」と思える暮らしぶりなのは、やはり収入が多すぎる彼らの稼ぎ高なのでしょうね。映画1本で10ミリオン以上を稼ぐのであれば、その中から4ミリオンはそれほど痛手でもなく・・・。ただし、自分の収入の4割を「ぽーん!」とあげられる人というのは、それほどいないのではないか?とは思うのです。

 

あなたは、10ミリオン持っていたとして、4ミリオン、自分の信じる団体に寄付できますか?

 

条件付だと思うのですね。

-次の仕事のアテがある

-不動産収入が当て込める

-生きていく年数の計画が立っており、利回りなどが計算できる

などなど。

 

以前話したように、宝くじの高額所得者ですら、身内にあげることはあっても、なかなか大きな金額の寄付はできず、した人のほうが破産宣告はしていない、という統計が出ています。たとえば、宗教団体に寄付して教会の建物を作ってしまったり、自分の商売を気前よく従業員に上げてしまったため、従業員がお礼のつもりで、毎年株主として収入を確保してくれたり、など、のちのちに繋がるお金の使い方というものがあり、その機微、人との繋がりを考えながらお金を使える人々は少なく、しかも私利私欲が中心や動機になっていては、それも見透かされてしまう、と・・・。

 

『金は天下の廻りモノ』という考え方ができるかどうか、というのはとても大切なことだと思えるんですね。倹約をして、しっかりと暮している若者の特集を見たことがありますが、せっせと倹約しているだけで、楽しんでいるのか?と疑問を持ってしまうほどのすごい人というのはたまにいます。その貯めたお金をどう使っていくのか、その時に、本当の人としての真価が問われるような気がしています。

届いた!スペンサーシリーズ!

03/21/2008 にアップした文章です。

思い切って、Robert B. Parkerの去年の作品で、やっとペーパーバックになったものを買ってしまいました。Hundred-Dollar Babyというタイトルで、まるで、あの映画のパクリなタイトルなのですが・・・。読んでみれば意味がわかると思われ、そのときに、70歳を過ぎたRobert B. Parkerの英知がわかるというもの。もー、やることがたくさんありすぎて、このズボラ・面倒くさがりが音を上げています。細かいことはどうもいけません。優秀な秘書が欲しいくらいです。単純なことをひとつふたつやったり、長く量をたくさんやるのはかまわないのですが、多方面に渡ることがけっこうな数重なると、どうもイヤになってしまうんですねぇ。しかも、私の頭は、多方面のことを考えており、次々とタスクは持ち上がってくるし・・・。

 

私がRobert B. Parkerに出会ったのは、22歳くらいのときですから、今から22年ほど前で、そのとき、その小説の中にある男女の形というのにひどく憧れたのです。Spenser Seriesとなってしまったもので、すでに日本でも10冊ほどは出ていたのですが、私の邂逅は、『約束の地』でした。英語では、Promised Land。菊池光さんの訳は、他のどの訳者よりも評価が高いのですが、これしか訳せなかったのでしょうね。約束された地ではなく、約束の地。

 

この男女の形とは、離婚歴のあるお嬢様だった女性は、離婚後、ハーバードの心理学部を出て、カウンセラーとなり、スクールカウンセラーをしているときに、事件の調査中赴いたスペンサーと出会うというもの。これが、第2作目です。そして、すごい日本人のサイトを見つけてしまった(笑)。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/h-tommy/index.html

英訳のこだわりはもちろん、なかなか細かいことを追求してくれている。ははーん、私もこのくらいマメだったら、B級映画評論家くらいにはなれるかもしれない、などという身勝手な感想が・・・(汗)。スペンサーシリーズを読んでから、この感想ページを読むと、ものすごい共感が得られるかもしれないです。

 

そして、男女の関係に戻ると、ハードボイルドの作家は、徹底的なロマンチストだということを強調したのち、冷静に語ると、このありえないような男女関係というのを、本当に実践している人々に出会えるかどうか?というのが、今の私の人生の中でのひとつの課題でもあり、やりきれなかった自分に対しての後ろめたさでもあるわけです。

 

男女、Spenser(ファーストネームは作者が徹底的に公開しない。なぜならば主人公がそういうやつだから)、とSusan Silvermanは、結婚をしない。しかし、事実婚でもない。いっしょに住むことにもトライしてみるのだけれども、やはり最後まで、「お互い家を1つずつ持ったままでいる」という形に戻り、それを続けていくわけです。私はアメリカに渡ってからは、原書でこのストーリーをさらに20冊ほど読むことになったのですが、貧乏学生だった頃は、ペーパーバックが出るまで待ち、ある程度のお金のゆとりができてからは単行本を買うことができるようになりました。それでも、この男女の絆は変わらない。20年以上です。

 

Fictional Characterとはいえ、作者にも人生があり、妻もいれば子どももいるのに、この考え方は変わらない。このアホくさいほどのロマンチシズムというのは、なぜだかどうしても徹底的に死ぬまで持っていたいと願う種類のものなのです。

 

さらに、子どもは作らない。その代わり、彼らが明らかに45歳を過ぎたあたりで、犬が登場します。Pearlという賢いジャーマンショートヘアードポインターという種類です。

http://myds.sakura.ne.jp/dog/pointer/ http://en.wikipedia.org/wiki/German_Shorthaired_Pointer

このわんちゃんのせいで、彼らの行き来はもっと定期的になり、家族行動が増えていきます。悲しいことに犬の寿命は短く、Pearlという名前のわんちゃんも二代目になっています。

 

彼らの関係は、寸分の余地もない信頼で裏打ちされているのですが、出会いからそこまでを読んだときが、私が20代だったために、どうしても読むのを止められなかったシリーズの一冊になっており、近年読み始めた人たちは、「こんな硬派な男はありえねー」「小説だからでしょ」などの声多数(笑)。いやー、みんなロマンがないねぇ・・・。実在していてほしくないものなのか・・・。

 

スペンサーは警察に勤めた経験のあるアイリッシュ系アメリカ人で、自分の規範と警察の規範が違ったために、ルール違反をたくさん犯した揚句、クビになる前に退職し、PI(Private Investigator)になります。ボストンの物語なので、カリフォルニアに住んでいる人で読んでいる人は東海岸より少し少ないようです。スーザンもスクールカウンセラーを経て、自分の家の階下でセラピストをするまでになり、講演を引き受けたりするようにもなります。それでも彼らはお互いを愛し合い、その情熱も失せることなく、いくたびかの生死の境目を乗り越えて、34年経った今もいっしょにいるわけです。途中、一度別れるのですが、その読み物がシリーズ8・9作目で、スペンサーの自分を求める純粋さに大いなる圧迫を感じたスーザンが逃げていくのですね。

 

スペンサーは、料理をし、本を習慣的に読み、身体を鍛える男です。私の理想の男の原型ですね。西さんは、料理がイマイチではありますが(笑)。私も籍を入れないことに数年粘ってこだわってみたのですが、結局は入れてしまったのですから、後の祭りです。ただ、別居というのは悪くないと思っており、犬ではなく、ネコではありますが、ネコによって増える家族行動というのも悪くないと思っています。

 

ということは、やっぱり読む本にかなり影響されているではないか・・・。

 

私が最初に読んだ大人コーナーの本は、『ダラスの熱い日』でしたので、私はやはり左寄りな考えなのかもしれません。そして、このスペンサーシリーズを読み続けてきたことにより、おもしろいと思うツボもだんだん象られており、日本のお笑いはそれほどおもしろいと思わないのかもしれません。昨日もアメトークを見ていたのですが、おもしろいとは思うのだけれども、声が出るほどおもしろくなかった・・・。本を読んでいて、電車の中で泣いたり笑ったり、私は自由にするんですけれどもね・・・。つい最近も、池宮彰一郎の『島津奔る』には、最初から泣かされっぱなしで、かなりの箇所で泣きました。当時の知識や情報伝達の限界で、朝鮮出兵の頃にあれほどのスケールで、物事を考えられた殿様がいたことに、かなり感動しました。

 

これからこのHundred-Dollar Babyを読むのですが、明日のエッセイを書いてからだし、仕事も夕方からあるし、できたら明後日のエッセイも書いてしまわねばならないのです。そうなのよぉ。今日アップしたのも、午後遅い時間で、たいへんに反省しています。忙しいとわかっていながら、どうして読みたい本が届いてしまうのか?いや、オーダーしたからだよね・・・(汗)。せめて、速く読んでしまえないことだけがヨロコビです。1000円分は満喫させてもらいます(笑)。

 

気が向いたらスペンサーシリーズ読んでみてほしいです。実は、今日の発注の中にも、生徒さんに渡すスペンサーシリーズの基本、『初秋』と『愛と名誉のために』が入っています(爆)。

 

ヨロコビの対象

03/20/2008 にアップした文章です。

生徒さんたちのListening Skillについて、まだまだいろいろ考えています。心理学を学んだ私としては、効率のよい、さらなるチャレンジを、生徒さんを人体実験にしているように見えるほどに、インプットをしているのですが、必ずしもトライしてくれるわけでもなく・・・。なぜならば、私が前に書いたように、明文化してもおらず、マニュアルになっているわけでもなく、配布物があるわけでもなく、これまで培ってきたものを、ただただ授業で話したり、時にホワイトボードを使っているに過ぎないからです。コミュニケーションというのは、ロスの多いものだと理解している私としては、どう伝えれば胸に響くのか?と、同じことをアノ手コノ手で伝えているに過ぎず・・・という気もしてきました。自分が整理を必要とされています。

 

その生徒さんたちとのさよならが近づき、あと1回で、次の生徒さんたちにも同じレベルを教えていきます。同じことの繰り返しなので、こうして講師は学習をしていかなくなるのだろうなぁと思っています。結果が出る・出ないを課していないので、こうしたことは起きるでしょう。私は自分の首がかかっていないものの、ラクができつつ、結果を出して、自営へと移行していきたいので、非常にがんばっています。そのわりには、時間に追われて明文化していないだろう?と問われると痛い・・・(汗)。

 

なんなら、英語講師になるための講座というのを教えてもいいのだ、と思っているところです。そうすれば、英語学校であっても、生徒対象の門戸は狭まるにしろ、可能性がなくなるわけでもなく・・・。

 

何度も何度も言い続けているのですが、脳内ケミカルのひとつであるDopamine(ドーパミン)を出せるか出せないか?でその後の行動が変わるというもの。イヤイヤながらの行動であっても、報酬や利益があればできるものがあり、その際にもドーパミンが分泌されます。が、もっといいのは、好きでたまらない行動で、その成果による報酬や利益が高ければ高いほど、繰り返しの行動を起こせる動機が強まるわけです。簡単にそれが実現されているのが、TVゲームやPCゲームのようなもので、楽しい=好き=結果が簡単に出る=リストに名前が出るなどなど、いろいろな動機強化が重なっているものです。あ、私の場合はパチンコか・・・。お金という数字になっているので、本当に依存症にまですぐに発展してしまうものです。

 

報酬:労働や物の使用などに対するお礼の金銭や物品。

利益:(1)もうけ。得(とく)。収入から費用を引いた残り。利潤。⇔損失 (2)役に立つこと。ためになること。

 

ですから、すでに「勉強」と思うのか、「学習」と思うのか?という態度からチェックしてきたのですが、どうもまだまだ英語の場合は、他の教科と混ぜた小学校の頃からの勉強に対する態度や考え方、社会が求めている勉強の成果やその使い方などで、どうもごちゃごちゃしすぎている・・・。しかも、その中で、勉強にヨロコビの対象を見つけられている人々というのは、ごく少ないわけです。

 

私は恥ずかしげもなく言いますが、大人になってからの学校の勉強は、途轍もなく恐ろしく楽しくなった。なぜならば、「しなくてはいけない能書き」というものからまったく解放されたからです。自ら選び、自らプランし、自らその多数の選択肢の中から選び取り、それに対して責任をしっかり持ち、自らその結果をシビアに見つめ、という繰り返しが可能だったからですね。止める必要など生じず、なんだかとんとん拍子に進んできてしまい、私のドキドキ感はまだまだ続いています。何を読んでもおもしろく、何を勉強しても押し付けがない限りはうれしい。

 

このヨロコビの対象というのが、英語の中に人々にはあるのか?を見極めていくところが肝心なので、カウンセリングというのは、必須なのでしょう。ところが、子どもたちや生徒さんは、まだまだこの重要性には気づいておらず、「会社から英語は要求されるから」「大人になったらものすごい国際社会になって英語は必須だから」などという、かなり自分にコントロールのない状態で、選んだわけでもなく、そこには自発性というのが欠けているのかもしれません。

 

何度も書いてきたように、ドーパミン云々を語る以前に、ヒトだけではなく、すべての生命体は、Selfという概念を中心に生きています。サバイバルに賭けているわけです。そのSelfが傷つくようなことや、サバイバルチャンスを減らすようなことを、自ら歓んでできるようになるために、このドーパミンがあるわけです。Altruism(利他主義、愛他主義)は、このSelfを超ええたものの特権です。最初は、自分。その後、自分の家族や血族。その後、自分の家族や血族を大切にしてくれるであろう同種。そのずっとずっと後ろに、まったく種も違う、営利関係も損得勘定もないところで、1個の生命体が他を助け育み何とかしたいという、衝動的ですらある現象が起きます。

 

これが、愛の面倒くさいところで、結婚にせよ、恋愛にせよ、この同じプロセスを辿っているわけですよ。利他主義を取り入れるほどの愛を、満喫しているカップルは、「子どもを持っているから」という要素がたいていあるので、純粋たる利他主義まで到達した愛かどうか、わからなくなります。

 

対象物がヒトでなくとも、こうした昇華できる繰り返し行動を呼び起こすドーパミン分泌は起きます。それがたまたま勉強だったヒトというのは、しかも子どもの頃からというヒトは実在します。私の場合は24歳半過ぎてからでした。何が自分に向いているか、適職なのか、キャリアまで昇華できるのか?と考えている人々はまだまだたくさん溢れています。この対象物がヒトではなくとも、ドーパミン分泌が最も活発なものを選ぶのが、おそらく幸せへの片道切符なのでしょう(好きでなくなることは、おそらくない地点まで連れていかれてしまうので)。

 

ここで思い出すのは、校長センセの無線やジャズです。校長センセは、この対象物がヒトでないものに関して、損得を超えたものまで身と心と頭に植え付けられた。これに関するシナプスはものすごく複雑に長く進化しており、もう帰り道というのはないし、道が見つからないこともないのでしょう。お休みをしたにしろ、そこには道は必ず続いていることは確かです。

 

最近教えている高校3年生の男の子は、AO入試を英検でしたのですが、彼も「生涯英語には関わっていきたい」と高邁なことを言っています。本当にこの利他の道へと繋がるのかどうかは、まだまだ時間があるので、変心があってもいいのです。ただ、そう思えるほどの昇華・エクスタシーを得ることが、少なくとも数回あったことを、私は本当に彼のために歓べる。

 

こうしたヨロコビを何度か経験する中で、もうこのヨロコビなしには居られなくなってしまうほどの「体質」にしてしまうことが大切なわけです。それが勉強にしか行かない社会の成り立ちや、親御さんたちの意識を、やはり問題視しています。もちろん、その社会の一員である当人の態度や考え方も、です。

 

私のヨロコビの対象はかなりたくさんあり、だからがゆえに、私が存在していると確信していることがたくさんあります。これがあるがゆえに、私はここからも必ずやっていけるという自信へと繋がっており、心配すべきは健康だけですね。脳が動かなくなったら、ドーパミンが分泌されませんから。とはいえ、私は躁鬱病がゆえに他人とちと違うシグナルを出しているかもしれない疑いもあり、マイルドだとはいえども、脳内ケミカルの分泌も違うのかもしれません。ヨロコビが何の中でも見出せるオトクな体質は、やはり持っていたら楽しいです。日々、とても楽しい。何もないことですら楽しいくらいです。

目玉焼きにかけるのは?

03/19/2008 にアップした文章です。

今日は、うんと遅く起きました。クロネコヤマトの宅急便の電話で起こされた次第です。うーん、そんなに疲れていたとは知らなかった(朝の9時でした)。そして、暢気にニュースを読み、今日のエッセイを書いていないことを現実視し、ワイドショーを見ていたら、「目玉焼きにかけるのはどの調味料?」というおもしろいお題が・・・。さらに、「餃子」にかける調味料だの、いろいろ真剣にやっています。

 

  • 醤油
  • 砂糖
  • ソース
  • ケチャップ
  • マヨネーズ
  •  
  • 天つゆ&ゴマドレッシング
  • ゴマ油&チリソース
  • カレー粉&塩(マヨネーズ)
  • おろししょうが&醤油

 

これらの中で試したことさえないものはあるんですが、私はそもそも目玉焼きを食べなくなっていたことを、母と久々に暮して感じたのです。私は目玉焼きがそれほど好きでもなかったので、西さんがひとりでお弁当を作るときに、なぜにあんなに目玉焼きを作るか?という理由を、「好きだから」とは思わず、「作れる簡単なものだから」と思っていたようです。私ひとりの偏見で、食卓が思わず変わっていることっていうのはあるんだなぁとびっくり。私は卵料理をそれほど作らないのだ、ということなのか?おでんはやるんですが、ハンバーグやその他に卵をしっかり入れるのですが、卵そのもの料理というのをあまりやらなかったのかもしれない。だから、西さんは、「ポテトサラダ」「マカロニサラダ」にゆで卵を刻んだものをたくさん入れることを所望していたのかもしれず・・・。うーん。

 

私にとって、目玉焼きは、パン食にしろ、ごはんにしろ、「おかずがないときの神頼み」だったり、「定番」だったので、どうも意識的に好きでもなかったような・・・。母は毎週までは行かずとも、けっこう出しますね。私は出されたものをしっかり文句をあまり言わずに食べるのです(どうしても食べられないものに関しては言うけど・・・。じゃないとしょっぱいものを食べさせられたりするんで・・・)。

 

そんな私は、何の疑問もなく、お醤油で食べていました。アメリカにいるあいだ、旅行をしたときに食べる朝食に関しては、Egg Benedictがお気に入りなので、塩かケチャップでいいんだ。でも、家にお醤油がある場合には、必ずお醤油を使う・・・。私は恐怖の塩分人間なので、お醤油イチバン、塩2番です。マヨネーズを使う人々を、マヨラーということをつい数年前に知りましたが、私はマヨラーではないので、いつもいつも何かを食べ終わったあとに、「あ・・・、マヨネーズを試してみればよかった・・・」と思ったこと、これまで何度もあり、数え切れません(笑)。ただし、冷やし中華ではやったことがあり(目の前で盛大にマヨネーズをかけている人がいたので、思い出せた)、私にはダメでした。

 

ちなみに、アメリカではキューピーマヨネーズを、和食スーパーで買ってきてプレゼントすると、ハマってしまう米人はけっこう居ます。なので、次からかなり頼まれます(笑)。面倒くさくなると、地図をプリントして渡していました(笑)。

 

私の味覚は、しょっぱいものが好きなほうの日本人の典型なのかなぁ・・・。

 

天つゆとゴマドレッシングならやってみてもいいかと思うんですが、市販の天つゆは甘いので作りますね。しょうがは母が好きなので、さっそくTVを見ながら「やってみよう」と言っていたので、近日中に食べることが叶うかもしれません・・・。

 

そして、餃子の場合は;酢&ラー油&醤油が定番。

 

  • 醤油のみ
  • 塩のみ(岩塩がいいらしい)
  • 酢のみ
  • 酢&ラー油
  • 酢&ラー油&塩
  • ポン酢
  • レモン&コショウ
  • ごま油&一味唐辛子
  • ゆずコショウ&醤油
  • フレンチドレッシング(イタリアンでもいいらしい)

 

とかって、ラー油ってごま油と唐辛子でしょう・・・と思いつつ(笑)。スタジオでは、ゆずコショウ&醤油が好評だったようなんですが、ゆずコショウって、コショウでできていませんから・・・(汗)。(どうもコショウな食べ物なネーミングではある・・・) 

なので、このリストの中で、特殊なのは、レモン&コショウの、本当のコショウを使っているものと、フレンチドレッシングだけで、あとは、餃子の中に練りこんですらいる(家庭によって違う)塩・醤油・ラー油・ごま油などの味の強弱問題じゃないかっ!と思ったのである。

 

そして、この時点で、ワイドショーに見切りをつけてしまった私は、時代劇にチャンネルを変えました(笑)。フレンチドレッシングやイタリアンは、おそらく餃子の味が強い場合に有効なのでしょうが(にんにくがしっかり入っているとか、ごま油が効いているなど)、いくらおいしくてもカロリーはものすごいだろう・・・(汗)。

 

ええ、私は定番な味覚でいいや・・・。基本は、人によって味覚や塩分等の差があるので、適度な味に作っておいて、あとから足すという感覚の調味料だけでよろし・・・。でも・・・、ワイドショーのネタ作りって、フツーの生活を着眼点にするとこれくらいたいへんだから、やっぱり衝撃的映像やらニュースによって支えられているわけなのね・・・。畠山鈴香被告の判決も中継で出ました。それにずいぶん時間を割いていたものなぁ・・・。

GW Boot Camp 記 VIII

5月4日(土)

独学英語の目標設定 ①

独学英語の目標設定 ②

Listening 集中トレーニング①

Listening 集中トレーニング②

 

文法対策 フリースタイル①

文法対策 フリースタイル②

文法問題 フリースタイル③

 

あと3日!というところで、本当に独学体制は万全か?というチェックを入れました。既存のスクーリング中の生徒さんには、42レッスン中の後半Φ―12(15項目中の12個め)で、目標設定のセオリーからどのように、どうして、をお教えしていますが、実は独学はスクーリングをしているときにも継続しており、スクールに来る以外の時間はすべて独学中なのでした。ゆえに、Precious One English School では、42レッスン中3つ目に「独学の準備」を学びます。そして、時間管理や目標設定に照準を合わせ、心理レッスンを展開していくことになります。

 

小学校の夏休み時にやった24時間のスケジュール表の平日版と休日版を作ってもらった人は、その先に進み、まだ作っていなかった人には配布し、見直しを進めてもらいました。

 

英語の基本的な4技能

speaking/listening/reading/writing

の他、どうしても苦手な

grammar

vocabulary

pronunciation

の項目などを設けてもらい、それらをごくごく短時間(3分から20分以内)で、どんなactivities が可能なのか?を書き出してみてもらいました。

 

それぞれ、ライフスタイルや心地よさが違いますし、苦手や得意も違いますから、どんな項目もアリです。

 

この日にやったのか、前の日だったか忘れたのですが、「究極の質問」というのを10個考えるのに、1時間近くかかったことも記しておきます。

 

ある人と知り合う場面で、この質問をしておけば、だいたいの「人となり」がわかるという質問ですね。面接試験やその他では、みんなけっこう対策をしているはずなのに、何を見られているのか、その質問の底にあるものは何なのか、あまり考えてきてはいなかった模様です。

 

この質問を10個考えるアクティビティはとっても楽しかったです。

 

「こういう人はイヤだ」

「こういう人であってほしい」

「こういう人は大好きだ!」

「うわ!それもありか」

というような答えが出るような、お茶を濁さないきっぱりした方向性がわかるような質問を考えてもらったのです。たとえば、「性格は変わると思うか?」に「変わらない」と答える人は、自分としては変わらないと信じているわけで、自分も間違ったところを認めない傾向がありますよね。そうしたやつです。

 

楽しかったです(笑)。

 

Listeningのトレーニングも、やり方のチェックをして、やはりまだ「日本で学んでいない思い込み方法」をしている方はまだ数名残っておりましたので、やってよかったです!

 

その後、TOEICやCDを使ってトレーニングを行いました。

 

午後は、文法の苦手なところを、フリースタイルで質問ベースで応えていく、解説していくという方法を採りました。が、やはり苦手は決まっているのね、という印象でした。

 

時制

前置詞

助動詞

 

となったので、重複も多くありました (・・;)

 

 

チベットに平和は来るのか?

03/18/2008 にアップした文章です。

 

ダライラマ14世が1959年にインドに亡命して、はや48年強。4歳で在位して、23歳のときに、チベットから逃れることになり、ラサの宮殿を後にした映像は、ハリウッド映画であるKundunでかなり忠実に再現されているようです。未見の方がいらしたら、ぜひこのチベット暴動をチャンスにどうぞ見てみてください。私は、日本での報道や、コメンテーターの言を、あまり信じておらず・・・。いろいろなその方面のエキスパートを探してくる努力だけでもしていれば、少し聴いてみますが、本人もあまり強く言えないのは、いろいろな事情があってのことなのか?うーん、深い・・・。

 

オリンピックのボイコットが実現したら、人々はチベットを責めるのか?それとも中国を責めるのか?チベットを責める方がもしもいらっしゃるのであれば、ちょっと考えてみていただきたいなと思っています。そもそも、陸上の王者が、「空気が汚いからマラソンには出場しない」と室内1万メートルを考慮中というニュースが奔ったり、水の確保が心配されたり、マナーを徹底するキャンペーンが北京近辺で堂々と配布されたり、TVCMに取り入れられたりしているのを見て、「閉鎖されてきた社会」を感じない人々はいてほしくないと思うのです。

 

以前載せましたが、ダライラマの基本情報>

ダライラマ 日本語版 

ダライラマ 英語版 (写真はきれいです)

英語版 ダライラマ14世

 

チベット基本情報

このダライラマ14世と、彼が過ごした国外で過ごした48年と、2歳で見出されてからの72年と、それらを冷静に見つめ、ヒトにしか与えられていない感情を熟考し、世界的なバランスを査定した上で、今、なんとかしていい形で結果を出すことができたら・・・と願うのです。

 

・・less=・・・がないという形容詞がありますが、親や家や仕事などの細かいカテゴリーではなく、チベットの人々には、国がありません。Countrylessなわけです。家をどこに置いても、植物でいえば、根を張るところがない。もともとは自分たちが祖先から受け継いだ土地だったところを、いきなり中国に奪われて、「貸しておいてやるよ」と高飛車に言われ、尊敬する指導者も追われ、取り戻すことが叶わない。おそらく、チベットでは、ダライラマ14世がどのような活動をしているかをつぶさに知ることができず、不安は募って、学習してしまった無力感も蔓延し、どうしたらいいのか、頼りない気持ちで生きている人たちは多いでしょう。

 

昨日も「漢民族」という単語を出していたインタビューを受けた日本人旅行者がいたのですが、その人が「漢民族とプーリー(チベット民族)の違いをちょっと見ただけでわかるのか?」という疑問が生まれました。そこから、報道のビデオを見て(しかも中国が提供して世界に流しているもの)、誰が誰で、場面だけを切り取り、その前後をどう編集しているかもわからぬものから、「大したことなど判断できぬ」と、見極めた海外の人々が多いことを祈ります。アメリカのレイプ事件でも多いのですが、他民族の顔判別というのはつきにくいので、冤罪が増える。人が人に興味を持つことなく、きちんと向き合わないために、特徴らしい特徴を見出せない。それは、アジア人に生まれた各所の国民にも言えることで、アジア人だからと言って、アジア人の判別がつくわけでもないわけです。ただ、白人や黒人を判別するよりは簡単に思えるだけで・・・。そんな簡単な心理学的メカニズムもわからず、報道をしている側に立っている人々は、まんべんなく話を聴く前に、物事の見方というのを学んでほしいと思うわけです。間違っているかもしれないが、衝撃的な映像や証言というのを、「絶対に取上げない覚悟」があるのか?と、常に自分に問うてほしいです。一国の運命がかかっており、たくさんの人々の幸せがかかっているのですから。

 

Richard Gereはもう30年以上もダライラマ14世と交流があり、「チベットのための国際交流会」の会長をしています。アメリカ国内は必ず、ダライラマ14世の行くところには彼の姿があります。あれを見て、私は「ああ、お金があればなぁ・・・」と思ったものです。もちろんお金だけではないんですが、知名度やゆとりは、信じる心に+になることが多いのだろうと。

 

中国人記者は、台湾紙で、中央政府批判を堂々と掲げています。イギリスでは、チベット留学生が中国大使館の前で、ハンガーストライキをしています。国連総長も意見を表明しており、当の中国ですら「海外のメディアは不公正」だと意見を高々に掲げている中、日本の新聞は非常に第三者的だなぁと、日和見なところを見るのです。

 

http://sankei.jp.msn.com/world/china/080318/chn0803180310001-n1.htm 産経新聞の【主張】というコラム。

http://www.asahi.com/special/080315/ 朝日ではコラムは書いていませんが、どの記事のタイトルも中国の動静をうかがっているという評判に、沿ったものになっている印象ではあります。

http://mainichi.jp/select/world/asia/ 毎日も特にコラムはなく、チベットの特集欄もありません。

http://www.yomiuri.co.jp/world/ 読売もコラムはなく、特集もなしです。タイトルを見ると、イチバン少ないですね、記事数が。

 

さらに、集団心理学を考えると、暴動が起きてしまったあとの言動について、責や咎を受けるべきは、その渦中にいる民衆ではなく、外側から見ているシステムを作った立場です。人々が暴力を振るい始めてしまったら、身を守ることが第一優先で、それに伴う食糧略奪や、サバイバルのための逃げ道確保など、誰も何も責めることはできないでしょう。やらない人がいたら、むしろ、聖人です。私も自信がありません。自信があるとおっしゃる方のそばには、暴動時や緊急時に、むしろ私はそばに居たくはないです・・・(汗)。SWATチームにしろ、警察にしろ、暴動時の訓練のマニュアルはないのか?と思うほど、あのへんは進化していませんなぁ・・・。

 

ただし、この事件を、自分の政治的立場によりよく利用したり、中国憎悪のネタにしたりするのは、私が好もしく思うところではないので、とにかく、チベットの人々に国がかならずや返ることを祈ります。私がこれを書いて、何が変わるんだ!?程度のものなのですが、書かせていただきました。死ぬまでに、遠くからでいいから、ダライラマ14世を見たいなぁ・・・。まぁ、人々はTVのほうが大きくて近いからいいじゃない、と言うのですが・・・(汗)。

 

覚悟の多忙

03/17/2008 にアップした文章です。

 

本日が最後の完全休日で、今度の完全休日は、5月3日になります。ということは、ほぼ1ヶ月半、完全休日がないので、健康管理をしっかりせねばなりません。医者に行く程度の時間は作れますし、昼寝のタイミングを計ればしっかり身体を休めることも可能です。毎日8時間びっしり働くわけではないので。が、気が抜けないというか、ダラダラできる時間に区切りがあるというのは、少し厳しいのかもしれないです。が、どうしてこんなに働かねばならないのか?うーん、誰かに雇われて、コントロールされる度合いを減らすのは、やっぱり第一優先なのです。そのためには、将来を見据えた動きを必要とされており、やっぱり貧乏症がゆえに、多忙になっちゃうんだなぁ・・・。

 

覚悟:(1)危険な状態や好ましくない結果を予想し、それに対応できるよう心構えをすること。(2)〔仏〕 悟りを開くこと。(3)知ること。(4)覚えること。(5)観念すること。あきらめること。

 

本当に覚悟なんだなぁと、改めて苦笑しています。もうしばらくは、二日酔いになるほど飲むこともかなわないだろうし、パチンコなんか行けるわけもないし、料理なんてしている暇があるかどうかわからないよなぁ・・・、などといろいろなことを考えて、昨日は10時間ほど眠ったあと、パチンコに行きました。土曜日は2人でワインを3本飲んだのでかなり酔っ払ってしまい、フォアグラの味も覚えておらず・・・>パイ皮包みだったんだけどなぁ。かなりお金を使ったのですが、昨日、あっさり着席してから2000円で出てしまい、45000円の儲け。完全に消費した分をリカバーしてしまいました(汗)。勝ち逃げができる状態なので、勝ち逃げしたままにします。この1ヶ月で4回ほどパチンコをしたのですが、全部で20万以上勝ったのである。なんだかまともに働いている人々に申し訳がなく、そのせいか、貯金などできるわけもなく、他人に奢ってしまうのであった。

 

他には、今回、ホワイトボード脚付き両面というのを買うことにしたのですが、ブランド物はやはり高い。新品だと10万を超えるのです。コピーボードだともっと高いですしねぇ・・・。まぁ、そんな高級なものは要らないのですが・・・。そして、教材等をアマゾンで買ったのです。けっこう豪勢に買うことができました。英語で英語を教える方法を採る私は、アマゾンが御用達です。

 

さらに不思議なのは、春になって体調がいい感じになってきたこと。クマのように眠かったのですが、ここのところ6時間か7時間半というどちらかをキープできており、それ以上は昨日の完全休日の10時間ちょいというもののみ。しかし、それでもなんだか体調はいいですね。

 

いいことが続いているせいなのかもしれません。

 

ただし、ネコのうどちゃんの体調が悪く、最近よく戻します。それもこれも私が遅く帰宅したので、お水をいっぺんにがぶ飲みしてしまい、そのせいなのですが・・・。彼は腎臓病なので、お水が必須。しかも、分けて飲まなければならないのに、新鮮なお水が足りなくなったので、がぶ飲みをしてしまったのですね・・・。悪いママでごめんよぉ・・・。

 

そのせいで、またお刺身を買ったのですが、体調が悪いらしく、それほど強欲に食べないので、ちと心配だったのです。が、今朝はけっこう大丈夫そうです。他のネコたちは、春が来て、盛りがついているのですが、去勢しているのに、まだホルモンは強いんですねぇ・・・。びっくりします。ネコたちのことについては、母とじっくり話し合い、彼女の「ゲロばっかり」「毛だらけ」という文句を、少し抑えてもらうようにお願いしました。私が忙しくなると、ネコたちが頼れるのは母なので、母にももうちょっと愛情を持ってもらえれば、と思い・・・。

 

その代償はおそらく冷蔵庫になるのではないか?と思うのですが・・・。まだ壊れていないのですが、冷凍庫部分が弱くなっており、そろそろ壊れる兆しがあるので、夏前には買ってあげようと思っています。聴いてみると、今年ちょうど10年目だとか。日本の電化製品は、どのくらいの寿命率で製造されているのか、私は日本で家事をしたこともないし、一人暮らしをしたことがないのでわかりませんが、アメリカでは10年と言われており、それでも大切に30年使っている人などはゴロゴロ見ています。TVは確実に10年くらいは使ってるよなぁ、みんな・・・。母は、そんな中、パンフレットをいろいろもらってきて少し楽しそうです。これでネコを大切にしてくれるのであれば、いいです(笑)。

 

こうして万全にしたあと、考えるのは、ここで自分の体調を過信してしまう傾向がある私は、気をつけねばならぬ・・・ということ。全般的に無理が利いてしまうので、きっと無理するんだろう、と簡単な予測がつくわけですね。なので、母に見張りを頼み、睡眠時間を今までののんべんだらりんの12時過ぎから2時までのあいだから、定着12時にして、朝はそれに合わせた7時半起床とすることに。もちろん、遅いんですけども、母のごみ出しがちょうど8時までなので、私を起こすこともないだろうし・・・。ネコたちのごはん時間もズラすしかないですね。朝の7時半と夜の7時半。ええ、ネコは1日2回です。

 

さらに、腰痛対策も出しました。足裏のマッサージ器具を机の横に置いて、毎朝できるように設置。これまで、出してくることが億劫であまり多用していなかったのですが、位置さえ変われば大丈夫。自然に、ストレッチなどはやっているので、外に出たときには大丈夫でしょう。疲労や腰痛は蓄積させないことが大切なのです。なので、アメリカで使っていた低反発マットレスをヤフーオークションで落とそうと思います。今使っているのは、高反発で、悪くもないのですが、やはり効果は歴然と違う。1円からのオークションでけっこうな数が出ているので、いくつになってもいいと思い、5つほど入札しておきました。5つ全部当たることはありえないと思うし・・・。西さんの分も入れれば、3個までだったら引き受けられるので、いいとします←楽天的(爆)。

 

他にも、母が積極的に衣替えをしており、私もみすぼらしいアメリカ帰りプンプンの服装から離れられない傾向を、どうにかして修復したほうがいいのかもしれないと思っています。うーん、でもなぁ・・・。多忙になるので、美容院も時間を見つけて行かねばならず、前はいつ行ったのか調べたところ、2月1日だった。なので、やはり合間に一度、ヘアダイに行かねばならぬかもしれない・・・。身長が高いのでそれほど露見しにくいのではありますが、やはり黒い部分が多くなるとまずいです。おかげさまで、まだ白髪は一本も見つかっていません。

 

あれから足湯や半身浴は続けており、毎日とまではいかずとも、2日おきくらいは励行しています。肩まで浸かるのはちと面倒くさいのですが、半身浴で汗をかいたあとの垢と言ったらないですね・・・。けっこう皮膚って死んだ細胞をからませているのですねぇ・・・。

 

今日もおなかいっぱい、昼間からまぐろと山芋のぶつ切りを出してくれたのですが、私は納豆とポークソテーにしました。なぜならば、母は自分のおかずをなぜかきゅうりのぬか漬けだけにしていたからです。どうして彼女はこうも貧乏性なのだろうか・・・。彼女だって働いているというのに・・・。というわけで、準備は万端。と思ったらまた仕事が水曜日に1本増えた・・・。こうして、私はどれを採ってどれをお断りするか?といううれしい悲鳴をしばらく上げていくことになりそうです。

 

楽しい日々が続きますように。私の体調がボロボロに崩れることがありませんように。