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『日本人はなぜ自殺するときに靴を脱ぎ揃えるのか?』

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これがどうもドラマの影響なのではないか?と考えた私は、まずは徹底的にサイトを片っ端から読んでみた・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E3%81%B3%E9%99%8D%E3%82%8A
信頼しているWikiによると「なぜ靴を脱ぐのか、また、実際そうやって飛び降りるものなのかどうかは不明。」とある。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1310145848
これは学術的でもなんでもなく、私と同じ疑問を持った人に、ネット上で興味があった人が答えているのみのサイト。

http://www.jubako.com/bn/index.php?530 
真ん中らへんです。他の疑問もおもしろいことはおもしろいので、ちょっと読んでしまいました・・・(汗)。でも、「これはすごい観点だっ!」というのはないようだ。

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1176194857/l50 
2chは避けたかったのですが、特に参考にならなかったかもしれない・・・。

さて、アメリカに18年半住んできた私としては、それらしいコメントをせねば(笑)。「やはりコレは日本特有だ」では済まされぬ・・・。大別して考えるに、まずは基礎から。

1. 生業と大地と日本人の関係
まず、大別していいのは、
・ 農耕民族
・ 狩猟民族
太古の昔にヒトがどのようにして糧を得てきたのか?というもの。日本人は、農耕メインで発達してきました。それは、縄文土器や弥生土器などでも立証されているように、そののちにも獣の食肉が限られてきたように、狩猟のメインは魚で、農耕の中、傍らの家畜は鳥類が多かったのです。

つまり、生活範囲が限られており狭かった。広大な土地を持っていたにしろ、せいぜい馬しかなかった時代には、9割がたの人々は徒歩で移動をしており、その行動範囲は、自分の家屋の近辺(畑も含む)でした。京都や大阪から江戸へ出るにしても、草鞋の下に布を張るほどの技術しかなく、皮革製品は特別な人々の特別な用途に限られていたようです。http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-60.htm 日本人の場合、具足などの戦装身具以外で、人々の日々身につけるものは、至って軽く、簡単に作れるものであった、ということに注目してみましょう。

かたや、同じページにあるように、狩猟民族は、原始的な時代であっても、足が切れぬような防御を靴に施しています。それは、行動範囲が獣たちを追いかけるために広がったことや、生物分布にも関与していたに違いありません。高価なものから発達したとしても、安価に下げて、一般に普及するようになるまで、日本ほどには時間がかかりませんでした。

そして、靴を与えられた日本人は、最初はやはり軍人でした。戦うための靴。戦国の武将たちと同様です。このページには、日本の靴の歴史もちまちまちょこちょこ載っています。が、圧倒的に西洋の靴の歴史の影に隠れているような感じです。http://www.yoikutu.com/newpage29.html 

2. 家屋と日本人の関係
そうして、裸足や簡易的・便宜的に足を守ることに徹しただけの市政の人々は、家屋が土間から発達したときに、靴をしっかり脱ぐようになります。家と外の区別がつかぬくらいの衛生状態であれば、脱ぐ必要はないわけです。脱げるほどの区別を家屋内でするようになったときに、大地と区別した家屋内の足元は、同時にベッド代わりの床(とこ)になり、椅子代わりの床(ゆか)になります。靴が一般化されても、この習慣は現在でも不思議と崩れていない・・・。一部の人々はそうしているかもしれませんが、少なくとも賃貸する物件などで靴を履いたままでの暮らしを定着させるのは無理でしょう。

建築美術が定着したのは、「沓脱(くつぬぎ)」と当てられる石ができた頃のようです。実際の靴を脱ぐ歴史は、縄文時代からあったようです。お風呂が仏教伝来の頃に「宗教的清め」として使われてから、湯殿を設ける経済的勝者が出て、江戸時代には銭湯ができました。そのときに風呂敷もできたわけです(お風呂用具を入れるために)。千利休が茶室を作ったことや、宗教的要因も建築を発達させ、お風呂と共に、衛生観や便宜の追求をさせたわけです。

3. 日本人の文化発達の中での靴
私は18年半のアメリカ生活でも、靴はきちんと脱いで暮らしていました。やはり汚いと感じる。感じるだけではなく、実際に生物の授業中に、靴底を楊枝でこそぎ、プレパラート(英語では、Cultureを作るって言うんだけど)を顕微鏡で覗いたときに、しっかり立証されましたよ・・・(汗)。

たくさんの歳月がたくさんの人々に淘汰された中で、やはりこの衛生観と美術工芸(建築学含む)と便宜というものが靴脱ぎ文化の3大要因でしょう。靴が便利だということになり、みんなが履くことになっても、やはり靴は脱ぐのですもの。あの解放感を1日数度味わえるってなんだか、それだけでオトクじゃないのか?(笑)

4. TVその他の演出
そして、これが私の疑いなのだけれども、誰かがドラマか映画で最初に靴を揃えたことを、どうも「日本人の常識」に変えてしまったのでは?というもの。1・2・3で述べてきた、日本の靴脱ぎ文化があまりにステキだから、検証しないうちに、誰かが始めて、みんなで鵜呑み状態?(笑)

そもそも、心理学的に「自殺前でも靴を脱ぐかもしれないなぁ」というのは、「普段やっているから持続してやってしまう>入水=お風呂とみなす」だとか、飛び降り前の「自殺の意志の表明」くらいしかなく、それほどクリアマインドで人々は死んでいくのだろうか?という疑いのほうが、ずっと強いのだ・・・。おもしろい回答の中では、「武道やその他、日本人の心意気は裸足」なんてぇのがあり、だったら、自殺する前に靴だけじゃなくて靴下やストッキングも脱げよな、などと思った私は天邪鬼だろうか?(笑)ただ単に、絵的にわかりやすいからそうしたのが、なんだか常識になったのではないかと思うのだ。それを真似して、沓脱をしている自殺者は多数いたのかもしれない、が、現場の人間にインタビューしたわけではないので、把握できない・・・。

5. 受信を鵜呑みにする傾向
4.を踏まえて、なぜか、TVや映画を作る側や、小説家や物書きが、それを常識としてしまったので、観る側も読む側も、それになじんでしまったんじゃないか?なぜならば、そういった傾向は、これのみにあらず。アメリカ関連や英語で元記事が読めるものは、私は気になるとチェックしています。やはり、翻訳者や記者の「意向」がものすごく反映されているのよ・・・(汗)。

なので、コノ件に関しても私は「半分以上の自殺者は靴を脱がない」に1票入れておきます。何か資料を持っている方がいらっしゃったら、ぜひぜひ私にご一報ください♪