あなたしか見えないもの

すごく気の強い人がへこたれて泣いたり、すごくふんわりした雰囲気の人がいざというときに先頭に立ったり、意外な場面を見たことがあるかと思います。そのとき、きっとその人をクリックする「日常でない何か」が現場にあったんじゃないか?と驚いたあとから、ふと考えます。私は喜怒哀楽の怒りと哀しみを目撃するのが、不愉快じゃありません。

どちらかと言えば、はしゃいでいたり笑い続けているだけが恐ろしく長く続くことのほうにうんざりします。単調さに我慢できないというか、多面性のないことに、不思議を超えた苛立ちを覚えます。

ですから、最初にアメリカに来て週末のパーティーに行くたびに、「この人たちって踊って飲んで立ち話してるだけ?」と思ったもんです。壁の花以外の人々は本当に陽気すぎて自己顕示欲が強すぎて、文化になじめなかった…。それが今じゃ、私はサルサ踊りに行きたい人になっています←体力使うからそんなに長く踊っていられないんだよ…(汗)。

ただの野次馬な好奇心ではなく、物事を見る、その人をより深く知るヒントになるので、意外な一面を垣間見るのは好きです。そういうささやかなことからも人物の断片がわかるなんて見逃している場合じゃないので、大いにそこにある事実を検証します。

Nosy(おせっかいな・詮索好きな・でしゃばりな)なのとは違って、それは観察とさりげないその後時間を置いてからの交流や投げかけで少しずつパズルを解いていきます。こういうときに記憶力って大切だなって思います←忘れたいこともたくさんあるけどねぇ…。

そしてそれが私にしか見えていなかったものだったりすると、ものすごい宝物になります。これは好奇心のアンテナをいつまでも持ち続けている、私の証になっています。

うちのハイジには見えるモノが私には見えないことが、とてもとても悔しく、いつも彼女を追い掛け回していて、「にゃぁ~!」と怒られてしまいます。「あんたがいると私が見えているモノが逃げちゃうのよぉ!」と。最初のうちはショウジョウバエのような小さな虫だと思っていました。でも、あれ、赤ちゃんがよく一人寝をしているときに宙を見てにこにこ笑ったり話し掛けているような、あれなんですね。知りたいじゃないですか、そういうのって、いったい何なのか。

ハイジはキッチンのキャビネットドアというドア、人間が開くと必ずチェックをしにもぞもぞと入っていきます。たまに目線に注意が足りない人間は締めっぱなしにしてしまうのですが、えらいのは、自力で出ようとする根性があり、気づくと鳴き声ではなくて、「もぞもぞ・がりがり・ばたばた」という音が聞こえます。きっとすごく苦労してたんだろうな、中で。出てきたときに「ねね、何がいたの?教えて」と言っても女王様然として知らん顔なのがどうも気になります。ねずみだったのか、缶詰の精だったのか、スーパーからついてきたなぞの虫だったのか、日高昆布についているプランクトンの死骸だったのか、彼女は教える気持ちはないわけです←ハイジに教えてくれる気があればそれを理解できると思っている私・…。

彼女がなぜ小さな箱のなかに入るのか、なぜきっちりかっきり埋まるのか、その感覚はいったいどういうモノなのか、試してみるために彼女にどいてもらって私も足やアタマを入れてみたりします。「でかいからはいらにゃいでよぉ!みゃぁ~!」と怒られ、「ごめんね、だって教えてくれないんだもん…」とすねる私に、ハイジはまた箱に心地よさそうにはまり込み、「悔しかったらネコに、私に、なってみたら?」「私をよく見ていればきっとあなたも100年後くらいにはわかるんじゃない?」なんて言っている気がしてならないわけです。で、あんまり悔しいので机の下やクロゼットに潜ります。今のところわかるような気がするのは、身体を何かにすっぽり包まれるのはなぜだか安心することと、それはたぶん母親の子宮のなかにいたようなたゆたいみたいなもんを感じているせいなのか?っていうこと。でも、ハイジはまったく教える気持ちはないです。

彼女はざるそばとカニが大好きなネコですが、私が食べているときには意地で奪い取っていきます。その執着と根性と強引さにはいつも負けてしまいます。冷たい日本そばに海苔を余分に刻んでしまったりします。そうして食べ終わって顔を洗っている彼女は「あんたもこうすればいいのよ。気持ちいいわよ、自分の知りたいこと知るのって」という顔します。いつもはすごくおとなしくて図々しさのカケラもないのに、どうしてこういうときだけ私に真理のカケラを見せつけるんだろ?彼女の多面性はおもしろいです。

映画を留学生2人(ひとりは9月アタマに帰国しました☆)と西さんと私で映画を見ていても、きっと「見えているモノ」が違うんだろうなぁと思います。帰国したときに、道端で突然しゃがみこんだりする私を友人は理解していますが、ネコの視点や子どもの視点でビルを見たくなったりします。犬が歩いていたら声をかけ、ネコが歩いていると追いかけ、草が揺れていると指をなめて風の方向を確かめます。「忙しい人だねぇ」と言われますが、だいじょうぶ、目的があるときは目的しか見ないでしゃかしゃか歩いています。

そういう私の脳みそや身体や知識はいくらでもみんなと分けたいと望んでいます。けれども、私の心の奥に閉まってある大切な大切な深海に沈んでしまったナイーブな弱いところは、おいそれと誰にも見せたくありません。私がどんなにつらかったか、私がどんなに哀しかったか、そんなことは私の大切な人にしか簡単には見せられないです。もったいなさすぎる…。あんなに苦悩して悶絶して、光を探して徘徊して、やっと光りが見えるまでのあのすべての痛みがすーーっと癒されてしまうあの長かった道のりを、どうしてそう簡単に語れるもんですか。そういうところはハイジと同じです。教えないいじわるです。

誰も例外なく、生きていればつらいことや哀しいことはあります。ひとつやふたつぽっちなわけじゃないでしょう。他人から知恵は借ります。自分が間違った判断はしたくないからです。けれど、怪我と交通事故が短い時間に続き、平常心でいられないほどにつらかったときに、私は愚痴を友だちに言いまくっていた時期がありました。言いすぎてしまったととてもとても自分が嫌いになりました。リハビリが始まってものすごい壮絶な筋肉痛で、毎日進歩が見られて楽しいのだけれど、身体はくたくたです。そんなときに心までよどみたくない、と自分をどうしても特別扱いしそうになります。

だからここでもう一回誓わないとなぁ。もう愚痴ったり弱気を見せたくないよ。みっともないからじゃないです。その使用前と使用後がものすごい宝物だからです。自分で闘うべき問題は自分でやっつけなくちゃ。私にしか見えないモノをたくさんため込むために。考え方や知識はいくらでも分け合いたいけど、ただの恨みつらみや垂れ流しになって、傲慢にならないように。自分の言動が矛盾だらけにならないように。

これからは私は私しか見えないモノを、自分がものすごくつらくなったり哀しくなったときのために、宝物として心に留めていくことにします。さらに宝探しは続きます…。あなたのお宝もねらわれているかもしれない・……。

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