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くっつくエネルギーと離れるエネルギー

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09/04/2007 にアップした文章です。

 

新しい恋愛からずっと遠ざかっているので、ピンと来ないところは多いのですが、特に恋心が薄れても、いっしょに暮らし続ける男女は多い。特に家族となってしまい、実際はそこにある恋をなかなか意識できず、恋心はないと否定する場合も多いのかもしれないです。愚かなことに、他の異性が自分のパートナーに関心を持ったりすると、嫉妬心から気づいたりするわけで・・・。まぁ、ヒトとはそもそも愚かなものでしょうが・・・。

恋をするには、若い心を持っていないといけないのか?とふと考えたのが、梅宮辰夫の発言だったのだ。土曜日の夜と日曜日を、名古屋から来たお友達と過ごし、家に戻ってTVをつけたところやっていた番組は、『世界のGood日本&Bad日本』http://asahi.co.jp/nihon/ というやつでした。いろいろなランキングを設けていたのですが、梅宮辰夫が「オレのかみさんはアメリカ人だけど、もう20年くらいチューなんかしてないね」とさらっと言っていたこと・・・。正直驚いた(爆)。

まぁ、番組そのものにも言いたいことは満載だったんですが(たとえばナレーションが英語表記なのに日本語読みをしていたとかね・・・。Italyをイタリアと読むのは不思議です)、番組が提示したものは、お祭り気分ないい日本を見ることではなく、私にとっては、日本人マインドの中には、やはりいろいろな美徳もあるけれども、熟年離婚や過激な学歴競争を未だにやる理由が潜んでいるなぁ、と。

赤井秀和や名倉潤が自分のことを語るときにも、キスの習慣についてあれほど照れるとは・・・。私はネコにキスするのはしょっちゅうだし、西さんとも1日に数回はするようになっています。まぁ、西さんと私は逢う回数が少ない別居状態が続いているせいだと批判も出るのでしょうが、いっしょに住んでいるときからそうですね。握手や手を振ってバイバイすることと同義の日常的動作であり、そこには暗黙のコミュニケーションが含まれているという感じですか・・・。ゲストがVTRでキスサミットなる会議をしていたのですが、キス第一位のアメリカと、最低から2番目(最低は韓国)の日本のパネラーが3名ずつ主張することには、それぞれの言い分がありました。

「形にしなくとも心が繋がっていればいいんだ」という日本人男性マインドは、世界がこれほど近くならなかった時代には通用したんでしょうが、イマドキ通用しませんぜ。進化していかねば、国際結婚はますます増えていきますし、番組の中で「日本女性の美しさ」のランキングが9位に上がっていたことも助けて、どんどん女性は逃げていくことになるんじゃないかと・・・。女性に圧倒的に経済力がない時代は終わっており、過渡期に当たる今、選ぶ男性によっては、男性よりも稼げるケースも増えているわけです。なので、俳優の斉藤洋介氏の言い分(愛情と感謝を深く感じているので、都内に一戸建てを買って、妻の親を引取って面倒を見て、借金を増やしてせっせとお金を運ぶことによって証明しているというもの)などは、やっぱり通らなくなってきており、彼の場合はすでに結婚しているので安心というわけでもなく、お金が切れたらどうすんだ?という話になるわけです。特に、熟年期に入り、子どもが巣立ち、妻のほうに同情する子どもが経済的援助を申し出るケースも多々あるわけで・・・。法整備も進化してきており、離婚しても年金が半分近くまでもらえるというのも大きな要因です。そこで、素直な日本女性は、離婚相談や年金相談の件数が劇的にこの4月以降増えて、実際の離婚件数も爆発的に伸びているそうなのだ・・・←数字としては見られるのですが、実感がどうもない・・・。

日本語という言語は、言語依存度の低いもので、High Context-Low Contextと分けると、たいへんにHigh Contextなことがわかります。簡単に言うと、「聞き手の能力に対する期待値が高い」のが日本語で、他にも中国語やベトナム語などがあるんですが、英語やドイツ語などとは相反する立場にあります。High Contextだと
<直接的表現より単純表現や凝った描写を好む>擬態語や擬音語などに象徴されていたり、俳句や隠喩法などにも顕れています。漢字がさらに手助けしており、ルビや漢字で行間を表して、受け手に託すような期待度が高いわけです。

<曖昧な表現を好む>語順配列としても、結論が最後に来るので、最後を聞くまでは本来はその人の意志がわからないのですが、その最後を濁すことも可能なので、曖昧さは日本語の多くに散りばめられています。

<多く話さない>「あれ」「これ」「それ」などの指示代名詞で話す人はとても多く、ここで省エネしてどうする?と思うくらい、口数が少ない人々はいます(笑)。肝心なことも話さないことが多いのは、男性に多いようです。「ビジネスがよくできているもんだなぁ」とたまに疑うこともあるんですが(笑)。

<論理的飛躍が許される>私の母のように、頭の中で考えていることをイチイチ口にせず、突飛に思えることを言う人はかなりいるはずです。6歳の子どもに説明するような丁寧懇切さがないわけですね。「わかって当たり前」という期待があります。

<質疑応答の直接性を重要視しない>話の途中で質問する英語はタイミング的にも失礼でもなんでもなく、合致しています。配列として先に結論を言うので、それについてだけはすぐに確認できるわけです。クリアではないことがあれば、「鉄は熱いうちに打て」を実践するのが、英語やドイツ語などのLow Contextな言語で、日本語は質疑応答を直接することを、文化的にも失礼だと思う傾向が強いです。

これを踏まえると、男女や同性同士がくっつくエネルギーは、かなり生理的なものに頼っているので、それほどの努力は必要とされない日本語やその文化は、どうも離れない努力というのをしないで日々の時間を過ごしているように思えるわけです。

しかも、離れるエネルギーというのはものすごい莫大なのだ。安定しているもの(しているかのように見えるもの)を不安定に持っていく勇気というのは、相当にたいへん。それでも熟年離婚は増えており、残った人生を無駄にしたくないと願う女性たちの現実直視は鋭いのだ。梅宮辰夫が「若い人たちはいいけど、40代50代になるとチューなんてしてらんないよ」と言っていましたが、歳食ったからこそ必要なんだぞ(爆)。それについて気づけないと、夫婦間だけではなく、いろいろなほかのコミュニケーションでも落ち度が増えていくんじゃないかなぁと思うんだが・・・。積み重ねてきた実績というのは、本当に賞賛に値するすばらしいものではあるけれども、安住して「コレでよし!」という証拠でもなく、実際にこれだけの熟年離婚を「寝耳に水」と受け取る感性を持つ男性たちのほうが、少し考えたほうがいいのかもしれないです。

別段、キスを毎日しろという激励ではなく、キスという行為に至る心持やそれを表現していこうという努力や相手を慮る気持ちなどのことを、「行動としてはキスというバロメータもあるよ」ということで、パートナーのWantをわかっているのかどうか?というのが問題なのだと・・・。

本当に、くっつくのは簡単だけれども、離れるのは難しい。それでも離れたいと思われてしまうのは、ものすごい喪失ではないですか?くっついたときのスタートも蓄積されているのであれば、その大切なものを続けようという意志を日々に反映させていただきたいものです。考えてみてね♪